前夜-Ⅱ-ⅲ 憂いは余所の内実


 屋敷がでかすぎて実感ないけど、たぶん一番端の部屋。

 入ってくアルバの背中を追って両びらきの扉をすり抜ける。シグくんの言ってた暖炉と寝椅子ソファを発見。暖炉には火。

 暖炉の向かいは一面大窓で、キノコの星空と静かな湖畔の街が一望できるステキな間取り。窓辺には先客三人。窓の正面に小さいのがひとり、左の壁付けランプの下に細長いのがひとり。その反対側の暗がりに、やたらとでかいのがひとり。


 暖炉の前でアルバを離したリオちゃんは、真ん中の小さいやつのとこへ駆けてった。

 金糸で縁取られたローブの背中が振り向く。そばに来た亜麻あま色の頭に、白か茶か、奇妙に色の分かれた手が置かれる。日暮れ空より暗い緋色の両目が遠くを見てた。目の前の子グマのようなかわいこちゃんでなく、立ちつくすアルバを。

 天蓋から大窓へ降り注ぐやわらかな菌光が、彼の横顔を照らしだす。あっ! 声をあげられるならあがってたわね、このカウフマンともあろう者から。


 顔は少年。実際、子供よ。

 見かけはアルバと同じか、せいぜいあのチビのグレイくらい。一瞬女の子かとも疑うような、シグくんとはまた別方向の端正なお顔だち。

 ただ、そのお顔は縦に横に、線を引いたみたいにふたつの色に分かれてた。格子模様みたくきれいに並んではっきり分かれた黒と白。まるで焼け跡からかき集めた布の欠片を必死の思いでいだ、いじらしいこしらえのお人形様。


 病痕じゃないわね。境目がきれいすぎて。

 けれど、『植え移し』は高度なわざよ?

 あのそうどもが奥義とする――針と糸を扱う癒しの術に長けた連中でも、特別極めた者しか使えない――わざ。薬師のあたしはかじった程度の門外漢だけれど、皮膚の植え移しが見かけよりはるかに厄介なことも知ってるわ。

 なのに、彼の格子のまだら模様は、首の下まで続いてる。ローブの裾から覗く細いすねにも、手の指にまで。

 たぶん全身……神業かみわざね。あるいはもっと得体の知れないものとえぐい取り引きでもしたんじゃないかってあたし、体もないのにブルッときたわ。


「つつがなく、健在か。なによりだな、『』」


 見かけどおりの高い声、なのにどこか年季の入った声色で、彼はアルバを見て口をきく。


 そうね、うん。きっと大変な目に遭ってきたんだわ。

 皮膚の植え移しには熱と痛みがともなうのよ。頭まで貼り替えたってのかしら。おかっぱ気味の髪も前とうしろで違う色だし、そもそも緑がかった黒髪と青みがかった赤毛ってどっちも変な色。どんだけもだえ苦しんだか、誰に訴えたって伝わりゃしない。通ぶった中年男みたく枯れた口調で虚勢張らなきゃやってらんないわ。っていうことでしょ?


「この醜貌しゅうぼうくらいは覚えているか? いや、覚えていなくとも貴様は同じか。使命すら忘れようと、好きに歩んでいればどうとでもなるのだからな」


 ほぅら、使命ですって。こじらせちゃって。なんのこっちゃよね。

 アルバとはお知り合い? 仮にアルバがベトザニヤは初めてじゃなくて、別の名前で色白長身美少年のプロポーズを受けたのがホントのことだったとしても、あんたとはあたしと同じ行きずりの関係って香りしかしないけど?

 だいたい「ゴキ」ってなによその、あんま見たくないタイプの虫みたいなあだ名。アルバったら今日はやけに人違いに遭う日だったりしない?


「無関心も構わんが、旧交を温め直すべく呼びだしたのでもない。示し合わせ……確認のためだ。貴様がわきまえているかのな」


 ツギハギくん、真顔で話しながらもリオちんをなでくりなでくり。やわらかそうな髪よね。触ってたくなるのもわかるわ。でも真顔。なでられてる側も真顔で、単にされるがままって感じ。アルバも真顔でつっ立ったまま、律儀に声のするほうを向いてるだけ。

 すごい真顔ねこの部屋。乾いた溜め息は、ツギハギくんに先越されちゃったけど。


「だいいち貴様の到来は予見の外だ。第二座の名で命じる。この街の≪せいぜつ≫に手を出すな。我がほうと『醸鬼じょうき』の二名で執りおこなう。たとい加勢を請うことがあろうと、貴様は選ばん。出立をしろ、早々に。第五座の碁鬼よ」


【うそ……】


 ……なんて?

 今なんつったのあのツギハギ坊や? ゴキってなによその、あんま会いたくないタイプの虫みたいな。ってそれはさっきやったわ。


 ダイゴザ? セイゼツ?

 いやいやいやいや……いやー、ないないない。

 ないわよ。ないでしょ?

 ギャ、グ、で、しょ? 新手の。若者風の。

 やっだー、オネエマン最近の流行についてけてないわぁ~ん。もうそういう不謹慎なネタ軽く飛ばす時代になっちゃったのね。よもすえ~。


「ザハク、考え直すのはどうだ?」


 急に別の野太い声。誰かと思えば、壁ぎわにいた大きいやつ。

 ちゃんと見直すとマジでデカぁい。アルバやツギハギ坊やなんかと比べると倍の倍ありそう。たぶんデブだしタッパもあるけど、あの横幅は厚着のせいっぽいわ。ありえないくらい真ん丸になるまでめちゃめちゃ着ぶくれ。目深に被ったつば広帽子と四重巻きのマフラーとで顔まで膨らんでる。

 その体積のわりに今の声、それから物腰にもミョーに貫禄ないのが気になるわねぇー。なんとなく不安になる感じ。

 ザハクってのはツギハギ坊やのこと? 一応、坊やのギャグセンスに黙ってらんなかったとこには期待しちゃう。マフラー越しでモゴモゴしててもいいわ。大人の口から言ったげて。


「ベトザニヤは、大きすぎる。四孔それぞれが中規模の街だ。横穴も把握しきれない。実際、〝支度したく〟に遅れも出ているだろう? 第二座と第五座が助力し合えばそれも――」

「貴様はあれの≪じゅ≫に詳しくない。黙っていろ、レシャーク」

「し、し、支援を要請したのはオレでッ――」

「聖句を重んじろ。『繁栄は滅びの先に。滅びは安寧の内に』――我らが遂行するは≪聖絶≫。さつりくでなくだ。貴様も世の畏怖を預かる『赫鬼しゃっき』であり、使命を原理とする真の信徒なのであろう? 聖絶機関ヴェアミリオン第十一座、醸鬼じょうき殿?」


 ヴェアミリオン。

 歩きまわる殉教じゅんきょう。街ごとの殲滅せんめつを『聖絶』と称し、この世すべての魂をめいに捧ぐべく、暗躍し鏖殺おうさつの限りを尽くす過酷の悪鬼。自殺教会の慈悲深ぁーい置き土産。

 その足跡そくせきの上に、あったはずの街は消えるのよ。必ず。住人もろとも。ひとり残らず。


 どんな怪物にならそれが可能なのかって、誰も彼もが想像をめぐらせてきたわ。

 雲をかぶる巨人? 川を呑む大蛇? 人外有翼の軍勢? 燃え盛る鋼鉄の獣?

 でも誰も本当に姿を見た者はいない。当然よね、ひとりも残らないんだから。街があった場所にあとから来た人間が、爪痕つめあとを見て作り話でないことだけを確かめるの。


 ≪呪詛≫――あの坊やがそう言った。唯一彼の話に真実味を見いだせる可能性が、それ。

 ≪呪詛≫。じゅそ。よくは知らない。けど、

 なんでも叶えられる力のことよ。

 なんにもできなくなる代わりにね。


 自分が壊れるまでなにかを願って、それでも叶わなかったら、壊れる代わりに願いを叶えさせてくれるクソッタレな奇跡。だって、叶うのと同時に壊れちゃったら、叶ったことを知ることすらできないんだもの。それが≪呪詛≫。

 実質なんでもありのその力なら、巨人や大蛇じゃなくても街ひとつ消すくらいはできるのかも。しかも誰も怪物が人の姿だなんて思ってないから、誰にも気づかれずに街に入って、誰もがそのウワサを口にする中でひっそり爆弾になれるのかも。

 もちろん、普通の『呪詛き』はしかばね同然よ。んだから、スカートの端をつまんでお辞儀をしろって指示すらこなせやしないわ。服ひとつ自分じゃ着れや……あれ?


 待って待って。待ちなさいよ?


 無口なのよ。薬も効かない。なにが起きても反応しない、っていうか、なにが起きてるのかわかってるかどうかも怪しいくらい。だけど、もしもなんにもわかってなくたって、変幻自在の黒ダンゴどもが――そう、黒ダンゴどもッ!

 万能で、無限に増えて、あたしみたいに寄りつく悪党の顔面に片っ端から穴をあけてれば、たとえ中身空っぽのお人形みたいな主人でも人らしく生かすことができる! だから、つまり――あぁ、そうなの? 奇跡のようなアルバ! 同じくらいに悪夢のような!

 黒ダンゴどもが単なる護衛の兵隊なんかじゃなかったとしたら? 〝人〟として仕立てあげた主人に訪れさせた先で増えて広がって、悪党だけでなく、誰もの寝所へもぐりこんで一斉に寝首をかけるとしたら……。


 いいえ、まだ決まったわけじゃない。でもほかにもある。

 アルバが本物のじゃなくっても、本物から≪呪詛≫を、その方法がある。誰もがは知らないけれど、あたしは知ってる。だからあたしはむしろそっちだとすら思ってた。いいえ、思いこもうとして願ってた。

 願いは叶ったんじゃないかしら? だって今、目の前にいるのよ。誰かの一部を植え移してできたツギハギのお人形が、自分は怪物だと名乗って!


 いやだわ。マジで?

 状況が全部、どっちにしてもアルバは連中のお仲間だって語ってる。

 しかもそうなら、今この場では三匹の怪物が顔を突き合わせてることにもなるわ。なんなのこれって? 生きてて見尽くせなかった悪い夢?


「さ、サーシェンカを!」


 大男が食いさがる。崖っぷちの声色だけど、こいつも怪物には違いないの。確かレシャークとか呼ばれてた。十一のナントカとも。「を――任せては、どうだ……?」勢いこんで口をはさんだのが、ツギハギ坊やに横目でにらまれてすぐさましぼんでったけども。


「……その案は悪くない」


 しばらく置いてツギハギ坊や。確かザハクって言ったわね。自分で第二座とも。

 数字はなにかしら。序列? 赫鬼って全部で十二体だったはず。アルバのことらしき碁鬼は第五座、つまり五番目? ザハク坊やは二番手。えらそうなわけね。で、年長っぽいのになんだか心配になるレシャークちゃんは、下から数えての二番目、と。えぇー? 意外と世知辛そう、怪物教会の忘れ形見も。気がゆるむわねぇ。


「碁鬼。殺人鬼騒ぎは聞き及んでいるな?」ってザハク坊や。殺人鬼はあんたらでしょ?

「夜な夜な赤い服を着た女が現れ、住人を襲う。発光菌類レイスツールは夜間にも光を放つが、近頃不定期に起こる『消灯現象』に乗じて動くらしい。接触はすでにしたはず。昨晩スェードの〝仕事場〟に介入し、貴様の相方を名乗っていた男を斬り捨てたアレだ」


 はいはーい、あちきでぇーす。三十路みそじ目前も衰え知らずのムチムキバデェと目つきのエロいプリプリ美貌を見事にチョンパされちゃいやしたっ。刺突用剣レイピア・ソードでよ? 信じられる?

 殺しまくりの赫鬼サマに認識してもらえる死人なんて、きっとそうそういやしないわ。すこぶる光栄でございましてよザハクちゃま。死後ますますきわだつカウフマンの華麗なる聴覚には、テメーがかすかに鼻で笑ったのも聞こえたっつーの。「名乗ってた」のところでね! ケェェーッ!


「女は正体が不明。街では怖れと皮肉をこめ、『お嬢さんサーシェンカ』と呼ばれている。ベトザニヤの住民のひとりか、外の者かさえわからない。我が≪櫞鋰化エンリケ≫をもってしても該当者の発見に至っていない。未確認だが、呪詛憑きの可能性もある」


 呪詛憑き――願いの成就と引きかえに、己の魂を燃やしつくした者。≪呪詛≫の発現者。

 あの女の人間離れした身ごなしに、イカレっぷりと壊れっぷりまで目の当たりにすれば誰だって考えるでしょうよ。それでもひとりずつしか殺さないんだから、赫鬼あんたたちよりいくらかマトモだと思うけど。


「なんであれ、アレが出没している限り人心は落ち着かん。我らが使命の遂行を待たずして街を離れたがる者も増えゆくだろう。繁栄は滅びの先に――≪聖絶≫による殉教は、皆人みなひとでなくては意味がない。貴様が出立をせず見届けるというのであれば、いとまの慰みに励んでもらおうか」


 ハーン。

 要するに? 殺し屋同士でそりが合わなくて邪魔し合ってるってワケねー。てか、今ンとこその『お嬢さん』ばっかチョーシよく殺しまくってて、あんたたちバケモノは一方的に振りまわされてる、と。ププーッ!

 さすが、この煮ても焼いても死ななさそうだったカウフマンに引導渡しただけあるわ、あの女。それとも、赫鬼ってのはホントはたいしたことなかったり? なーんつって!


 あーはいはい。まいってるわよ、正直。赫鬼のことね。想像とだーいぶ違ってて。

 姿かたちもそう。だけど本気でまいったのは、殲滅の考え方よ。自殺教会のすることだからってナメてたと言わざるをえないかも。あたしだけがそうだったわけじゃないけど。

 地道。いくらなんでも。地味でミチミチ。

 それだけに、本気、そして厄介なのもわかっちゃう。


 でも、知れたのはもうけよ。反省といっしょに尻尾をつかんだ。尻尾どころか急所サオかも。

 つまり〝みなごろし〟をやり遂げるためには、その準備が整うまでは騒ぎを起こされたくないってわけね? 最悪ウワサ程度でも、赫鬼は人の姿でまぎれこんでるぅーっ、なんて言いふらされた日には使命ショーバイあがったりになっちまうと。ポホゥッ!

 こうしちゃいらんないわ。ベトザニヤの連中に義理はないけど、世を震わす怪物どもの鼻の明かし方がわかってジッとしてられるわけないじゃない、こんなオイシイ話!


【なにができるっていうの】


 ほぅーら、お出ましね。やっぱりじゃないの。

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やがて楽土のヴオルカシャ ヨドミバチ @Yodom_8

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