弔花 後編


 気づけば〈アイ307〉は博士の骨壺を持っていた。誰かがあの場所から博士と〈アイ307〉を連れ出したのだろう。博士は火葬され、〈アイ307〉の両手には彼の骨壺だけが残っていた。

 人間そっくりな見た目をしていた〈アイ307〉を誰もロボットだと疑わず、博士の身寄りだと思ったのだろう。〈アイ307〉は解体されず、まだ稼働していた。たくさんの情報を取り込みすぎたせいか、〈アイ307〉は全ての情報を整理するのに時間がかかっていた。

 だが、〈アイ307〉は全部の情報を学び終えた。


 両手に抱えているものが博士の骨壺だと理解した〈アイ307〉の目から少量のオイルが漏れた。目の動きを潤滑にするオイルが不具合で漏れたのだろう。だが、壊れても〈アイ307〉には回復機能がついている。これくらいのオイル漏れなら一瞬で直せるはずだったが、オイルはとめどなく〈アイ307〉の目から溢れた。

 この時、〈アイ307〉は初めて学んだ。


 これが、悲しい……という想いか。



 

 突如、「祖国に帰りたい」と言った博士の言葉を思い出す。

 同時に、博士がよく聞かせてくれた祖国の美しさ、よく見せてくれた祖国の風景が蘇った。

 その瞬間、〈アイ307〉は博士の願いを叶えるために、祖国へ帰ろうと決めた。



 〈アイ307〉が歩き始めた時、各地では戦争が勃発していた。交通機関は麻痺し、機能しなくなっていたため、歩いて祖国に向かうしかなかった。あらゆるところで火花が散り、爆弾が飛び交っていた。そんな戦争の炎は世界中に広がり、世界を赤く染めた。それでも〈アイ307〉は歩き続けた。ひたすら、博士の骨壺を抱えながら祖国に向かって歩き続けた。



 歩き続けていたある時、静寂が訪れた。爆音も何も聞こえない。〈アイ307〉が歩く音だけがしている。だが、〈アイ307〉にはそんなことどうでも良かった。ただ、博士の願いを叶えたかった。

 そしてやっと、〈アイ307〉は博士の骨壺をともに祖国へ着いた。

 祖国には、〈アイ307〉が学んだ豊かな水や自然、色とりどりの花がなかった。あるのは爆弾の残骸、火の粉、荒廃してむき出しになった大地だった。

 それでも、


「博士、帰ったよ……」


 博士と〈アイ307〉を迎えに来る者はいない。もはや、世界には〈アイ307〉しか動くものはなかった。



アイ307〉は洞くつに辿り着き、座り込む。光が入らない洞くつにいれば〈アイ307〉は充電されず、そのまま動かなくなる。


 それは、永遠の停止。


アイ307〉は瞼を閉じ、博士の骨壺を抱えながらその場で固まった。


   *


 なぜ、博士は〈アイ307〉を作ったのか?

 博士ならもっと実用的なロボットを作ることができた。その気になれば、今すぐ戦争できるロボットだって作ることができた。

 だが、博士は全ての技術を用いて、学ばなければ成長できない非効率的なロボットを開発した。

 それには、博士のある強い気持ちが存在していた。


「僕は〈I307〉に愛を教えたい」


 愛を知った〈アイ307〉の姿を見た時、祖国の人々や隣国の人々はその尊さに気づくだろう。愛を目の当たりにすれば戦争する気が起きなくなる。つまり、平和につながるのだ。だから、〈アイ307〉は平和に役立つ存在だと、博士は強く思い、その思いは儚く散った。


   *


 それから長い長い年月が流れた。

 荒廃した大地に植物が生えた。そしてその植物はだんだん広がり、洞窟の中まで寝食する。その洞くつには永遠の停止を決めた〈アイ307〉がいた。長い長い年月を経て〈アイ307〉はもはや朽ち果てていた。


 そんな〈I307〉に、花だけが寄り添うように咲いている。

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弔花 蘇芳  @suou1133

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