【短編】マシナリークロニクル
中谷キョウ
マシナリークロニクル
*** シーン1ー1 ***
ネレイヤ・アールにとってその日はパイロットとして最後の晴れ舞台であった。度重なる緊張によって汗臭い金属の箱の中、真新しい汗をたらしながら、彼女は機体の起動レバーを引いた。
『盛り上がってまいりました個人競技”ガンスリンガー”の次なる選手プレイヤーはなんと、学生最強と名高い孤高のエースパイロット、ネレイヤ・アール選手! 大会個人種目全3種を2年連続で1位。今年はパイロット最後の年、果たして彼女は3連覇なるのか!』
「うるさいなぁ、もう」
外野から聞こえる声を遮断しながら、目の前の競技へと目を向ける。
全国学生マシナリーギア競技大会。
人型汎用ロボット通称”マシナリーギア”が普及してから半世紀。元々は軍用に開発された戦闘兵器だったのだが、一般への普及が始まってからは競技パイロットになる者も増えていた。
彼女もそんな者の一人でいつのまにか、エースパイロットと呼ばれるまでに達していた。
『オールレディ』
「アクセプト」
『スリー、ツー、ワン――スタート』
開始の合図と共に彼女のマシナリーギアが動き出す。
決められた障害物コースを乗り越え、右手に持った拳銃で飛び出てくる的を精確に撃ち抜く。
「狙って……撃つ。狙って……撃つ」
まるで機械のような精密な射撃。本来であれば射撃補助AIによって射撃補正がかかるのが通常であるが、大会の規定によって彼女はマニュアルでソレを行っている。
この大会では機体性能に制限を掛けたり、射撃補正や操縦サポートなどのソフトは禁止されているのだ。そのため、最新鋭を使っていたとしても競技における機体の動きは全て選手のテクニックによるものである。
「次ッ」
流れるように機体を動かし、次の的を見つけると瞬時に発砲。
彼女が高難度の的の中心を撃ち抜くたび、観客からはどよめきが広がる。会場に設置された得点ボードにはどんどん成績が積みあがっていく。
やがて、全ての的を撃ち抜いた時、会場には割れんばかりの歓声が広がった。
『おおっと、やはり今年の大会も孤高のパイロット、ネレイヤ・アールの独壇場だァ!』
湧き上がる会場とは別に彼女は冷ややかであった。過度の集中で息だけが上がり、成績だけを見て静かに「よし」と呟いた。彼女にとってエースパイロットだと持てはやされることよりも大会で好成績を残せた事の方が大事なのだ。
しかし、彼女も観客への理解が無いわけではない。求められるまま、コックピットから機体の外へと飛び出すと会場に向けて拳を突き出した。
*** シーン1-2 ***
ひとしきり歓声を浴びたネレイヤは次の競技のための機体のメンテナンスへと向かっていた。会場の喧噪とは程遠い、大会関係者にしか入れないバックルームとも呼べる場所。
いつもなら大会の関係者や報道関係者でごった返す場所なのだが、人嫌いのネレイヤのために人気はなかった。
そのはずだったのが、一人だけネレイヤのゆく道をふさぐ人影が差し込んだ。
「あの、ネレイヤ・アールさんでしょうか?」
「そうよ、何か」
「あっ……えーと」
競技の熱がまだ冷めないネレイヤに充てられてその人物は後ずさりをする。
ネレイヤよりも背が低く、見た目も幼そうに見えるが首から下げたIDカードから大会関係者、それも学生ではないことが見て取れた。
いつもなら無視する類の人間なのだが、その人の反応が気になりネレイヤは立ち止まった。
「何かあるんでしょ」
「わ、わたしはその、ギアテクノス社のスミレ・タカラシマと申します。今日はネレイヤさんにお願いがあってきました」
「お願い?」
嫌な予感がしながらもネレイヤはスミレに聞き返した。周囲から人嫌いと称されているが別にネレイヤは人嫌いでも何でもない。
ただ、競技に集中したいだけで邪魔をせず、しつこく質問さえしなければ会話に応じるのだ。
「はい、実は弊社の最新機体のテストパイロットをお願いしたいんです!」
そう言いながらスミレはタブレットで資料を展開し、説明を始めようとした。
「実は今日も試作機をこちらの会場に持ってきていて――」
しかし、ネレイヤはスミレの説明を遮るように答えを言った。
「いやよ」
「え、そ、そこを何とか、お願いします。あの機体に応えられるのはネレイヤさんくらいしかいないんです」
「はぁ、あなた……私の事知らないの? 先日発表したでしょ、私はこの大会を最後にパイロットを引退するわ」
ネレイヤが引退するという話はこの大会が始まる前に発表されたばかりである。18歳で引退というのは若すぎるが、彼女にはどうしても職業パイロットになりたくない理由があったのだ。
やれやれとネレイヤはため息を吐くとスミレから興味を失くした。
「知ってますよ。だからこそ、、、、、、ネレイヤさんがいいんです。お願いします」
「しつこい」
ネレイヤはそれだけを告げるとスミレを完全に無視する。
(何が”知っていますよ”なのよ。私のことを知っているなら、私がマシナリーギアを嫌ってることも知っているでしょ)
ネレイヤはマシナリーギアが嫌いだったし、それを公言もしていた。理由は多々あるが、根本にはただ一つ、マシナリーギアは戦うための機械だからだ。
マシナリーギアでの競技は好きでも戦争が嫌いなのだ。
(マシナリーギアはどうあがいても人を殺すための機械なのよ)
それがネレイヤがパイロットを引退する理由でもあった。
「ま、待ってください! 私もマシナリーギアが戦争に使われるのが嫌いなんです! でも、それ以上にマシナリーギアが大好きなんです! ネレイヤさんあなたも――」
スミレが大声で叫ぶもネレイヤにはもう届かなかった。
*** シーン1-3 ***
『さて、お次の個人競技は”マシナリーカラテ”です。今年の本選は話題の選手がたくさんいますが、一体誰がアール選手への挑戦権を手に入れるのか注目ですね』
次の競技が始まり、ネレイヤは準備を始めていた。ネレイヤの目的は勝利ただ一つ。そのために機体のメンテナンスを入念に行うがしかし、ネレイヤの手は思った以上に動いていなかった。先ほどのスミレの言葉。聞こえていないように振舞っていたが届いていた。
(戦争に使われるのが嫌い。でもそれ以上にマシナリーギアが好き)
もし、それが本当なら彼女の言葉に乗っても良いネレイヤは一瞬そう考えるもぶんぶんと首を降った。
そんな折、ネレイヤに声をかける姿があった。
「ネレイヤ、調子はどうだ」
「父様。来ていただけたのですね」
「ああ、ちょうど商談までに時間があったからな」
ネレイヤの父親、バーナード・アールはマシナリーギアの開発を行っているAM社(エンシェントマシナリー社)の社長である。AM社はマシナリーギアの普及に伴い急成長した会社で一般向けのマシナリーギアの開発・生産を行っている。
「父様。”マシナリーカラテ”は観てくださいますか?」
「すまない。もう行かないと商談に遅れてしまうんだ。競技の方は録画で観るよ」
「そう……ですか」
「本当にすまない。一つだけ確認したいんだが、【シュタイントルケ】の乗り心地はどうだ」
「最高です。バランサーも問題ありませんし、高速運動時の動きがとても滑らかで安定度がこれまでのモデルよりも抜群に良いです」
「なるほど、ネレイヤの助けになれてるようだね。良かったよ」
ネレイヤの使っている”シュタイントルケ”はAM社の試作機の一つである。競技向けに格闘性能の強化を図った機体なのだが、思惑通りの性能が出ているようだ。バーナードは頷くとネレイヤに別れを告げた。
「父様……私頑張ります」
父親のおかげでネレイヤは再度次の競技への決意を固めるのであった。
*** シーン2ー1 ***
(集中、集中するのよネレイヤ)
次の競技”マシナリーカラテ”は毎年勝ち上がり戦で予選、本選が行われ、昨年度の優勝者と本選を勝ち残った者が1対1で戦う種目である。去年勝利したネレイヤはもちろん、優勝者として本選から勝ち上がった挑戦者を待ち受ける立場だった。
そのため、出場までに少し時間があったのだがネレイヤはその間、考え事をして時間を潰してしまった。
それはやはり、スミレの言葉によるものだった。
マシナリーギアが嫌いなことは公言していたがその理由が戦争によるものであることは父親以外誰にも伝えたことはなかった。それなのにスミレはあたかもネレイヤが戦争嫌いであるかのようにあの言葉を発した。
そのことがずっと頭に入って離れないのだ。しかし、今日は大切な大会。パイロット最後の競技で死んだ母親との約束を果たす日。今日のためにずっとマシナリーギアに乗り続けてきたと言っても過言ではない。
『さぁ、とうとうやってきました! マシナリーカラテ決勝戦。選手のお二人は入場をお願いします』
(切り替えろ、ネレイヤ・アール。母様が見ている)
そう、自分に言い聞かせてメインモニター越しに会場を見上げる。
ネレイヤの母親はこの競技大会で3年連続個人戦連覇を成し遂げた初めて人物でその偉業を讃えて当時の優勝旗が今なおこの会場に飾られている。
おそらく、きっと見守ってくれているはず。
ようやくネレイヤは意識をこれからはじまる競技へと向けた。
対戦相手はネレイヤと同い年なのだが、予選を含めて今回の大会が初出場らしい。
搭乗しているマシナリーギアは市販のものだが、おそらくカスタマイズしているであろう。しかし、いくらカスタイマイズしていたとしてもAM社の最新鋭機である【シュタイントルケ】には勝てない。
(機体性能はこちらが上ね。でも……)
ネレイヤは油断しない。
”マシナリーカラテ”……いや、競技全般において機体の性能差で大きな差は出ない。必要なのは圧倒的な性能ではなく、機体を的確にコントロールする技術と相手の動きを見極めるセンスだ。
だから、性能が圧倒的に勝っていてもネレイヤは冷静に見極める。
『両者揃いました! 東、皆さんご存じネレイヤ・アール! 昨年に引き続き今年も防衛なるか!? そして、対する西、メアリー・ベールズ! 今大会初出場ながら数多の挑戦者候補をなぎ倒し、ついにここまでやってきました!』
聞こえてくる雑音をシャットアウトし、集中を始める。
まるで感情をなくした機械のようにネレイヤは相手を見つめた。
『それでは、レディ……ゴー!』
合図とともに”マシナリーカラテ”が始まった。
『さぁて、試合が始まりましたが両者一歩も動きません! まずは様子を見るということでしょうか』
実況のとおり、ネレイヤも相手もまずは様子見をしていた。互いに互いの動きを観察しようとするがため、互いに動かなくなってしまったようだ。
『互いの動きが止まった状態ですが、ここで”マシナリーカラテ”について観客の皆さんにルール説明をいたしましょう。
”マシナリーカラテ”とは名前のとおりマシナリーギアによるカラテです。
ですが、そのルールは実際のカラテとは大きく違います。
実際のカラテには禁止技が多くありますが、”マシナリーカラテ”にはほとんどありません。
拳、蹴りを使った技であれば相手のマシナリーギアを破壊しても構いません。
唯一禁止されているのがコックピットへの直接攻撃です。
相手のコックピットに深刻なダメージを負わせた場合、違反行為とみなされることもありますので、選手の皆さんは極力コックピットは狙わないようにしております。
そして、気になる勝利条件ですが、相手を降参させるか相手の機体に続行不可能なダメージを負わせたら勝利です』
『おおっと、説明がちょうど終わったタイミングで試合に動きがありました』
始めに動いたのはメアリー・ベールズ……メアリーだった。メアリーは実況の説明が終わると同時にネレイヤの下へと走り出した。
対するネレイヤは構えをしたまま微動だにしなかった。
『ベールズ選手、アール選手へと向かいます。このまま先ほどの本選のようにあの技が決まるのでしょうか』
あの技……それはメアリーの必殺技のことである。今大会では一貫して必殺技で試合に勝ってきたのだ。
「っ」
その時、ネレイヤは一瞬、息を飲んだ。
メアリーの機体がメインモニターから一瞬フレームアウトしたのだ。
(この動きは……)
それはネレイヤも知っている動きである。
そのため、反応は出来る。
しかし、その動きは反応が出来るからと言って対応できるものでもない。
ネレイヤの左側に強烈なダメージが走る。
『き、決まったァ! ベールズ選手の回し蹴りだァ! ベールズ選手の動きはパイロットからみると視角からフッと突然現れる蜂のような動きで、これは来るとわかっていても回避することは難しい技です。このままアール選手は負けてしまうのでしょうか……おや、これは一体?』
「はぁ……はぁ……」
(一瞬だけ見えたから助かった)
事前に予習していたネレイヤはこの技は回避できないと本能で悟っていた。
そのため、避けるのではなくダメージを最小に抑える方針にしたのだ。
『へぇ、あの一瞬で機体を右側に寄せたの? まさかあのタイミングで受け流しするなんて……』
「あなたこそ、何今の動き。アシスト無しでやるなんて普通の人間技じゃないわね」
互いに一言づつ言葉を交わすがその続きはなかった。
今度はネレイヤがメアリーへと向かう。
『なんと、アール選手は試合続行するようです。ベールズ選手の回し蹴りを食らって生き残ったのはアール選手が初めてです。さすがは大会2連覇のエースパイロット!』
(右、右、そして左)
拳と蹴りが行き交う。
互いに有効打はなく、激しい攻防が始まる。
「……そこっ」
ネレイヤの突きが避けられ、カウンターがやってくる。ネレイヤは踊るように機体を操作しそれを避ける。そんな戦いが数十秒の間続いた。
「はぁ……はぁ……」
心臓が高鳴る。ネレイヤは全身全霊をもってメアリーとのカラテに興じる。
(勝ちたい)
(勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい)
心の中で必死にそう叫び、機体がそれに応える。
しかし、戦う度、拳を交わす度に別の感情が湧き上がる。ネレイヤが隠していた……いや、心の奥底に秘めていた感情が湧き上がるが、ついぞその正体は掴めなかった。
「あはっ楽しい……楽しいですよ! ねぇ、あなたもそうなんですよね」
その答えはメアリーから伝えられた。
(楽しい? 私が?)
(そんなはずない。私は戦いが戦争が、人を殺す技術が大嫌いだ)
競技としてのマシナリーギアは嫌いではないけれど、ネレイヤにとっては母親との約束を果たすための義務でしかなかった。
それなのに、楽しい。そう思うことなどあってはならない。
ふいにネレイヤはモニターのある一部分に釘付けになった。
いつもなら見ないはずの観客席、その脇に先ほど見たばかりの女性が映った。
スミレである。
そして、スミレの言葉が脳内に駆け巡った。
【私もマシナリーギアが戦争に使われるのが嫌いなんです! でも、それ以上にマシナリーギアが大好きなんです! ネレイヤさんあなたも――】
違う。
私は……。
「えっ――」
次の瞬間、大きな衝撃がネレイヤを襲った。少しの隙に気づいたメアリーの一撃が機体の頭を吹き飛ばしたのだ。
『な、ななななんとぉ! まさかまさかのどんでん返し! アール選手戦闘続行不可能です! 勝利者は新人、ベールズ選手!』
*** 3-1 ***
「私が……負けた」
試合の後、ネレイヤ格納庫で打ちひしがれていた。
(あんなところで集中を切らしたから……)
「ネ、ネレイヤさん……」
ネレイヤを心配してか、スミレがやってきた。その声を聞いたネレイヤはキッと強くにらみつけるがすぐに目をそらす。
(彼女のせいじゃない。集中しきれなかった私のせいだ)
「ネレイヤさん、もしかしてわたしの言ったこと気にしてたりしますか?」
彼女の言葉にそっぽを向く。
「ごめんなさい、わたし、よく思ったことを口にすることがあって」
「あなたのせいじゃないわ。私のせいよ」
「そう言ってくれるってことはわたしの声聞こえてたんですね」
「……ええ」
「あの、差し支えなければ聴かせてもらえますか? なんで戦争が嫌いなのか」
スミレの言葉にネレイヤは何かを考えるかのように黙り込む。
しばらくたって、少しだけネレイヤは口を開いた。
「母が戦争に行って死んだのよ」
「ネレイヤさんの母親ってあのライカ・リリエンタールさんですよね。亡くなっていたんですか?」
「ええ、学園を卒業した後、軍のテストパイロットになったの。それで5年前、任務で……母は死んだのよ。機体が潰されたらしくて遺体は見せてもらえなかったわ」
「そう……ですか。それで戦争が嫌いになったんですね」
「ええ、そうよ。母を殺した戦争も、人を殺すためのマシナリーギアも嫌いになったの」
そう言ってわずかに顔を伏せる。
「話すぎたわ。もう、パイロットを辞める私には関係ない話よ」
消え入りそうな声のネレイヤにスミレは声を掛ける。
「ネレイヤさん。私と――」
しかし、その言葉はけたたましいサイレンの音によって遮られた。
「えっ――なにが」
その直後、爆発音と衝撃がドックを襲った。ネレイヤは煙のあふれる格納庫を飛び出すと空を見上げた。
「あれは……」
上空を横切っている複数の黒い影。飛行機から何かしら落下する。
マシナリーギアだ。
複数のマシナリーギアが空から地上へと舞い降りる。
「まさか、テロ……もしかして、展覧会を狙ってる!? 父様!」
「ネレイヤさん、危険ですよ!」
スミレの静止を振り切って、格納庫へと戻ると予備の【シュタイントルケ】へと飛び乗った。
(なんで、また私から奪うの)
「……奪われるくらいなら、私が戦うしかない」
「ネレイヤさん無茶ですよ!」
「うるさい!」
【シュタイントルケ】を起動させドックから飛び出る。武装はないが、格闘戦が得意な【シュタイントルケ】なら拳そのものが武器になる。そう思ってネレイヤは機体を走らせた。
「【ドーンウルフ】……北国の骨董品ね。私の【シュタイントルケ】の敵ではないわ」
相手はネレイヤの機体を見つけると手に持ったマシンガンを向けてきた。
そして、間髪入れずに発砲してきた。それをアクロバティックな機動で回避する。
高い運動性能を持つ機体だからこそできる芸当だ。
弾丸の雨をかいくぐり、ネレイヤは最も得意とする格闘技へと持ち込む。
旧型では絶対に対応しきれない超近距離戦。それならば勝てる。そう踏んだのだ。
「あなたたちみたいな人がいるから!」
渾身の想いを込めて拳を放つ。
が、しかし。空を切った。
「え、なんで――」
旧式である機体がネレイヤの動きを完全に封じると手に持っていたナイフで機体の右腕を破壊した。
その動きはネレイヤの操る機体よりも滑らかで明らかに違っていた。
『隊長。こいつ似てますが軍用じゃないみたいです、どうします?』
『捨ておけ、我らの目的は民間人を虐殺することじゃない』
『はーい。じゃあ、オイタできないように機体は破壊しておきますか』
続いて脚と腕を破壊される。ネレイヤの機体は完全に沈黙した。
『行くぞ。情報通りなら、そろそろ出てくるはずだ』
テロリストの操る【ドーンウルフ】たちはそのままネレイヤを置いて目的地、展覧会場へと向かっていった。
「ネレイヤさん……」
遠くからこの様を見ていたスミレはネレイヤ機にそっと近づいた。周囲にはもう敵はいないことを見計らってコックピットをこじ開ける。
「なんで、なんでよ……戦争はまた私から大切なモノを奪うの?」
「……」
涙を流すネレイヤにスミレは声を掛けるのをためらった。
(私の言葉じゃネレイヤさんは救えない)
そう躊躇しているとネレイヤの瞳がスミレを捉えた。
「あなた、今日試作機を持ってきているって言ったわね」
「ネレイヤさん。まさか……」
「もう何も奪われたくないの」
何かを訴えるかのようなネレイヤの目にスミレはただ試作機の下へネレイヤを連れていく事しかできなかった。
*** シーン3-2 ***
「これがあなたの言う試作機?」
スミレによって連れてこられたのはすぐ近くの駐車場にあったトレーラーだった。トレーラーの中には一機のマシナリーギアが顔をのぞかせている。
【シュタイントルケ】と似たような細身のシルエットから同じように運動性能に特化した機体であることがわかった。
「ええ、すぐには動かせると思うけど……本当に行くんですか?」
「行くわ」
「そうですか」
即答するネレイヤにスミレは少しだけ落胆する。
スミレにとってこの機体はわが子も同然。それが戦争に行くとなると複雑な気持ちだ。
「ネレイヤさん。行く前に少し待ってください」
「なんでよ。もう起動もしたし、あとは向かうだけよ」
「こちらをインストールします」
そう言ってモジュールをコックピットの専用端末に差し込んだ。
「操作サポートOSです。軍用の」
「軍用のOS……」
競技大会では規制されている操縦補助や射撃補正機能が入ったソフトだ。
「これでさっきのように簡単にやられることはありません」
「ありがとう。もう行くわ」
「ネレイヤさん。くれぐれも無茶しないでくださいね」
「わかってるわ」
コックピットの扉を閉めるとOSを再起動させる。
「ピースメーカーシリーズ1号機【ネイビー】……平和を創り出すものピースメーカー、皮肉な名ね」
*** シーン4ー1 ***
ネレイヤがテロリストを追って展覧会場へやってきたころにはもう、警備用のマシナリーギアとテロリストたちの戦闘が始まっていた。
とはいうが、もうすでに警備側の機体でまともに動く機影はなく、テロリストたちの独壇場であった。
『隊長! 情報のとおりならあの男をあぶり出すしかねぇです』
『わかってる。仕方ない、手当たり次第に倉庫を……ふむ、新手か』
テロリストの一人がネレイヤの接近に気付いた。
「気付かれた? でも、こっちだってさっきとは違うわよ」
ネレイヤは【ネイビー】の腰から拳銃を取り出した。競技用で威力落ちの拳銃だが、当たれば無傷というわけにもいかない。
連射するとテロリストの機体に数発直撃した。
『やるな。しかし、この程度の豆鉄砲で我らが落ちるわけがない』
『隊長。ここは俺がやります』
テロリストのうち、一機がマシンガンを構えてネレイヤを狙った。
「遅いっ」
先ほどと同じ要領で躱しながら拳銃で弾をお見舞いする。
早撃ちと正確な射撃はネレイヤの得意分野だ。
『くそっ。相当な腕のパイロットだな。だが……』
マシンガンで弾をばらまきつつ左手で何かを投げ込んだ。
「手りゅう弾!? こんなもの!」
いち早く気付いたネレイヤは拳銃で手りゅう弾を撃ち抜く。
「てりゃあああ!」
そして、その勢いのまま、ネレイヤは相手の懐へと飛び込んだ。
『その声。さっきのパイロットか。機体を乗り換えてきやがったな……なら、もう一度身体に教え込んでやるよ』
ネレイヤは拳を構える
対するテロリストはマシンガンを捨てナイフを構える。
そして、一瞬の攻防が交差する。
『な、さっきとは動きが段違いじゃねーか』
「見くびるな! テロリストの貴方たちに負ける私じゃない!」
ナイフと拳が互いを行交う。どちらも直撃も致命打もなく、ただ激しい攻防が続く。
そんな折、ネレイヤの背後に近づいた機影があった。
『テロリスト、おおいにけっこう。されど、我らには我らの大義がある。お前のような甘ちゃんにはそれがわからないのだろうさ』
待機していた他のテロリストの機体だ。右手にはナイフよりも大きい獲物マチェーテを持ち、ネレイヤを狙う。ネレイヤは機体をよじって間一髪避ける。初めての機体のはずなのに、ネレイヤの反射神経を十二分に活かせている。
(良い機体だ)
「大義。そんなもののために人を殺すの? 巻き込まれて死んだ人にどう償うの?」
『若いな。我らの大義の前に多少の犠牲は仕方ない。我らはもっと多くの人を生かすために戦うのだ』
その言葉をネレイヤは理解できなかった。
マシナリーギアが好きだっただけの母親が軍人として多くの人のために命を投げうったことには意味があるということなのだろうか。
ネレイヤは考える。が答えは出ない。出ないからそれは行動となってテロリストへと向かった。
「それじゃ、私の母様は私の知らない誰かのために私を置いて死んだというの? そんなの……そんなのおかしい」
『くっ……右腕が……』
『隊長!』
ネレイヤの拳がテロリスト機の右腕にダメージを与えた。
この調子なら勝てる。そう思ったその時であった。
『そこのパイロット。離れろ。後は我々がやる』
「援軍?」
現れた援軍にホッと胸をなでおろすと絶句した。
「【シュタイントルケ】?」
援軍に現れたのは【シュタイントルケ】だったのだが、その姿はいつも見慣れている姿とは少し異なっていた。以前、没にしたはずの強化アーマーに右手には長身のライフル。左腕には軽量の盾と対マシナリーギア用の太刀。
競技用であるはずの【シュタイントルケ】が完全武装していた。
「父様……なんで」
(【シュタイントルケ】は競技用のはずなのに、なんであんな武装をしているの)
ネレイヤが絶句している間。テロリストたちは悪態をついていた。
『けっ。出やがったか。あれが情報のあった連合軍の新型か』
(新型……【シュタイントルケ】が? 連合軍の?)
感情がぐるりと巡りまわる。
軍によって妻をなくし、競技用マシナリーギアを推進していたはずの父が……まさか、ネレイヤのことを裏切っていたなんて。
モニターを確認していると視界の隅に地上から様子を伺っている父親の姿を見かけた。
「父様! 説明してください!」
『おい、そこのパイロット。離れろという声が聞こえないのか!』
ネレイヤの【ネイビー】の道をふさぐかのように【シュタイントルケ】がライフルを構える。
「父様!」
『な、その声は――ネレイヤか!? 避難したのではなかったのか? おい、こいつは俺の娘だ。銃は下せ』
「父様……なんで【シュタイントルケ】が軍用の武装をしているのよ!」
『ネレイヤ、その話は後にしよう。ここは危険なんだ。一度、離れてからゆっくり話し合おう』
「嫌よ。なんで父様が――父様は母様のことを忘れてしまったの?」
『そ、それは……』
バーナードはなにか伝えられないことでもあるのか、言葉を詰まらせる。
父親の様子にネレイヤは静かに口びるを噛んだ。
ずっとあこがれていた父親。しかし、彼の隠された真実にネレイヤは深く消沈する。
いくつもの罵倒の言葉がネレイヤの脳裏をよぎった。だが、その言葉が現実に出てくることはなかった。
『へぇ、嬢ちゃんたち。ここは戦場だぜ。親子喧嘩してる場合じゃないぜぇ!』
ふいに破裂音がして、ネレイヤと父親の間にいた【シュタイントルケ】が吹き飛ばされる。
大破したわけではないが少なからずダメージを受けたようで倒れこむ。
「な、さっきの!」
ネレイヤが振り向くと少し離れた先には【ドーンウルフ】が大型のランスのような武器を構えていた。
ランスには銃口のようなものがあり、おそらくそこから【シュタイントルケ】を吹き飛ばした弾丸が放たれたのだろう。
『隊長がお世話になったな。今度は油断しない!』
ランスが【ネイビー】へと向けられた。ガチャンという機械音と共に次弾が装填される。
「うるさい! 邪魔だ!」
『おいおい、また特攻か? せっかくの運動性能が台無しだぜ』
ランスを構える【ドーンウルフ】へとネレイヤの【ネイビー】が動き始めた。2機の距離は短いが、格闘で戦おうとする【ネイビー】にとっては少し長い。先手は【ドーンウルフ】が取った。
構えたランスから放たれたのは散弾。装甲に守られたマシナリーギアにはあまり効力はないが、相手を吹き飛ばしたり無力化するには最適である。特に【シュタイントルケ】のような運動型のマシナリーギアによっては装甲が薄く軽い分、吹き飛ばされやすい。そして、【ネイビー】も同じく運動型であるため、散弾は天敵と言って良いだろう。
ランスに狙われていることに気付いたネレイヤは散弾が放たれるタイミングを完全に読み取っていた。
数年間だが競技で培った射撃技術と積み込まれた軍用AIの未来予測はネレイヤに的確なタイミングを告げていた。それはコンマ1秒以下の短いタイミングだったが、ネレイヤは苦も無く機体を操作した。
その結果、すべての散弾を避けることに成功する。
『な……あの態勢から避けたのか!?』
「て、りゃああ!」
距離を一気に詰めネレイヤの【ネイビー】は蹴りを放つ。
それは先ほど行われた”マシナリーカラテ”で対戦相手であるメアリーが使ったあの蹴りだ。相手の視界からフレームアウトし、死角から放つあの蹴りは”マシナリーカラテ”では一撃必殺の技として認知されている。もちろん、”マシナリーカラテ”以外でも有効だが、今回は相手が悪かった。
散弾を躱されたことでいち早く接近戦では勝てないと悟ったテロリストは蹴りを放つよりも先にランスを投げるとそのまま大きく後ろへと跳躍した。
彼の予想どおり、【ネイビー】の蹴りはランスを二つの鉄塊に引き裂き、その衝撃で弾倉に詰められた弾薬が爆ぜる。しかし、その程度で【ネイビー】が止まることはない。
『くっなんて奴だ……』
予備の武装である拳銃を引き抜くとこちらへやってくる【ネイビー】へと銃口を向ける。しかし、その時にはもう【ネイビー】が肉薄していた。
「これで!」
今度こそ、一撃必殺のあの蹴りを繰り出そうとするネレイヤだったが、それは銃声によってかき消された。
『やらせはせん!』
マシンガンを構えたもう一機の【ドーンウルフ】が【ネイビー】に向けて銃弾をばらまく。
不利を悟ったネレイヤは距離をとる。若い男性パイロットだけならともかく隊長と呼ばれる熟練のパイロット相手に不用意に近づくことはできない。
『隊長ありがとうございます。これで奴も……』
『少尉止まれ、脱出するぞ。今回の目的は果たした。これ以上、戦闘行為を続ける必要はない』
『隊長、ですが……』
『時間も少ない。これ以上の戦闘は許可できんな』
『……了解』
2機の【ドーンウルフ】は推進機を発動させると跳躍し、空へと撤退していった。
「……」
撤退していく機影から目を離すとネレイヤはガレキの傍で震えているバーナードの姿を見つける。
激しい戦闘機動をした後でも【ネイビー】の索敵能力はまだ健在であった。
(良かった、ケガはしてないみたい……)
安心するもつかの間、先ほどのやり取りを思い出し、口をぎゅっと結ぶ。
『ネ、ネレイヤ……』
通信機から聞こえる父親の声にネレイヤは言葉を返さない……いや、返せない。怒りはもうほとんど残っていない。裏切られたという想いが半分と何故、という疑問が半分。
ネレイヤはゆっくりと機体を動かすと父親の方とは反対方向へと向かった。通信機を切断し、全力で走り出す。
ネレイヤは父親の答えを聞くのが……父親の真意を聞くのが怖かったのだ。
*** シーン3-3 ***
無我夢中で走って戻った先は【ネイビー】が置いてあった格納庫だった。周りは何やら慌ただしい様子だったが、通信機を切っていたネレイヤは問答無用で格納庫に【ネイビー】を納めるとコックピットの中でうずくまる。
父親のことの整理が付かなくてただただ考え込む。そんなネレイヤにコックピット越しにスミレが話しかける。コックピットとを隔てる金属壁はよく声を通していた。
「ネレイヤさん聞こえますか?」
「……」
ネレイヤは返答しなかった。スミレとは今日会ったばかりの他人である。だから、そんな彼女に話す必要なんてない。
ネレイヤはダンマリを決めこむことにした。
しかし、スミレはお構いなくコックピットの隣に腰をおろすと口を開いた。
「ネレイヤさん聞いてください」
「私、マシナリーギアが戦争に使われるのは嫌いって言いましたが、本当はどうでも良いんです。
あはは、どうでも良いは少し言い過ぎだったかもしれません。
とにかく、マシナリーギアが戦争に使われても仕方ないなって思っちゃうんです。
だってそうでしょう。マシナリーギアは闘うために生まれた兵器なんですから、
一般に普及したっていっても民間で使われているのは競技用を除いても建築業界の一部だけ、世界には兵器であるマシナリーギアの方が圧倒的に多いんです。
だから、戦争に使われても仕方ない……で諦めてしまっているんです」
その言葉に頷くわけでもなくただただ受け入れるネレイヤ。
スミレはそれでも続ける。
「でも、ネレイヤさんは違うんですよね?
戦争に使われることを決して認めたくない。
だから、本当は大好きなはずのマシナリーギアだって嫌いだって言っちゃう」
その言葉にスミレは反応しかけるも寸前で止める。
そんなこと自分自身が一番よくわかっているのだ。
「ネレイヤさん。マシナリーギアが嫌いだって言ってたのに今日、【ネイビー】に乗り込む時、すごくうれしそうでした。
まるで新しいオモチャを見つけた時の子どもみたいでした。
だからやっぱり、ネレイヤさんになら【ネイビー】を預けても良いって思ったんです。
だって、ネレイヤさんはすごく優しいですから」
「ネレイヤさん、実は私、ネレイヤさんとお父様の会話、聴いてたんです。
お父様……あのAM社が軍用機に手を出したのはすごく残念ですが、
ネレイヤさんのように優しい子を育てた人がワケもなく、ネレイヤさんに嘘を付くとは思えません。
何か理由があったんじゃないですか?」
スミレの言葉にネレイヤは最後まで答えなかった。
沈黙。
それだけが二人の間に流れた。
言いたいことを全て言い終えたスミレはゆっくりと立ち上がると立ち去ろうとする。
スミレにとってもネレイヤは今日会ったばかりの人。いくら、事前にどんな人物なのか知っていても本物のネレイヤに触れたのは今日が初めてである。
だからもうこれ以上は何もできない。そうやって諦めようとした。
しかし、その時コックピットのハッチが開いた。
「テストパイロット」
「え?」
「父様のことはもう少し時間がほしいの……だから、テストパイロットになってあげるわ」
「ネ、ネレイヤさん!」
ネレイヤのぶっきらぼうな物言いにスミレは喜色の声をあげた。
「はぁ、今日会ったばかりのあなたに慰められるなんて不本意」
反対にネレイヤははぁとため息をつく。
「ネレイヤさん。でしたら、握手しませんか?」
「な、なんでよ」
スミレの勢いに少したじろぐネレイヤ。
「いいから、手を出してください」
「え、ええ……」
ネレイヤは少し引き気味だったが握手をする。
「これからよろしくお願いします」
「よ、よろしく」
スミレはそのままネレイヤの手を引いた。
「では行きましょうか」
「ちょ、ちょっとどこへ行くのよ!」
「もちろん、逃げるんですよ」
「に、逃げるって一体!?」
そこまで話してようやくネレイヤは今の事態を理解し、顔から血の気が引く。
「父様から逃げるってこと? む、無理よ」
「ムリじゃありません。私はネレイヤさんよりも大人なんですよ。逃げ道くらいもう用意してありますから」
「逃げ道?」
「いくら緊急事態とは言え許可のない機体で警備に乱入したんですから、お咎めなしってことにはなりませんよね。だから、裏で準備してたんです。幸いにも会社名は特定されてませんし、今なら逃げられますよ」
「あっ……」
「ほら、行きましょう。ネレイヤさん」
こうして、ネレイヤはスミレの所属するギアテクノス社のテストパイロットとなったのであった。
【短編】マシナリークロニクル 中谷キョウ @nakayakyo
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