マニフィック・エスケープ

ハードカバー

第一部 魔法学校の真実

第1話 始まり①

魔法世界に存在する学校『マニフィック』。長い歴史を持つその学校は、過去一度も「学外から教員を採用したことがない」ことで有名だ。どこから教員を採用するのかと聞けば、生徒の中から選ぶのだそう。

学校に関することそのほとんどを校内で完結させているマニフィック。噂によると素晴らしい魔法教育環境が整備されており、入学した生徒は一人残らず奇跡の深みに落ちていく、らしい。なので長期休暇には誰も帰宅することがない。そしてそのまま卒業し、先に言ったように校内で教師になるか、上流階級に仲間入りするため、家に帰ってくることが無いのだ。だから、例えば新聞の記事から得た情報などでしか判断ができない。少々説明が不確定になるのも仕方がないだろう。


さて、そんなマニフィック魔法学校であるけれど。

来年の春にめでたく開校千周年を控え、今秋に新たな情報を知らせてきた。


それが、「開校千周年を記念した外部教員採用試験」である。

マニフィック史上初の、学外から教員を採用するための試験。応募資格は一定以上の魔力を持っていること。神秘のベールの向こう側を覗くために、あるいは自分の実力を世に見せつけるために、多くの者が試験会場に集った。そのほとんどが自身も魔法学校を卒業し、安定した職を持っている三十代から五十代である中、ポツリと若い男が一人。

落ち着いた茶髪に、色白な肌、死んだ魚の目のように濁っている瞳。そんな彼の名前は「エンドレ」。おそらく集まった人々の中では一番若い、二十二歳だ。誰かに言われたのか、精一杯愛想を浮かべようとして…貼り付けたような微笑みになっている少々不気味な彼を、年齢なども考慮してか、誰も気に留めない。

今この試験会場で会話をしている人たちは、緊張に締め付けられる心を落ち着かせる、という理由が二割。残り八割はあわよくばライバルを蹴落としたいという願望のもと、お世辞を言い合っているのだ。

そのことに気付くと、エンドレはすん、と笑顔を削ぎ落とした。

そのせいか死んだ魚の目のような瞳から、死臭が漂ってきそうなほど表情が死んでいる。


「(大したことないな…)」


心の中で周囲に対する評価をして、興味を無くしたように魔法の杖を取り出しパチパチと火花を散らせる。エンドレにとっては魔法である。少しは慣らしておかないと、周りと平等ではない。

ここにいるエンドレ以外の人間は皆、だいたい魔法を愛していて、日ごろから魔法を使っているだろう。当たり前だ。だってここは魔法社会。魔法という名の奇跡が隣に存在する世界なのだから。

むしろ、魔法を常用しないエンドレが異端だと言っていい。

でも、まぁ。これにはワケがあるから、仕方がないとも言える。



そんなこと魔法の調整をぼんやりやっているうちに、カランカランと鐘が鳴った。

目の前で閉じられていた門が開く。その先に広がるのは薄暗い森。試験志願者たちがなんだなんだと様子を見ていれば、後方からマニフィックの教員だろう人間が二人、箒に乗って飛んで来た。二人とも似ている黒のローブにマニフィックの『М』のエンブレムを付けていて、同じ黒のチョーカーを付けている。

そのままある程度の高さまで降り、杖を筒状の…拡声器に似た形に変え、話し始めた。


『試験志願者の皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます。只今より、試験を行います。内容は簡単。皆さんには森の中をさまよっている試験用の敵、ゴーストを倒していただきます。全部倒した者が合格、即ち採用です。ゴーストは一定ダメージを受けると気絶し倒れる仕組みになっていますので、どうか消さないようお願い申し上げます。万が一消された場合は、試験資格を剥奪させていただきます。』


四十代後半から五十代に見える初老の男教員が、簡単な説明を終える。すると箒から降り、何やらもう一人の赤毛の教員と静かに会話を始めた。

人の多さと距離も相まって何も聞こえない。エンドレはすぐに教員から興味を無くし、視線をひっそりと動かして周りを観察し始める。よく見れば、周囲の人間は一人残らず手首にラメのような装飾が施された『紫のリング』を付けていた。エンドレは付けていない。

なるほど。これが目印か。

一人訳知り顔で小さくうなずく。


そのタイミングで再度鐘が鳴らされた。


「ミリュー、頼むよ。」

「あら、任せてほしいわ。」


エンドレは驚いた。どう見聞きしても、ミリューと呼ばれた者の骨格や声質は男のものだったからだ。

まぁ、そんなこともあるか、と思い思考を止め説明に耳を向ける。


「今から試験を開始します。私が花火を打ち上げるので、上空で弾けたら森へ入ってください。それでは、よーい…」


ミリューと初老の教員が箒に乗り空へ浮かぶ。きれいなネイルが施された指先に握られた杖、その先からシュシュシュ…と煙があふれ、緑の火花が飛び散る。

それがある程度の勢いになると杖先から飛んでいき、パァンと大きな破裂音を伴って弾けた。


「始め!」


史上初のマニフィック教員採用試験の始まりである。

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