20.真実の断罪

 次にマリーズ・エヴァーグリーンが証人として呼ばれた。マリーズはエリーズが孤児院に出かけたことを知り後を追いかけたが、途中で町の者が騒いでいるのを聞きつけた。

 中央広場で侯爵令嬢の公開処刑があると、人々が向かっていたのだ。

 マリーズは馬を飛ばして中央広場へ急ぐと、そこには男達に囲まれて、赤いドレスの女に跪かされているエリーズ・エルムフットがいた。

 エリーズを奪い返すと、ロサリンドはいつもの荒唐無稽な繰り言を言ってきた。それをあしらうとロサリンドは変貌した。

 ロサリンドはエリーズを絞首台に吊るせ、殺せと叫び、エリーズとアリエノール王妃を呪った。

 エリーズがロサリンドを諫めたが聞かず、エリーズは群衆に逃げるように呼び掛けた。群衆が逃げ始めた頃、警備隊が到着してロサリンドを始め、舞台の上の男達を制圧して連行していった。


 次にエリーズが証言台に立って質問を受けた。エリーズは淡々と答えた。そして最後に付け加えた。

「皆様がロサリンド・ダンスベルに騙されたと言うのは、ある意味本当でしょう。しかし犯した罪は法にお任せします。ただ、エイコン団だった少年達はまだ幼い世間を知らない子供達です。どうか寛大なお裁きをお願い申し上げます」

 エリーズは証言台から下りて行った。


 裁判官はロサリンドに向かって言った。

「あなたの罪は以下です。エルムフット侯爵令嬢の物の窃盗、及び拉致と公開処刑を人々に教唆した。更には処刑を命令した殺人未遂です」

 ロサリンドの口枷を外すように指示して聞いた。

「何か最後に言うことはありますか?」


 ロサリンドは激しい口調でまくしたてた。

「盗んでなんかいないわ!私のものを取り戻しただけよ!」

「いいですか。自分が対価を支払って得た物、自分に誰かが贈ってくれた物を『自分の所有物』というのです。あなたが自分の所有権を主張する物は、そのどちらでもありません。他人の所有物を我が物にすることを『盗み』というのです」

 ロサリンドはなおも言う。

「盗んだのは私じゃない!」

「盗ませたのはあなたです。そしてエルムフット侯爵令嬢を殺そうとしました」


「エリーズに手を下したのは私じゃないわ。みんなが勝手にやったのよ!」

「しかし、そうするように言ったのはあなたですよね」

「違うわ!勝手にやったのよ!」

「吊るせ殺せと言ったのはあなたではありませんか」

 ロサリンド・ダンスベルは涙を流しながら叫んだ。

「私はエリーズに手を出していない!そうよ。私はクラリッサ・アーウェンじゃない。王子を殺したのは私じゃない。私は何もしていないわ!!」

 ロサリンドは絶叫した。

「私は前世からの運命の恋人と結ばれるはずなのに!!」


 裁判官はもう一度ロサリンドに口枷を着けるよう指示した。

「そうです。レオンハルト王太子を弑そうとしたのはあなた、ロサリンド・ダンスベルではありません。クラリッサ・アーウェンです。たとえあなたの前世がクラリッサ・アーウェンであろうとなかろうと、前世の罪は裁けません。なぜなら前世はもう終わっているからです」

 裁判官は言い聞かせるようにロサリンドに言った。

「私は今世の罪を裁きます。ロサリンド・ダンスベル、あなたに以下の処分を下します」

 一呼吸おいて処罰を述べた。


「窃盗の罪で棒打ち百回、群衆を扇動した罪で杖打ち五十回、エリーズ・エルムフット侯爵令嬢を拉致し公開処刑にせんとした罪で絞首刑言い渡します」


 裁判は涙を流しながら呻くロサリンド・ダンスベルを連行して、閉廷した。


 翌日、関係者から処罰が実行された。


 ローズ・リンを匿った酒場の関係者は、それぞれ罪の重さに応じて杖打十回から三十回。

 エリーズ・エルムフットを拉致した者、押さえつけた者、罪状をを読み上げる役をしたトマス・アナクス達は棒打ち五十回後五年の苦役。


 棒打ちはよくしなる軽い木を細く平たく加工したもので、剥き出しにした背中を叩く刑罰だ。主に大きな音とその場での激しい痛みがあるが、重い怪我はしない言わば見せしめの刑だ。


 杖打ちは固く重い杖で、椅子に下半身を固定され腕を吊られた状態で背中を打たれる。体への負担は大きく、回数によっては服や背中の皮が破れ、時には骨を損傷することもある。


 ロサリンド・ダンスベルは、他の者の刑が終った後で刑罰が行われた。

 一日目は棒打ち百回、二日目は杖打ち五十回。

 その一週間後に刑場で絞首刑となった。


 棒打ちが始まった時、ロサリンド・ダンスベルは繰り言と呪詛の言葉を喚き立てていたが、だんだんとおとなしくなり、あとは痛みに悲鳴を上げ唸るだけだった。杖打ちでは何度も気を失い、精も根も尽き果てたと言った様子だった。


 絞首刑には刑吏のみしか立ち会わなかった。

 そこには来世を約束した王子の姿も、前世からの運命の恋人の姿もなく、ロサリンドの刑は粛々と執行された。

 最期にロサリンドが何を思っていたのかは誰にもわからない。

 後悔や懺悔の心があったのか、最期の瞬間まで世を人を呪っていたのか、知る由もない。


 ロサリンドの死体は焼かれ、灰は川に流された。

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