3000年前から……



 ◆◆◆◆



 用意してもらった部屋に、誰にも気づかれないようにひっそりと戻る。

 そばにあるステンドグラスのようなデザインのランプに光を灯す。

 その後に巨大なキングサイズベッドにボスッと寝転がり、ゴロンゴロンと体を横に回転させる。


 翼が当たって痛くないのか?

 それについては問題ない。

 魔力を流して感覚を作っていなければ痛くもなんともない。見た目以上に可動域が広いため、グッと上に90度くらい上げても多分痛くないはずだ。 

 翼は、痛くはないが邪魔だ。

 本当に邪魔。

 転生前は無かった背中の異物。

 今はもう気にならなくなったけど、最初とかはもう大変だった。知らない感覚があるし、動かすのも大変だし。腕が4本に増えたような気分だった。


 まあ、空を飛べるようになったのは良かったのか。



『全部私たちのおかげね』


 ーーうるさい。



 まあ、それはさておいて。



「長かったな……」



 一文字に固く結んでいた口が綻び、笑みが溢れる。

 久しぶりに、幼馴染と親友に会うことができた。


 本当に嬉しい。

 恵美と誠司はあんまり変わっていなかった。

 それは、召喚されてからまだ数日しか経っていないから当然のことだ。

 

 それに対して、俺は変わったな。変わりすぎた。

 白鳥 涙からルイ=ヴァイスになった。

 見た目も種族も性格も、精神性もだいぶ変わったと思う。


 それもそうか。

 俺は、自分のことを納得させる。



「俺が転生してから3000年以上経ってるし……」



 俺自身、まさかそんな昔に転生しているとは思っていなかった。まだステータスすら存在していない頃に生まれたのだから、どれだけ昔かがわかるだろう。 


 3000年生きたから俺もおじいちゃんというわけではない。こういうところがやっぱり異世界らしいというかなんというか。この世界は種族ごとに平均寿命が違う。人族は地球と同じ。獣人は短め。だけど妖精族とかは結構長い。天神側から寝返った人たちが魔族になった場合は前の種族の2倍。魔人族は死ななければずっと生きている。天人族も同じだ。

 だから、俺が転生してすぐの頃は数十万歳の天人族とかも余裕でいたから、俺はまだまだ若者なのだ。


 

「気づいてくれなかった」



 いや、気づいてくれなくてもいい。だけど、変わったけど誰かに気づいてほしいというのはあって当然の欲求だ。

 幼馴染と親友なら尚更。


 でも、顔が似ていても色が違えばなかなか気づかないものだ。

 前は黒髪だったし、目は前髪で隠してたから形なんて見られたことないし、……恵美以外は。

 目の色も当然変わっているし。

 最近ヤンデレ気味になってた恵美や、近くで付き纏ってきていた誠司も、気づけないと思っていたし、期待なんてものはしてなかったし。



「別にいいけど」



 掛け布団をばさりと頭からかぶって、体を丸める。

 

 その時の俺の表情は、眉間に皺を寄せて目を半目に、頬は軽く膨らませていた。 



『やっぱり気づいてほしかったんでしょ?』



 脳に直接問いかけてくるその声。

 的確に言われたくないことを言われ、とりあえず威嚇して黙らせようとする。図星だったからこそイラついた。



「だまれ」

『ああ、やっぱり本当だったのかしら? カマをかけただけなのに』

「っ!! さっさとどっか行けよ」

『ふふ、やっぱり面白いわ。もっとあなたのことを見せて』



 その声はとても楽しそうだ。これからのことにワクワク、期待しているようにも聞こえる。


 迷惑な話だ。

 これからもずっと付き纏われることになるんだから。


 だからこそ離れたのに、まさかここまで意地でもついてくるとは。こんなめんどくさい珍妙な生き物と知り合わなければ良かった。



『めんどくさい珍妙な生き物とは失礼な!』



 ガッツリ相手にも伝わっていた。

 失礼なことたくさん言えばどっかいってくれるのか?



『私は絶対にルイから離れないよ!』

「…………ウザ」



 そんな周りからまとわりついてくるような粘着質な声に、俺は頭を悩ませている。この生き物に体があったら、間違いなく飛びついてきそうな人懐っこさ。この懐き方は、悪意ではなく純粋な好意でやっているもののため、さらにめんどくささに拍車をかけている。


 気が滅入る、ということはないが、頭から話しかけられるとストレスが溜まるというのは確かだ。



『ねえ、ルイは私のこと嫌い?』



 ーー当然嫌い。



『冷たっ!? ひどいなぁ。ショックで泣きそうになっちゃうよ。うーしくしく』



 棒で嘘泣きされても心に響くことないんだよ。

 嫌いな奴に泣かれたって同情しようなんて気にもならないし。



『はっきり言うねぇ。でも本当にいいの? 私はルイ、君のことが本当にだ〜いすきなのに……。ルイの全部を私にちょうだいよ』

「束縛系なんて確実に嫌われるけど」

『私はルイに好意を向けてもらえるだけでいいんだけどな〜。チラッチラ?』

「そんなにこっちの方を見てきているような声を出しても、俺がお前に好意を向けることは一生ない」

『それはどうでしょう(*^V^*)』

「表情までつけて返してくるな」



 いちいち腹が立つ言動をしているが、話していて俺は気づいた。今まで気づいていなかったのか? と思うかもしれないが、本当に気づいていなかった。

 この生き物。実態がないから攻撃とかも言葉だけだ。

 常に思考をのぞかれていて、寝ていてもお構いなしに起こしてくる以外は何もしてこないし、そもそも何もできない。

 つまり、反応攻撃を返さなければ、向こうは何もできない。シカトを続けていれば、いじることがなくなって何も言えなくなるのではないか。


 本当に簡単なことだった。そんなことに3000年も気づいていなかったなんて、俺はアホだったのだろうか。

 

 とりあえず実践。

 頭から「ウリウリ」とか「これでどうだ!」と話しかけてきても無視。全力で聞こえないふりをする。

 そして他のことに集中する。



 ◆◆◆◆



 目を瞑ってぴくりとも動かない少女。

 研究室のような部屋の中で、何もせずに座っている。

 足を組んであぐらをかいている。

 こっそり誰かが入り込んできても、誰かが掃除に来ても、少女は動かない。イタズラで「わっ!」と耳元で大声を出されても、反応すらしなかった。


 そんな少女が、眉をぴくりと動かして、小さな声を上げた。



「……あっ」



 少女の変化にいち早く気がついた、そばにいた女が話しかける。



「やっぱりダメだった?」

「ん。拒絶された。おまえ、無能」

「ひどいなぁ。これでも頑張って揺さぶりをかけたのに。私は悲しいなー」



 女が目を手で隠して泣き真似をする。

 だが、女より背が低い少女には、手の下から表情が見えるため泣いていないことが丸わかり。


「茶番はいらない。それに、もうおまえは役立たず。今までずっと気づかれないように誘導してきたことに気づかれた」

「ありゃりゃ。ということは……」



 女が口の方に手を移動させ、もしかしてというようにチラリと少女のことを見た。

 少女はこくりと頷く。表情は興味がないものを見るときのような無表情。



「そう。おまえはただ一方的に話しかけるだけのウザいおばさんになった」

「なっ、なんてことを言うんだい!? 私はおばさんじゃないよ!」

「十分おばさん。すでに一体しかいなくなった天人族の最高寿命をはるかに超えている」

「見た目が美人だから別にいいさ。……それを言うならレカート、君の方が私より生きていると思うけど? ププ、私がおばさんなら君はババアさんだね。プッ、やばい……こんな可愛い……JKみたいな見た目でババアって、おもしろっ」



 女は腹を押さえて床に膝をついて笑いを堪える。

 それを見ている少女が、プルプルと全身を震わせる。



「……処す。ラフェラリアはこれからわたしの実験台になること」

「ちょっと待って……。それって呪いとか弱体化とかそうゆうやばい奴でしょ! 私たちでも結構ダメージ食らう奴でしょ! ごめん! 謝るから……許して★」



 女はパチンと手を合わせて少女を見てウインクする。


 そのとき、ブチっというコンセントが切れるような音がした。

 

 ゴゴゴゴゴという効果音を後ろに添えているような迫力で、女の方に少女が迫る。目も吊り上がっていて、その表情だけで人を殺しそうだ。



「……許さない」

「あっ……」



 女は絶望を目の前に、現実逃避をした。



 


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