屠殺鬼(絵文字ありバージョン)
赤だしお味噌
シャンピニオンきの子(1)
◇◆◇(ジェヴォーダン視点)
「こんにちわぁ~! 現代によみがえった、みんなの冒険野郎マクガイバーことシャンピニオンきの子なのー! 永遠の女子高生でぇ~す。今日も、い~っっっぱい無謀なキノコ狩りするからぁ、みんな見ていってね~~!」
キョウはぎこちなく笑って、小さく手を振った。
すかさずチャットが賑わい始める。
『きのこ🍄ちゃん、生きてた!』
『よかった😭 🍄のために生きてる』
『キノコ狩り(意味深』
『こんきのこ~✨🍄』
『🍄カワイイ😘』
そんな中、滝のように流れる
《短足Wanko
$10
🍄生還記念!!!》
「短足Wankoさん、お見舞金ありがとねー。きのこはね、あのあと、ちょーっとだけ、穴という穴から汗が止まらなくなったけどぉ、みんなと一緒にまた冒険したい、死にたくないよ神さま……って祈ったら、今回だけなんとか見逃してもらえたよっ! みんなのおかげだねっ!」
『さすが現代のマクガイバー……!』
『神に愛されし🍄結婚して』
「さぁー、今日はどんな異次元のキノコが待ってるのかなぁー。みんなで一緒に野生のキノコを探して冒険だー!」
『🍄!』『🍄!』『🍄!』
『野生のキノコ(意味深』
《タメィゴウ
$50
軍資金(っᐖ )╮ =͟͟͞͞ 💰️HAHAHAHA!》
「タメィゴウさん、軍資金あり! ゆっくりしていってね!」
キョウは何度か僕を確認するように盗み見してから、しぶしぶと背中を向けて歩き始めた。
ここはハイパーボリアの森の中だ。
緑色になるまで苔むした倒木を乗り越え、小さな川をジャンプで渡りつつ、湿った
一見して素敵なハイキングだけれど、キョウの足取りは重い。端的に言って嫌そうだ。
「きっと、ここはもうエイリアンの世界なのー。怖いなー。心細いよぉ……」
『あいかわらず、どこ歩いてるのか分からん。ロケ地どこ』
『異世界こわい……』
『🍄はエイリアンとか怖くないの?』
「きの子もエイリアン怖い……でも、みんなが応援してくれるから大丈夫! いつも一緒について来てくれるみんなが大好きっ!」
キョウは少し遅れてから振り返り、うんざりとウィンクした。垂れ目の端から、病的なハートマークが飛ぶのを幻視した。
また音がして、色のついたメッセージがトップに躍り出る。
《うしわかまる
$50
きのこ🍄愛してるぞ💓》
「うしわかまるさん、きの子も愛してるよ!」
ちなみにチャットはすべてチキュウの共通語だ。ナレーションも共通語。シャンピニオンきの子の声はアニメ声。
「きの子のお父さんはねー、粘菌学者なんだけどー。この前、フィールドワーク中にエイリアンに襲われて逃げ惑っていたときに、たまたま偶然、颯爽とデンプシーロールで現れた、おばけキノコに命を救われたんだって。そのキノコは見事なフットワークと、左右からの絶え間ない猛打でエイリアンを撃退してお父さんを助けたあと、なにも言わずにデンプシーロールで森へ去って行ったらしいんだけど。でも、お父さん、その感動を学会で発表したら嘘つき呼ばわりされてショックで寝込んじゃったの。まったくもー、世話が焼けるんだから。おかげでお給料がもらえなくて、きの子はいっつもお腹ペコペコ。早くお父さんにいつもの笑顔に戻ってお給料を稼いでほしいから、きの子がデンプシーロールで歩き回るキノコの存在と、その味を確かめて、論文発表してぎゃふんと言わせちゃうぞ! お父さんの汚名を返上するんだ!」
唐突に始まった自分語りに、同情と励ましのコメントが集まった。次第に、色つきのコメントもその数を増やしていく。
キョウが木の根元をのぞき込んだり、倒木をひっくり返したりしている間も、キノコ雑談が続いた。
「あっ、これはお茶になるキノコだね。年単位でしっかり乾燥させると、高値で売れるんだ。美味しいし、健康にもいいんだよ」
『キノコを、お茶に……?』
『マンネンタケって昔からあるよな』
《カニエ・イースト
$3
俺の🍄も食べて》
「あっ、これ。これなんてどうかな。わぁー、おもしろい! お空からイカが垂直に落ちてきて地面に突き刺さったような形をしているね! 十本ある足の中心に黒くてベトベトした粘液がたまっていて……栄養ありそう! これなんか美味しそうじゃないかなぁ⁉」
キョウが小さく胸の前でバッテンを作った。セリフとジェスチャーがちぐはぐだ。
すかさず数え切れないコメントが流れ始める。
『イカタケじゃん🦑』
『子供の頃、イカタケこそがエイリアンが存在する証拠だってじいちゃんに騙されてた』
『チキュウにもあるキノコじゃだめだよ! そんなのきの子じゃない😡!』
『異世界成分が足りない。やり直し😫』
《キノコ博士にしてきの子の庇護者K
$10
イカタケは食べられます》
視聴者のハードルは上がっている。イカタケくらいでは、目の肥えた彼らを満足させることはできなかった。
キョウは頬をピクピクと引きつらせて、こめかみに小さな青筋を浮かべつつも、また新たなキノコ探しに戻っていった。ちなみにイカタケはギリ食べられるそうだ。へぇー。
そうこうしているうちに、キョウが足を止めて「げえっ」と顔を引きつらせた。今日一番のげぇ顔だった。
すかさず、彼女の視線の先へとズームイン。
「え、ちょっとまって……なにこれ……え、ちょっと……これってまさか……」
キョウの横顔に、冷や汗が流れる。
『お、きた?』
『前回のマンドレイクモドキなる叫ぶキノコを越えられるか……』
『どきどき』
「まってまって……信じられない……だって、これ……」
不自然なほど何度も驚きのセリフが繰り返されると、やがてキョウの口がぼそりと小さく動いた。
やや遅れて、シャンピニオンきの子の声が続く。
「……これは……〈デッドマンズ・ボディー〉! お父さんから存在だけは聞いてたけど、実物は始めてみたよー! よーし……今日はぁ~~……! このキノコにしまーーーーす!」
キョウが「うげっ」と振り返った。
『ちょっとなにいってるのかわからない』
『ほえーこれキノコ?』
『死体🧟なのでは……?』
《カニエ・イースト
$3
俺の🍄も食べて》
藪の中では、人の型をした黒い塊がうつ伏せに倒れていた。
見た目には刺殺を思わせる出来映えだ。全体的に腐ったような色をしており、腹部からは赤い汁を垂れ流していた。死後一週間の殺人現場にしか見えないけれど、れっきとしたキノコらしい。患部から伸び上がった、ナイフにも似た白い部位もまた、キノコなのだとか。
胞子……なのだろうか。デッドマンズ・ボディーの
「いけるかなぁ」
いやいやいや。キョウは首を横に振った。
「いけると思うんだけど」
いやいやいや。キョウは首を横に振った。表情がセリフと合っていない。
さすがにコメント欄もどよめいている。みんな固唾を呑んで彼女の動向を見守っていた。
あれだけあったコメントもパタリと途絶えてしまい、放送事故一歩手前まできた、その時。
彗星のように現れた色つきのコメント。
《君のU人
$100
🍄にはわっちがついてるぞい! がんばれ🍄! みんなも応援するんじゃ!》
派手に明滅する赤色コメントが
「君のU人さん、ありがとう……! きの子、ちょっと勇気でてきたかも。もっと応援しもられたら……きの子、このデカブツに挑戦できるかも!」
キョウの心の底から嫌そうな顔が、アップで映し出される。
そこから応援と制止のコメントが嵐となって流れ始めた。
《カッパの川流れ
$100
やめよう🍄の身体が一番大事》
《P活男子
$200
俺は🍄の目利きを信じてるゾ!》
《カニエ・イースト
$3
俺の🍄も食べて》
《目元だけシンデレラ
$500
死んじゃうよ!!!》
ついに本日の最高額が飛び出す事態に。キョウにたった一度コメントを読んでもらうためだけに、この値段を出すのかと、内心で圧倒される。
「ありがとう、目元だけシンデレラさん。でも、きの子にはやらなくちゃいけないことがある。そう、あの伝説のデンプシーロール・キノコ……〈モンスターシュルーム〉に出会うまでは、こんなところで……立ち止まっている暇なんて、ないんだ!」
キョウはガックリとうな垂れて、その場で膝をついた。僕にフェラを強要されたときのような諦めっぷりだった。
彼女は、もうどうにでもなれと言わんばかりの捨て鉢で、死体の手にあたるキノコをもぎ取って、その断面を見せてきた。
初めこそ焦げ茶色の断面だったけど、しかし、それは空気に触れてみるみるうちに青へと変色した。すぐに細かな粒子を含む液体までしたたらせ始める。あたかも凝固しかかった血液のように、プルンとゼリーじみているのが最高に毒々しい。
『早まるな』
『それはやめて』
『ぜったいに呪物』
『毒とおり越してるから』
《カニエ・イースト
$3
俺の🍄も食べて》
深呼吸を繰り返し、キョウはひと息にデッドマンズ・ボディーなるキノコにかぶりついた。
その瞬間、口元がどアップになる。
リンゴにかぶりつくようにして、必要以上に唇を押しつける様子から、前歯が菌糸を断ち切るところ。そして、あふれだすキノコ汁をすする様子まで、じっくりと見せるのがお約束だ。
『いったー!』
『🍄おもしれーやつꉂ🤣w𐤔』
『うっ💦』
『うっ💦』
『うっ💦』
キョウは吹っ切れたように、パクパクとデッドマンズ・ボディーを口に運んだ。死んだ目に、心を閉ざした表情も相成って、さながら死体をむさぼるゾンビだ。
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