社畜おじさん現代でケモ耳少女になる

まひるひま

第1もふ

「いや、もう働けねえ…マジで働けねえぞ糞ったれ……」


 ガコン。 ピロリロピロリロピロリロピロン♪


 パチンコより当たる確率の低い自販機からもう一本を期待させる音楽が鳴り響き、俺は今日も仕事帰りにアニマルンエナドリを購入する。


 普通のジュースより値段の張るそれをどうしてわざわざ帰って寝るだけの仕事帰りに飲むかというと、そうでもしなきゃマトモに運転して家まで辿り着けないからだ。


 ああ、因みに朝と昼も俺は飲んでるから変なツッコミをしなくても大丈夫だ。仕事帰りじゃなく仕事始めに飲めよとかいう煩い同僚みたいな余計なツッコミは要らないし、多分恐らく間違いなく俺のせいでここの自販機はアニマルンだけが常に品薄状態である。


 年齢は今年41歳でもうすぐ不幸続きで長かった厄年もようやく終わりを告げる。前厄の39歳の時に事故で両親が他界してからは散々な人生だった。


 唯一の肉親である兄貴とは人生で初の大喧嘩をしてしまい両親の葬儀以来顔を合わせていない。向こうは年の離れた綺麗な嫁さんと今も仲良く暮らしているだろうが、結婚もしていない独り暮らしの俺はボロいアパートで独り寂しく生きていて、間違いなく将来立派な孤独死を遂げるだろう。


 仕事は工場勤務の肉体労働で常にヘルメットを被って作業している為、年々薄くなってきた気がする頭髪を隠すように帽子を深く被り直す。


 毎日毎日重量物を持ち上げながら生きてる身体は腰も膝も全てが悲鳴を上げていて、人間関係の構築も下手糞な俺は普段殆ど喋らないからか後輩からも馬鹿にされ、唯一慕ってくれている一回り以上年下のアイツも影で何を言ってるか分からないと考えると、それだけで胃がキリキリと痛んでその場で踞りそうになる。


 ガチャリとドアを開けて、あちこち錆び付いた軽トラに乗り込み、後輩からは気にしすぎッスヨと言われるずっと被っていた帽子を脱いで一気に飲み干すアニマルンだけが俺の生き甲斐だ。


 生きる為には金を稼がなくてはいけないし、その為には働かなければ賃金は得られない。何の為に生きるのか?なんて質問の答えは、結局のところただ死ぬのが怖いからだ。


 夢見るような年でもない。夢を見られるような才能もない。素敵な異性と巡り会って華やかな将来を期待するには時既に遅しだ。全てにおいて遅すぎた俺はこのまま死ぬまで死ねるまで、ただ馬車馬のように働いて今を生き抜いていくしか道はないのだろうなと、誰も乗った事がない助手席に無数に転がるアニマルン空き缶を見ながら思った。


 そう、この時まではそう思っていたのだ。


 ◆◆◆


「ふあああ~あ~……」


 明くる朝スマホの目覚ましよりも珍しく早く起きた俺は身体を起こして大きく背伸びをする。


 帰ってからも再び買いだめしておいたアニマルンをヤケクソで一気に五本も空けた俺は眠気が吹っ飛ぶどころか、意識がぶっ飛び始めそのままベッドに倒れ込みブツンと電源が切れた状態になり最後に思ったのが『あ、俺死ぬんだな』だった。


 それにしては何時もよりもヤケに爽やかな目覚めを迎えて、今まで聴いたことの無いような綺麗な声のアクビが俺の頭上にある耳に届いてくる。


「頭上……?」


 またしても綺麗な声で疑問符を浮かべながら不思議に思った俺は、慌てて部屋中に転がるアニマルンの缶を蹴り飛ばしながら洗面所へと向かう。


 ガン!ガラン!ガラン!ガラン!


「……っだ、誰だ?このチビッ子は!??」


 鏡に映った自分を見て身体が硬直し普段のダミ声じゃない驚きの声をあげて、鏡の中の見知らぬ幼女は俺と同じように洗面台に手を付いてずっと口をパクパクさせている…


 そこにいたのは、よれよれの白いTシャツとずり下がって尻が半分見えたトランクスを履いて、オレンジ色の髪と同系色の尻尾の先が白く染まり、先の尖った長い耳が頭から生えて、同じ色の瞳をくりくりさせて驚く、俗に言う『ケモ耳少女』だった。


「イミガワカラナイ……」


 そっと呟いた俺の脳裏に浮かんだのは、もう一年近く会っていない兄貴の、人を馬鹿にしたように笑う憎らしい顔だった。

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社畜おじさん現代でケモ耳少女になる まひるひま @mahiruhima

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