それは一体何の肉?

それは一体何の肉?

 グロートロップ王国では今宵も夜会が開催されている。

 フロンテイラ侯爵令嬢エステファニア・イボンヌ・デ・フロンテイラは視線の先の状況にため息をついた。

 婚約者であるヴィゼウ公爵令息ディオゴが堂々と他の令嬢と仲睦まじくしているのだ。

「ジナ、君は本当に可愛らしい」

「まあ、ディオゴ様、嬉しいですわ」

 ディオゴに褒められて喜ぶのは、レミントン伯爵令嬢ジナ。


 エステファニアは真っ直ぐ伸びた艶やかな黒褐色の髪、ムーンストーンのようなグレーの目。長身で大人びた顔立ちである。

 一方ジナは栗毛色の髪にエメラルドのような緑の目。小柄で童顔で可愛らしく、エステファニアとは正反対だ。


「エステファニアにも見習って欲しいくらいだ。あの女は口を開けば『それはヴィゼウ公爵家の仕事ですからまだ嫁いでいないわたくしには出来かねます』ばかりでうんざりしている」

「ディオゴ様、エステファニア様が可哀想ですわよ」

 可哀想と言いつつ、ジナは楽しそうに笑っている。これっぽっちもエステファニアが可哀想だと思っていないことは明らかだ。

「でも、エステファニア様に勝てたみたいで嬉しいですわ」

 ジナは少し黒い笑みを浮かべていた。


 エステファニアはディオゴからヴィゼウ公爵家の領地に関する仕事を押し付けられていた。その間ディオゴはジナと出かけたりしているのだ。

 エステファニアが拒否すると、「侯爵家の人間がこの俺に口答えするな!」と怒鳴ってくる始末。エステファニアはすっかり閉口していた。


 ディオゴはブロンドの髪にサファイアのような青い目で、見た目だけは良いがそれだけの男だった。


「エステファニア嬢」

 そんな彼女に話しかける者がいた。


 ブロンドの髪に、ターコイズのような青い目。端正な顔立ちの令息だ。


「アリシオ様……」

 エステファニアは困ったように微笑む。

「兄上がいつも申し訳ないです」

 アリシオはため息をついて肩を落とす。


 アリシオ・ラモン・デ・ヴィゼウ。ディオゴの弟でヴィゼウ公爵家次男だ。年はエステファニアより一つ年下の十六歳。ちなみにディオゴよりは二歳年下だ。


「アリシオ様が謝ることではありませんわ」

 エステファニアは肩を落とす。

わたくしがもっと上手くやらないといけないのでしょうか……?」

 エステファニアのムーンストーンの目は、憂いを帯びていた。

 それが彼女の美しさをより際立たせ、アリシオはいても立ってもいられずどうにかしたい衝動に駆られる。

 しかし、今はグッと抑えるのであった。

「エステファニア嬢、半年前夜会でポンバル伯爵家のコンスタンサ嬢の身に起こったことは覚えていますか?」

「コンスタンサ嬢……確か、大勢の前でパルマ伯爵家次男のドミンゴ様から婚約破棄を告げられいましたわね」

 エステファニアは思い出すような素振りだ。


 半年前、エステファニア達の話題に上がったコンスタンサという令嬢が、夜会で婚約者から婚約破棄を告げられたのだ。その後、コンスタンサはレンカストレ公爵家長男ルーベンからプロポーズをされて、それを受けたらしいが。


「このままだときっと兄上は同じように大勢の前でエステファニア嬢に婚約破棄宣言をするでしょう」

「そうなった場合、もしかしてアリシオ様がわたくしにプロポーズをしてくださるのかしら?」

 エステファニアは悪戯っぽく笑う。

 すると、アリシオは頬を赤らめた。


 エステファニアはディオゴよりもアリシオの方が好ましいと思っているし、アリシオもエステファニアに想いを寄せている。

 しかし、ディオゴとジナの二人とは違い、エステファニアとアリシオは想い合うだけで堂々と不貞行為はしていないのだ。


「でも、僕は次男だからヴィゼウ公爵家を継ぐ立場ではありません。それに、大勢の前で婚約破棄宣言されてしまうと、エステファニア嬢が恥をかいてしまいます」

「そうですわね……。神様は意地悪ですわ」

 エステファニアのムーンストーンの目は、憂いを帯びていた。

「でも、僕達の溜飲を下げることが出来て、全てのことを解決出来る方法がありますよ」

 アリシオはニヤリと笑う。ターコイズの目は何かを企んでいるようだ。

「まあ、どのような方法ですの?」

 エステファニアは興味津々な様子だ。ムーンストーンの目に輝きが戻る。

「少し残酷かもしれませんが……」

 アリシオはエステファニアにコソッと耳打ちをした。

「まあ……!」

 エステファニアは悪い笑みを浮かべていた。





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 二週間後。ヴィゼウ公爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

「ジナ嬢、来てくれてありがとうございます」

 アリシオはディオゴの浮気相手ジナを快く出迎えた。

 この日はジナを呼んで特別なランチ会である。

「ご機嫌よう、ジナ様」

 エステファニアは悠然とした様子で微笑んでいた。

 エステファニアもこのランチ会に呼ばれていたのだ。

 ジナはエステファニアの姿を見て若干嫌そうな表情だった。


「あの、ディオゴ様はどちらに?」

 席に着いたジナは怪訝そうな表情である。

 この場にディオゴがいないのだ。

「兄上は来ますよ」

 アリシオは紳士的な笑みである。

 そしてチラリとエステファニアの方を見た。

 エステファニアはその視線に気付き、クスッと笑う。

「ジナ様、実はですね、わたくしとディオゴ様の婚約はもうすぐ解消されますのよ」

 エステファニアは品の良い淑女の表情である。

「え……!?」

 ジナはエメラルドの目を大きく見開いた。

「ジナ様にとってわたくしは邪魔者だったでしょう? でも安心してくださいね」

「そう……ですか。婚約解消……」

 やや戸惑うジナだが、嬉しさが滲み出ていた。


 しばらくすると、ジナの席にだけ料理が運ばれて来た。

 赤ワインのソースがかかった肉料理である。

「ジナ嬢、冷めてしまいますのでお先にどうぞ。僕達のことは気にせずに」

「承知いたしました」

 ジナはアリシオに勧められるがまま、肉料理を一口食べた。


 それを見たエステファニアとアリシオは互いに顔を見合わせて、密かにほくそ笑んだ。

 しかしジナはそれに気付いていない。


「美味しいです。でもこのお肉、不思議な味ですね。一体何の肉なのでしょう?」

 ジナは不思議そうに首を傾げている。

ですわよ」

 エステファニアはふふっと笑う。

「私が好きなもの……牛……ですか? それにしては不思議な味ですが……」

 ジナは首を傾げている。

「これは特別ですからね。さあ、僕達のことは気にせずにもっと食べてください」

 穏やかな声のアリシオ。

 ジナは言われるがまま食べている。

「あの、ところでディオゴ様は……? まだいらっしゃらないのですか?」

 ジナはキョロキョロと周囲を見渡す。

「ディオゴ様なら……いるはずですわよ。ねえ、アリシオ様」

「ええ。

 エステファニアとアリシオは微笑み合っている。

 ジナは不思議に思いつつも、ディオゴを待っていた。


 しかし、いつまで経ってもディオゴは姿を現さなかった。






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「ジナ様、全く気付きませんでしたわね」

「ああ。まさかここまで気付かれないとは僕も驚きですよ」

 ランチ会が終わった後、エステファニアとアリシオは黒い笑みを浮かべていた。

「ジナ様、わたくし達のランチが一切運ばれて来ないことに少し怪しんでおられましたが」

「使用人の不手際だということで隠し通せましたね」

 エステファニアとアリシオはクスクスと笑っている。

「これで全て解決ですわ」

「ええ。それにしても、エステファニア嬢はこんな手段をよく受け入れましたね」

「それだけディオゴ様に対してストレスが溜まっていたということですわ」

 エステファニアは肩をすくめた。

「アリシオ様とわたくしは結ばれる、その上ジナ様とディオゴ様もこの先ずっと一緒ですわ」

「確かに、兄上はジナ嬢のとなるのだから、一緒にいられることになりますね」

 エステファニアとアリシオはニヤリとほくそ笑んでいた。


 ジナに出した肉、それは……。

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