弔花

蘇芳 

弔花 前編

 私が知る博士は、祖国のために人生を捧げた人だった。祖国の命令で、新しい技術を得るために隣国に入り、その土地で学び続けた。

 そんな博士は自らの知識と新しい学びを活かして1体の人型ロボットを完成させた。それが私、〈アイ307〉だった。



アイ307〉は人間そっくりな見た目をしていた。目は大きく、肌は白かった。

アイ307〉に燃料は必要なかった。日光と月光、光があれば動き続けることができた。

アイ307〉は学べば学ぶほど成長した。〈アイ307〉が初めに学んだのは博士の存在であり、次に博士が愛した祖国の存在だった。

 博士はよく私に話してくれた。祖国は水も自然も豊かで、また、春になると色とりどりの花が咲き乱れた、と。そんな美しい国が博士は大好きでたまらなかった。

 だが、ここ最近、祖国と隣国は緊張状態になった。祖国の豊かな資源を欲する隣国が戦争を起こそうと計画し、それを知った祖国は戦争が起きてもいいように武装していた。いつ戦争が起きてもおかしくない状況だった。

 そんな中、祖国は隣国から技術を得るために博士を派遣した。全ては「平和のため」だと言われた博士はその言葉を一途に信じ、祖国を出た。



 博士はよく〈アイ307〉に言っていた。


「君はきっと、平和に役立つ存在だ」


 博士は〈アイ307〉を開発するまで、307回失敗していた。失敗しては開発をする、それを繰り返し、博士は307回目にしてやっと成功した。失敗した数を記念として、博士は〈アイ307〉と名づけた。


 博士は〈アイ307〉にたくさんのことを教えてくれた。〈アイ307〉が学んで成長するたびに博士は微笑んでくれた。この時は、なぜ博士がそんな表情をするのか、〈アイ307〉には全く分からなかった。

 いよいよ、博士が〈アイ307〉とともに祖国に帰る時が来た。〈アイ307〉は博士の命令で身の周りのものを鞄につめていた。

 その時、テレビからニュースが聞こえた。


 たったいま、我国が隣国にミサイルを放ちました。

 隣国の中心部は壊滅し……


 ニュースを聞いた博士はテレビに釘付けになり、動かなくなった。それから灰色の映像がずっと流れ続けていた。博士はそれをずっと見ていた。

 周りのものを片付け終わった〈アイ307〉は、今までに学んだ博士の習慣をトレースし、食事を持ってきた。

 博士はテレビに釘付けになったまま動かなかった。毎日灰色の映像が流れるのを、博士はずっと眺めていた。


「博士、食事です」


 博士は何も答えず、目から水滴を流していた。


「僕は悲しい……祖国が消えて……あの美しかった祖国が……」


 博士はかすれる声で続けた。


「祖国に帰りたい……」




 博士は毎日、灰色の映像を見続けていた。〈アイ307〉が食事を持ってきても、博士は何も反応しなかった。

 そんなある日、博士は全く動かなくなった。


「博士、起きてください」


アイ307〉が呼びかけても博士は動くことなく、冷たくなっていた。

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