シャンピニオンきの子(2)

『絵面やば』


『🍄ちゃんが……僕の🍄ちゃんがゾンビになっちゃった……🧟』


《通りすがりのロックフェラー

 $1000

 神よ🍄を救いたまえ!》


《カニエ・イースト

 $3

 俺の🍄も食べて》


 しばらく手と口を機械的に動かしていたキョウだったけど、完食。彼女は屍人しびとの顔になって立ち上がった。口の周りが赤かったり、青かったり、なんなら現在進行形で変色しつつあって、すごいことになっている。


「みんな……きの子がんばったよ……!」


『👏』『👏』『👏』『👏』


『えらい🎉』


『🍄、大人になっちゃったね……🥺💦』


「ふぅ、今日も難敵だったね! みんながいてくれから勝てたんだよ! 次こそはデンプシーロールで歩く怪物キノコ――〈モンスターシュルーム〉を見つけてみせるから! みんな応援よろしく!」


《ときそぷらずま

 $200

 先に病院代わたしておく🏥》


《白くて強い貂

 $100

 🍄のガッツがデンプシーロールをやぶる未来が見えた》


《シャンピニオンきのこファンクラブ一般会員

 $500

 死ぬな🍄》


《カニエ・イースト

 $3

 俺の🍄も食べて》


「今夜あたりが山だと思うけど、生き残ったら次のキノコでまた会おうね! みんな祈って! じゃあ最後にみんなでキノコ畑を作ろう! さー、みんないっしょに……せーのっ! しー、ゆー、ねくすとマクガイバー!」


『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』

『🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄🍄』


「かーーーーっとぉ!」


 ディレクターズチェアに片足をかけたリディアが、メガホンに向かって叫んだ。


 撮影係のティリエルがスマホを見せて、監督のリディアと相談し始める。


「ねぇ、今回のサムネはこの死体をむさぼり食う背中なんてどうかしら。なかなかインパクトあると思うんだけど」


「うーん……でも、口にべっとりキノコ汁がついてるやつのがエッチでいいんじゃない? 表情が無理やり顔射された女の子って感じで釣れると思う」


 二人が編集について話し合っている間に、キョウが僕のところまでやってきた。当てつけのようにして「うっぷ」と嘔吐えずいてみせる。


よだれが……どまらな"……」


 彼女の口から、透明な液体が止めどなくあふれてくる。抜群にエッチだ。僕はこのシーンも撮影するよう、ティリエルに指示を出した。


「あれ、食べられるんだよね? デッドマンズボディー」


 僕が再確認すると、彼女は恨めしそうな顔になって涎をこぼした。てろーん。


「食べだれるぎのごど、食べだれるげど食用に向がだいキノコば違う"んでず!」


 なるほど。それでも演じきってくれた彼女のサービス精神に乾杯だ。


 先ほどまで行われていたのは、キノコを求めてエイリアンの領地を縦深じゅうしんする謎の実況配信者オンラインストリーマーシャンピニオンきの子のライブ配信だ。


 ど田舎で育ったキノコの達人〈シャンピニオンきの子〉という女の子が、毎回、未知のキノコを目利きして命がけで食レポする企画で、ミフォーシスのやべぇキノコを食べてみせることで視聴者の不安をあおり立て、ウルチャ(お金を支払ってチャットで目立つ機能)を稼ぎ、最後に通院費としてウルチャを稼ぎ、そして次回、生還報告に対するお祝いのウルチャがわんさか飛んできて儲かるという仕掛けだった。配信先は何を隠そう、暇を持て余したチキュウのネットユーザーたちである。異世界より愛を込めて。


 驚くなかれ。きの子の声は僕が担当している。


 だって、演者のキョウがチキュウ語をまったく話せないんだもの。僕の声は機械音声なので、スマホのアプリで簡単に変声できて都合がいい、ということも背中を押した。シャンピニオンきの子でぇ~す! 気持ち悪いからそろそろ元の声に戻そっと。


 驚くなかれ。キョウの動きに合わせてセリフを乗せるアテレコ形式では無く、僕のしゃべりに合わせてキョウが動くというリアルタイム・プレスコ形式だぞ。キョウがどう動き、何を食べるのかは僕のアドリブにかかっている。僕がその場のノリで適当にしゃべり、それをリディアがテレパスでキャッチして、キョウに指示を出すという製作体制だ。そのためのメガホンね。


 つまり、僕はキョウにバ美肉して地下配信でウルチャほいほいからの登録数倍々でお金も承認欲求もがっぽりっていうこと。悪ふざけ感はいなめないけれど、今を生きてるって感じで最高にクールだった。


 シャンピニオンきの子の設定は、先ほど彼女自身が語ったとおりなんだけど、他にも視聴者を飽きさせないよう、いろいろなイベントが準備されていた。


 例えば、エイリアンの領地に勝手に行くことの違法性を問われて当局に追われる緊迫展開とか、魔獣とのバトル展開とか、現地エイリアンとの遭遇なんかもたまにある。エイリアン役には毎回メテオレイクからビジュアル強めな知人を引っ張ってくればいいから簡単なんだ。出演料はハンバーガー。安上がり。


 そうやって異世界のキノコを求めて大冒険を繰り返すうちに、やがて失踪した母の真実と、それをひた隠しにする父との確執。ゆくゆくは世界政府ユーセグの壮大な陰謀にまで話は派生する予定なんだけど、そんな雑なキャラクターづけや、取ってつけたような薄っぺらいストーリー性もさることながら、この配信の目玉はやはりアバター役のキョウだった。


 普段の格好そのまんまでも、並のバーチャルアバターを凌駕する可愛さ。これがシャンピニオンきの子の武器だ。自信なさげな垂れ目と、さち薄そうな顔立ちがよく効いていて、年齢高めのおにいさんたちのみならず、推しを探し求めネットをさ迷うおねえさんたちの間でも、にわかに人気が上昇していると聞いている。


 特に先日、現地エイリアンとして登場したファイアとの組み合わせはエグくて、ちょっとした百合ゆり展開を匂わせただけで目玉が飛び出るような金額を稼ぎ出すことに成功した。考察がはかどるらしい。僕も、いずれはペットのトリュフ犬として出演できないかと画策中だ。どう考察されるのか興味深い。


 そういったことで、フィクション風リアルドキュメンタリーという尖った配信をしているわけだけれど、その目的はチキュウの通貨獲得にあった。ようなんだ。


「はぁ~~、いつまで続けるんですかぁ、これぇ? だいたい何が面白いんか分からないんですよぉ、まったくもう……」


 キョウは口を水ですすいでから、大げさにぼやいた。彼女は当初から、シャンピニオンきの子というキャラクターに懐疑的だ。


 主演がこれでは、この先、強豪ひしめく配信界隈で生き残ることなどできない。僕は彼女のやる気スイッチをONにするため、本日のウルチャ額を見せてあげることに。


「これが君の価値だよ」


「私、チキュウの文字は読めないんですって」


「そうだな。こっちの金額だと、だいたい――」


 僕がざっとエレクトラムに換算した金額を聞いて、キョウはエビ反りに仰け反った。


「さ、さっきのあれだけで……? キノコを食べているだけなのに⁉ 配信ちょろすぎ……‼️」


「もう誰も、君を安い女だって笑えないね」


「ひ、ひひ……うひひひ……!」


 ホクホク顔になってスマホに表示された金額と睨めっこするキョウ。彼女もついに配信という不健全な集金システムの味を覚えてしまったようだ。次はもっとやべぇキノコ、いってみよう。


 このウルチャという投げ銭は、本当に業深いシステムで、水商売ここに極まれりって感じなんだけど、そんな投げ銭も個性があって見ているだけなら面白い。一撃でドカンと目立ってくる通りすがりのロックフェラーみたいな男気タイプもいれば、少額で何度も繰り返し顔を出そうとするカニエ・イーストみたいな粘着質タイプもいる。まるで現実世界の縮図を見ているかのようだ。


「だからさ。もうちょっと頑張ってよ、キョウ」


「わっかりましたぁ! 次は何のキノコを食べればいいんですか⁉ ジェヴォーダンさんのキノコですかぁ⁉️ なんちって!」


 現金なものだ。冒険者、やめちゃうんじゃないかな。とりあえずカメラの前で僕のキノコを食べさせてみたい。視聴者は増えるのか、減るのか、見物である。余談だけど『💦』のEmojiって、射精のメタファーなんだって。キョウはキノコを食べるたびに、全世界中からぶっかけられているわけだ。それは内緒にしておく。


 それもこれも、すべてはユージンにお願いしてチキュウの機材や食材を輸入するためなのだった。そもそも、この配信を提案してきたのも、ユージンの方からだ。


 僕も当初は、たいして稼げる気もしなかったし、配信には懐疑的だったんだけど、ナツキがイケると判断してやってみたところ、この通り。今ではリディアとティリエルも大はしゃぎで手伝ってくれている。


 結果的に、儲けの一部も手数料としてユージンに流れていくのだから彼も笑いが止まらないだろう。毎回、欠かさず配信に紛れ込んでくるし、ときにはサクラ行為もいとわない、のめり込みっぷりだ。彼自身もシャンピニオンきのこを楽しんでいるふしがある。


「じぇぼたーん。そろそろ行かないと受け取りの時間になっちゃうよ」


 機材係のナツキが、配信用のあれこれを回収しつつ声をかけてきた。


「行こう。リディア、ティリエル。キョウの介抱はよろしく」


「おっけー! じゃあ、キョウ。穴という穴から汁が出る前に、ルジェリの医院に急ごう!」


「そうですね……人前で穴という穴から汁が噴き出すと自尊心が崩壊しますからね……」


「闘病シーンも撮ってショートで上げたらもっと稼げないかしら?」


「いいね! やろうやろう!」


 楽しそうに会話する三人に手を振り、僕はナツキを連れて森の奥へと足を向けた。


 ユージンが手配した配送船は川からやってくる。僕が出ると逃げちゃうから、ナツキに受け取ってもらう必要があるんだ。


 今日は待望のフライヤーと冷凍ポテト、あとコーラ原液が届く日だ。帰ったら忙しくなるぞ。

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屠殺鬼(絵文字ありバージョン) 赤だしお味噌 @graycat

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