第4話 ダメすぎる!

「だ、ダメだ…」

準備時間を経て、装いを新たに来たというのに私の前には一向に誰も来ない。


特にやることもないので会場の雰囲気と周囲の観察をずっと続けていた。

そうした甲斐もあってか、色々と分かったことがある。


第一に、アイドル業界には大きなユニット格差があるようだ。

ファンの多さによって交流会の持ち区画が変わる…まぁ、そこまではいい。


だけど、不人気なユニットだからといって何も椅子まで奪う事はないだろう!

机だって見るからに安物だし…


隣の女も私と同じく椅子無しの立ちっぱなし。

私と同じくマネージャー陣がコネづくりの為に出張ってしまっているから、

顔を売るための声掛けも自分でやらざるを得ない。


「どうもー!こんにちは!楽しんでいってくださいねー!」


はぁ…捨て試合だな…これは。隣の女を横目に見てそう確信する。


「んしょっ…と」

ここにいても仕方ないし、私もコネ作ってこよ…

「なぁ」


「え、何?」

「もしここに長身で白髪癖毛のおっさんが来たら、私はあっちに行ったって伝えてくれないか?」


「ちょちょっ…どういう…」

「じゃ、よろしく」

「待ちなって!」

「え?」0

その場を去ろうとする私を制止するように女に腕をつかまれる。


「あっちはユニット規模がBクラス以上の人がいるエリア!私達はC下位!」

「?」

「入っちゃいけないの!何?初めて?」


眼鏡越しにムッとした表情を向けられる。


「でも開会宣言の時には皆で交流を深めましょうって言ってたぞ」

「そんなの建前に決まってるでしょう!」


「ふーん…じゃあ、トイレ行ってくる」


「まったく…しっかりしてよね。私まで目を付けられるじゃない」

女は短い藍色の髪を耳へとかき分けて、さもやれやれといった様子でこちらを見た。


それが少し鼻についた。逆らってみたくなった。

トイレに行く、だなんてのは真っ赤な嘘。向かう先はB区画超えてA区画。


スタッフの手薄な所に狙いを絞り、国境のように引かれたラインを一歩踏み出す。

ほら見ろ、あっさりと侵入成功。


Bクラスの雰囲気はまさに営業活動といった感じだった。


方々でマネージャーとアイドルがセットになり、売り込んでいる姿が目に入る。

そして、それとは別に商店街のようにずらりと立ち並ぶユニットの持ち区画もあった。


どれも可愛い装飾が施されており、それぞれのユニットの持ち味や色というのが一目で理解できた。


「おおー、まるで神事みたいだなぁ!」

ロム達はどこにいるんだろう…聞いてみるか。


「よっす!いやぁー!凄いにぎわってるなぁ!アンタ誰?」

「は…?」

「なっ!お前お嬢様に何て口を!」


即効でバレた。

首根っこをつままれて区画の外へと運ばれていく。それはもうあっさりと。


「全く!開会式の時といい、手間のかかるヤツだな!」


「何がいけないんだよ!交流だろ!交流!」

「気持ちは分かるがガマンしろ!それがルールなんだ!」


スタッフは雑に私をCクラスの区画へと放り投げる。


「そこで大人しくしてろ!」

「あ、はい!ただいま対応完了しました。了解です、えぇ…」


男は私に目もくれず、忙しそうに去っていった。


流石に持ち場に戻るか?でもなぁ…もっかい行っちゃダメかな?

そんな悪い考えが頭をよぎる。


「っす…すいません!」

「ん?」

「ユ、ユニ…ユニ・ストラファルさんの区画ってどこか分かりますか?」


体形の太った男に話しかけられた。

体格の差は大きく、見上げるようにそいつと向き合った。


「私もよくわからん。たった今つまみ出されたし」

「そそ…そうですか…」


ひっきりなしに流れる汗のせいか眼鏡がツヤツヤとしている。面白い。


「にしてもお前、汗すごいなー!」

「え、そ、そう…!?そ、そんなこともないですよー…」


「いや、凄いぞ!」

「ははは…ほ、ほれ…」


男は上着の下に着込んだシャツを見せびらかした。

汗により布が透け切っていてほぼ半裸と変わらない。見る限りびちゃびちゃだった。


「ぶふぅーー!!あっはっはっは!み…水…水びたし…!!くっくっくっ…!」

「は、はは…」


ま、マズイ…コイツ、私の好きなタイプだ。


「くっくっく…」


まさかこんなところで魔術を使用する事になろうとは…

取っておいた半日前のステータス。身体の状態をその時のものに呼び戻す。


自分でも理屈はわからない。ただ、私にはそれが出来た。

だから私はボスなのだと思う。


バックアップの要領で、身体的なステータスを保存、及び取り出しが可能。

それが私の得意とする魔術だった。基礎魔術と違ってマニュアルはない。


「ふうーっ……よし…」


半日前…は夜寝る前の状態だったっけな?とてつもなく心が落ち着いている。


「き、君は一体…」

「お前名前は?」

「べ!?お、俺?」

「あん」


男は視線を下にやりながら、何かを葛藤するかのような仕草をする。


「み、ミルメ…ミルメ・タクオス…です」

「じゃあタクで!よろしくタク!」

「あ…」


「ユニちゃん様専用触れ合いチケットをお持ちの方は3ーAの列にお並びくださーい!間もなく開始となりまーす!」


「お、さっき言ってたヤツだ。あっちだってさ」


「え、えと…その…」


「行ってこいタク!」

「え?」

「ユニってヤツが好きなんだろう?」

「好きなヤツには誰よりも一番に愛を伝えてやらなきゃな!」


「あ、えと…」

「それじゃ、またな!」


半ば強引に会話を切り上げ、タクの元から去る。決して振り返ることはない。

空気の読めるアイヴァ・リリィ。一時を生きるアイヴァ・リリィ。


素性を知られることが少し怖くって、恐れられることが少しツラくて。

故に友との別れを早め、長いトイレタイムから帰還した。


「お…」


さっきの眼鏡女…ファンの奴と楽しそうに話してやがるじゃないか…


「あはは…!そうだねー…」

「んしょ…」


「いやー!それにしても君みたいな娘が一番伸びるとおもってるんだけどいかんせんヤツラは見る目がないというかなんというか、どうやったらあんなケバイ女共がー」


なんだ…遠目だからそう見えたのか。

あぐらをかいて床へと座る。


「色々とさ怪しいこととかやってんじゃないのかって話が最近ー」

「え、えーと…」


コイツも同じか。重い物をずっと抱えてる。吐き出せずにずっと。

私はどうだろう。同じ想いだろうか。


不可思議な魔術を使う私を見るタクの目。私に媚びるロムの態度。

まぁ気にしたって仕方がないか、だって私はアイヴァ・リリィなんだから。


「なー、どうせならさーもっと楽しい話しないか?」

二人の間に割って入る。


「だ、誰…君…」


「おいお前!聞いてくれよ聞いてくれよ!私の知り合いにめちゃくちゃ長身のヤバいやつがいるんだけどさ、いっつもリリィちゃん!リリィちゃん!って付きまとってくるんだよ!ほんとさー!もうやんなっちゃうよな!オマケにお前は私の親か!ってくらいに何をするにも遠目から監視してやがんの!今日はまだ気配感じないけど、そのうちアイドル活動もバレるだろうし、面倒だよなー!ほんと、アイツ気色悪いんだよなー!」


「あ、あぁ…」

「なんかヤベー魔法でも使ってんじゃないのかって感じの強さでさー!あぁだからアイツ友達とかいねーんだなって!ホント笑えるよなー!」


「な、なんだお前…」

「う…うるさい!!」


女の張り上げた声に男はビクッと体を震わせる。

当然だ、タクのようなヤツもいれば、こういうヤツもいる。


「アンタうるさいんだよさっきから!ペラペラペラペラ面白くもない話を延々と!もっと相手も楽しめるような話にしなよ!つまんないんだよ!」


私に向かって罵声を浴びせる眼鏡女。

どうしたってそんなにツラそうにしてるんだ。


目元は潤み、今にも零れ出してしまいそう。


「私はっ…!」


こういうヤツも私は好きだな。

「おまえは?」


「私はあんたのサンドバッグじゃない!!」


ビリビリと痺れるような空気が押し寄せる。


やっぱ固いアイドルはつまらないよな。

こういう人間臭い部分があるから信じられるし委ねられるんだ、きっと。


「悪かったよ…ごめんな」

「っ…!」


女はその場の空気のいたたまれなさに根を上げたのか、持ち場を離れて駆けだして行ってしまった。


男はその姿を呆然と眺めている。

「お前は?まだ聞くか?私の話」


「いや、もういい…」

男はぶつぶつと呟きながら会場の外へと歩いていった。


アイドルの負の面と正の面。なるほど、なかなか面白い。


魔力至上主義の世の中でアイドルをやろうだなんて思うヤツは人並み外れた何かを持ってる。そんな気がした。


すごいピンクに盗賊女…

真面目眼鏡に、病み眼鏡…

そしてタク。


「んー」


アイドルってなんなんだろう。皆はどんな思いでここにいる?

私は一体何を掲げていくのだろう。


アイドルとして…アイヴァ・リリィとして…


結局、閉会まであの逃げだした女は帰って来なかった。

閉会式は淡々と終わった。


結局、扉の修理代は私の口座から引くことになったらしい。

帰ってきたロムにそう聞かされた。


後片付けがどのユニットよりも早く終わった私達は一足早く会場を後にすることにした。私は明日からまたボスとしての仕事が始まるし、ロムもロムで色々と忙しいらしいから。


「安心しろ、帰りは送っていくから」

「そうしてくれー、結構疲れたぞ今日は…」


「何してたんだよ一体…立ってただけだろう?」

「いやーそれがさー…」


「あのっ!」

車を目の前にして、背後から声を掛けられた。

振り返るとそこには逃げだした眼鏡の女がいた。


「あー!病み眼鏡だ!」

「や…やみ?って!そんなことはどうでもいいのよ!」


「で、どうした?」

「え、えっと…その…」


「リリィ、先行ってるぞ」

「おう」


ロムがひとしきり離れてから病み眼鏡は私に向かって深々と頭を下げた。


「ありがとう!今日は助かった…」

助けたという自覚はない。ただ、私はコイツの抱えた想いを引き出したかった。


「あなたが助けてくれなかったら、きっとこれからも苦痛を抱えたままアイドルをやってたと思う」

「それは大げさじゃないか?」


「ううん、きっとそうなってた」


「私…アイドル辞めようと思うの。家から逃げるように、相反した職業に就きたかった。それだけの理由で始めたから」


「多分…いや、ううん…絶対!」

「あなたは凄いアイドルになってると思うわ!」


コイツの想いを受け止めた。それはとても重い物。

誰かの意思が一点へと集まって、そうして人はアイドルになるのかな。


オマエの想う私と私自身は同じ私なのだろうか。

「ううん。私も…ごめんな」


なんとなく、謝りたくなった。散り行く想いに感化されたからだろうか。


「どうしてあなたが謝るのよ?」

理由は取ってつけてしまった。


「結局いいつけを守らずAクラス区画まで入っちゃったから」

「なっ…アンタうそでしょ!?」

「話しかけたらそいつのボディーガードに滅茶苦茶キレられた…あれはダメなアイドルだなきっと」


「ぷっ…あはははっ!何それ!」


ひとしきり笑いあい、今日を語った。アイドルのイロハ。

ヤバいファンへの対処法。魔術の話に家族の話。それはもう色々と。


「私、ミラ・レイギット。アナタの名前は?」

「私か?私は…」


もう、躊躇いはない。


「私はアイヴァ・リリィ。ダンジョンのボスをやっている」


彼女は微笑みながら、別れの言葉を口にした。

だけど同時に再開への期待も口にしていた。


「はぁーっ楽しかったなー!」

「お疲れさん、ほれジュースとアイス」

「くれるのか!?」


「あぁ、いいもん見せてもらったよアイヴァ・リリィ」

「やめろよ気色悪い。リリィでいいよ」


袋の中には私の好きなアイス、ジャリジャリ娘とクリーチャーエナジー通称クリエナが入っていた。


「これ…私の好きなやつじゃん…」

「ファン…だったからな」


ロムの操作で車は走り出す。

車内で語るロムの言葉に嘘はない。きっとそうだ。


疲れからか瞼は重力に逆らえぬまま落ちていく。

車の揺れ、うっすらと聞こえるラジオの音。そのどれもが心地いい。


意識を失う寸前、薄れゆくその中で私は聞いた。

意図もわからぬその言葉を。


「ごめんな、リリィ」

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中ボスが強すぎて暇すぎる!のでアイドル活動してみた ハナシダシ @yamadaMk2

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