21.二人が誓うもの《最終話》

 ロサリンド・ダンスベルの事件は終わった。


 ダンスベル男爵家は取り潰しになり、地方の一部を除いた領地と財産と持っていた商業権と商会が外没収となった。その中から、再びエリーズ・エルムフットに慰謝料が払われた。

 エリーズはそれを全額、マクスウェル修道院の孤児院や他の孤児院いくつかに分割して寄付してしまった。


 幸いエイコン団だった少年達は、マクスウェル修道院の孤児院に戻され、数日間反省房に入れられただけだった。そのままマクスウェル修道院の孤児院で、養育され教育されることになった。

 エリーズはその報告を聞き、安堵の吐息をもらした。


 しかし、エリーズの中ではまだ燻るものがあった。鬱々とした気持ちが晴れず、心にわだかまった。

 どこかへ出かける気にもなれず、どの招待も断った。


 マリーズはそんなエリーズを心配して、三日とあけずに訪ねてきた。エリーズは

「大丈夫よ。心配しないで」

 と言ったが、マリーズは信じなかった。エリーズの心にはあの事件が確実に傷を残し、今もまだ血を流しているのだ。


 そんなエリーズをリンデンバウム侯爵家のマデリーン伯母が尋ねてきた。

 マデリーン伯母は、たくさんの箱をエリーズの部屋に運び込んだ。そのひとつから、煌びやかな深い赤のドレスを取り出した。


「さ、エリーズ。これを着てわたくしの夜会に来るのです」

 マデリーン伯母は命じた。

「伯母様…」

 エリーズはたじろいだ。


 赤いドレス…


 あの広場での絞首台の下での断罪劇の日の、ロサリンド・ダンベルが思い起こされる。


「まったくあなたときたら、あの事件は終わったと言うのに家に閉じこもって」

 首を振りながらまくしたてる。

「まるで修道女か後家のような地味な服を着て、まるでお弔いでもしているみたい。あんな女を弔うなんてばかばかしい」

 と言い捨てた。

「そういうわけではありませんわ」

「あんな女のために人生も若い盛りの楽しみも、台無しにするなんてとんでもないことだわ」

「でも伯母様…」

 マデリーン伯母は鼻で笑った。


「あなたのような、たかが十六歳の小娘が思い上がるんじゃありません。ロサリンド・ダンスベルの罪は彼女だけのものです。あなたがどうこうして、どうにかできたわけないのですよ」

 マデリーン叔母が切り捨てる。

 マデリーン伯母は侍女とメイドに支度をさせながら言った。

「あなたがいようといまいと、何をしようとしまいと、ロサリンド・ダンスベルは勝手に騒ぎを起こしたのです。あなたが責任を負うことなんか、何一つありません。ばかな女がばかな妄執に支配されて、ばか達を巻き込んで、結局ばか故に自滅した。それだけです」

 マデリーン伯母は決めつけた。

「前世なんて、そんなあるかないかわからないもののために自滅したのですよ。おわかり?」

 マデリーン伯母は容赦なく言った。


「何ひとつ、あなたのせいではありません。あなたはこれからも生きるのです。さっさとその赤いドレスを着て、わたくしの夜会に来るのです」

 と命じた。


「ロサリンド・ダンスベルは前世とやらに憑りつかれて、自分の人生を台無しにしました。それだけです。あなたがあなたの人生や若い自分を台無しにするなんて、くだらない感傷にすぎません」

 さっさとエリーズの支度を指示し進める。

「マリーズはもうすぐ到着しますからね。あなた達はこれから幸せになるのです。ちゃんと自分の人生を生きなさい」

 そしてエリーズを抱き寄せて言った。

「あなたはこれから長い人生を生きていくのです。自分の人生の中で、現実に泣いて笑って怒ってまた笑って、幸福に生きていくのです。何度も赤いドレスを着て、愛する人と踊って、語らって、寄り添って生きるのです。この世に未練を残すなんて、くだらない生き方をしてはいけません。幸せになるのです」


 伯母の辛辣な言葉は、不思議とエリーズの心をしゃっきりとさせた。目が覚める思いだった。


 エリーズは騒動以来、初めて夜会に出席した。

 驚いたことに、エリーズは夜会を楽しんだ。

 赤の絹のドレスは、エリーズの黒髪に生えて美しかった。


 マリーズと踊り、招待客と談笑し、

「まあ、そのドレスとても似合うわ。美しいこと」

 と褒められて嬉しかった。


 マリーズも晴れ晴れとした顔で笑った。


「君が立ち直ったらしたいことがあったんだ」

 と言って、バルコニーへ誘った。


「さあ、私達の誓いをしよう」

 まじめな顔で言う。

「誓いですって?」

 エリーズは面喰った。

「私達は来年結婚するんだよ。その前にちゃんと誓いたいんだ」

「まあ、わたくし、あなたに背くようなことなんてしませんわ」

 エリーズは少しツンとして言った。マリーズは笑った。

「私も君には背かないよ。ただ…」

 マリーズは真剣な顔になった。


「君は私と来世を誓う?」

 エリーズは胸がきゅっとした。いやな感覚だった。

「来世ですって?」

 エリーズは考え込んでしまった。

「私は誓わないよ」

 エリーズはマリーズの、愛する人の顔を見上げた。


「来世なんて不確かなものは誓わない。私達は今世に、現実に生きているんだ。君が言ったようにね」

 マリーズは笑った。

「この世での愛を誓おう。この世で共に幸せになることを。この世で共に人生を生きることを」

 マリーズはエリーズの手をぎゅっと握った。


 エリーズは笑ってしまった。


 笑って泣いた。


「ええ。誓うわ。あなたと生きるわ。あなたを一生愛するわ。一緒に幸せになりましょう」


 そのエリーズの涙をマリーズはそのままに、二人は月夜のバルコニーで誓いのくちづけをした。


 そして共に笑った。


 そう、わたくし達は今を生きているんだわ。

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あなたは私の前世からの運命の恋人 チャイムン @iafia

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