第3話 怖すぎる!

それは不安や期待がないまぜになったような夢だった。

皆に慕われ、皆を笑顔にする傍らで私の身体は次第に腐り落ちていくそんな夢。


ズシンとした衝撃がダンジョン内に響く。なんだか外が騒がしい。

かなり寝てしまっていたような気もするし、そうでもないような気もする。


「げっ!日が暮れてる!」

変な時間に寝たせいでまともに疲れがとれない。頭がヒンヤリとしてボーっとする。

自分に対する不甲斐なさでいっぱいになるけれど、自分に対しての甘さは依然として変わらない。


「おなか減ったなー」

控室の冷蔵庫に店長が買ってきたお土産やエイラお手製のお菓子が大量にあることは知っていた。


控室に向かうためボス部屋の勝手口へと向かう。ここは応接や社員の為の専用通路、部外者が入ってくることはない…はずだった。


勢いよく扉は開かれる。すぐさま視界に飛び込んできたのは涙と鼻水でグズグズになった先生の姿だった。


「リリィいいいいいいいいい!!!!助けてくれぇえええええええええええ!」

「うぇ!?先生!?」


そして、すぐさま人間離れしたスピードをしたエイラが先生の背後を取った。

「許さん…!リリちゃんに嫌われてしまうじゃないですか…!」

マズい!何を言ってるか分からんがアイツ本気だ!


先生は怯えた小鹿のようにプルプルと震えて動けていない。


エイラが一切迷いのない動作で拳を振りかぶる。

「待てエイラ!その人は私の先生だ!やめろ!」


エイラの拳が、すんでのところでピタリと止まる。


「はぁ?先生ぃ?」

「ぐすっ…!だばら…そう言ってんだろ!!うっ…」


冷静沈着、高潔無比を地でいく先生がこうも無惨になるとは、恐るべしテラー。

本気のエイラは戦闘好きな私でも少しばかり足がすくんでしまうほどだ。

日頃研究ばかりしている先生がこうなるのも無理はない。


「私が呼んだんだ!その人。私がボスになれたのもこの人のおかげだ」

「よかったです!!」


先ほどまでの殺気はどこへやら、エイラは母のような慈愛に満ちた表情で嬉しそうに手を合わせた。

エイラのテンションはまさに乱高下。その姿にどうしたって困惑する。


「な、何が…?」

「リリちゃんの先生なんですもの!!お客さんじゃないんでしょう?」

「まぁ…そうだな。元々会う予定だったし…」

「だったら!私負けてません!負けてませんよ!リリちゃん!」

「あぁ…よかったな、はは…」

怖い、この人怖いよ…


「ね、先生?」

「ひっ!」


駄目だ、一刻も早く先生からコイツを遠ざけないと…

「取り敢えずさ、エイラは戻りなよ…ほら!他に客が来るかもしれないし!突破されちゃうよ?」

「はっ!そうでしたね!その方は本当に先生…なんですよね?」

「と、当然だろ!私を疑うのか?」

「ふふっ!今日もリリちゃんは可愛いらしい…」

「はは…ありがと」

「それでは私は失礼しますね!」

「はーい…頑張ってー…」


笑顔で部屋から退出するエイラを見送る。

「大丈夫…先生?」

「はは…はは…はは…ははは!」

「先生!?」

「アイドル…」

「え?」


思わぬ単語が先生の口から飛び出した。アイドルだって?

「あの募集をかけたのは私だ…リリィ。合格おめでとう…」

どう考えてもそんなテンションではない。なんだって今報告したんだ。

自身に満ちた普段の顔はどこへやら、先生は完全に憔悴しきっているように見えた。


「そう…なんだ。にしても、どうして今このタイミングで…?」

「今日だって!お前が喜ぶようにと色々準備してたんだ!それなのに…うぅ」

駄目だ!今の先生はあまり刺激しちゃいけない!

「わ、私は嬉しいよ!先生に会えただけでも…全然気にしてないよ!はは…」


そうして30分ほど先生を持てはやした。

それは酔っ払いの介抱なんかよりもよほど大変だった。


「ふぅ…すまなかったな醜態を晒してしまって。何年ぶりだろう泣き喚いたのは」

「ははは…」

「あのバケモノは一体何なんだ…?あんな規格外の存在がどうしてこんな辺境の地にいる?」

「私だって知らないよ。普段は普通の女性なんだけど…」

「ふむ…興味は尽きないが、あの調査対象は部下にでも一任しようかな…」

「ドブラックじゃん…」


「そんなことはさておきだ!」

先生は手持ちのカバンから一冊のノートを取り出す。

「これは…?」

「これはアイドルのイロハから、アイドルとしての成功までのプロセスを記載した、私のドリームノートだ!」

「はぁ、アイドルのイロハねぇ…」

「リリ!君はアイドルと聞いて何を思い浮かべる?」

「そりゃ…なんか歌って踊る…人」


確かにアイドルって一体何なんだろう。

なんとなく多くの人に応援されているイメージはあるけれど、実態をよく知らない。

人づてに聞いたことや、歴史文化学で少し習ったことはあるけれど、もう忘れてしまっている。


「ふむ…まぁ一般的にはそういうイメージだろうな」

「だがアイドルの実情は中々に過酷だという見方もある」

「どゆこと?」


「第一に、見た目の差が大きく人気に影響するという点だ」

「それはなんとなく分かるよ!応募するときにも気にしたし」

「リリィよ…それは顔の美醜の話だけだと思ってはいないか?」

「え、違うの?」


「確かにお前のように均整の取れた顔立ちの者はそれだけでアドバンテージがあると言えるだろう。だが、その表情をずっと保ったままでいられるか?」


「えっと…?」

「過酷なレッスン!ホール全体に聞こえるような声量で歌いながら激しい踊りをぶっ通しで2時間強!終わったらファンとの交流!それをお前一人でやるんだぞ?」

「私なら出来る!何せ…」

「ボスだから、か?運動せず食っちゃ寝を繰り返した結果、お前の腹は今どうなっている?」

「ちょっと肉ついただけだし…私ならすぐ痩せられるし…!」

「バテバテになった状態で表情を、アイドルとしての姿勢を取り繕う。それがアイドルというものに内在する地獄だ。そもそも歌や踊りの経験もないんだろう?お前は」

「ない…です」


確かにアイドルはノリで応募した。でも、ここまで言われっぱなしってのも気に食わない。私は天才アイヴァ・リリィだ。この程度のこと、やってやれないことはない。


「いい目じゃないかリリィ。逆境で力を発揮するのは昔と変わらんようだな」

「こんなの逆境ですらないよ、アイツに勝つためだからね」

「それは、柄じゃないアイドルになってまでか?」

「まぁ、師匠の仇は私が打たないとさ!」

「だがどういう算段であのバケモノを倒すつもりだ?」

「実は…かくかくしかじかで…」


先生はそれを聞いて高らかに笑いだした。

「ははははっ!相変わらず発想が奇想天外だなお前は!」

「わ、笑わないでよ…!確かに無謀かもしれないけどさ」

「いや、そうじゃない。可能性が無いとも言い切れないから笑ったんだ」

先生は含みがあるような笑みを浮かべ、カバンから大量の論文を取り出した。


「お前は気にならないか?私が何故今更アイドルなんかの募集をしていたか」

「確かに…」


先生の研究分野は歴史文化ではなく論理魔術の開拓だったはず。


「もしかして…魔術と何か関係があったり?」

「ご明察の通りだよリリィ。私は今深層心理と魔力出力の相関関係を調査している」

「はぁ…?」

「平たく言えば気分の高揚によって魔力の出力や性質は変化しうるかという研究だ」

「へぇ…」

「まだ分からないか?アイドルだよリリィ」

「と言われましても…」


「病に侵されている時、確かに体は怠く重い。マナなど出る筈もなく、ゴロゴロと寝ていることしかできない」

「うん」

「だが、出ないはずがない」

「うん?」

「魔術が想像から生まれるのであれば悪い想像が具現化してもいいと思わないか?」

「あー!確かに!」

「だが心理というのは人によってまちまちで測りづらい。だからアイドルのようにその場にいる人々の想いが一致するような存在が私の研究には必要だったんだ」

「なるほど…」


もしこの研究が証明されれば、私ももっと強くなれるかもしれない。

ふつふつと体の奥からやるきが込み上がってくるのを感じる。


人前で歌ったことも踊ったこともないし、やり方だって分からない。

きっと、今日以上に恥ずかしい思いもするだろう。

失敗すれば馬鹿にされるのは目に見えている。

だが、だからと言ってやらずに何が分かるというのだろう。


先生は真剣な表情で私に向き直る。

「それでは、アイヴァ・リリィさん。アイドルとして君が活躍できるよう精いっぱいサポートさせていただくのでこれからよろしくお願いします」


ボスを目指すと言った時と同じように。私も先生に向き直る。

「私こそ、先生…じゃない。ミラさんの期待を超えるような成長を遂げられるよう、頑張っていきます。こちらこそよろしくお願いします」


改めて、アイドルとマネージャーとして私達は挨拶を交わす。


先生とは友達のような間柄だけど、距離が近すぎても目標への熱を見失う。

それを是正するための取り組みだって昔先生は言っていた。


「電話ではああ言ったけど今日は私が奢るよ。何食べたい?」

「そうだなぁ…肉。ドレイクの焼肉が食べたい」

「ガッツリ高級肉じゃん!ちょっとは遠慮しなよ!」

「いーや私はしない!貰えるものは貰う主義だ!」

「わかった、わかったよぉ…店空いてるかなぁ?」


「っ…!?」

ふと、視線を感じ後ろを振り返る。


「どうした?」

「いや、なんでも…」


慣れないアイドル活動が始まるということもあり、気を張りすぎているのだろうか。


何が始まるか分からない緊張感、戦いで抱く感情と違ってはいるけれど、これも悪くはない。ただ目標に近づくための物だったアイドル活動が私の心を占めていく。

その日の夜、私は先生と遅くまでアイドルについて語り明かした。




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中ボスが強すぎて暇すぎる!のでアイドル活動してみた 折井 陣 @yamadaMk2

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