第3話 キツすぎる!

「おい…ロム」

「な、なんでしょう!」

「随分と話が違ぇじゃねぇかよ、お?」


アイドル用の会場から遠く離れた控室。私は少し頭に来ていた。


「と、というと…?」

「私はこんなボロ雑巾みたいな格好で出たいなんて言った覚えはないんだが?」


わざわざ朝早くに起きて、田舎から計2時間。

退屈しのぎの為とはいえ、それなりの労力をかけてここまで来ている。


それがなんだこの様は。


やってきて早々、私に手渡された衣装は見るに堪えないものだった。

刺繍は雑で、ツギハギのその服装はどうしたってみすぼらしい。


そのくせ、布は上等なものを使っているものだから余計に滑稽でしょうがない。

こんなものを着るくらいならフリフリの服の方が幾分かマシだ。


「ぼ、ぼろ雑巾て…」

「じゃあなんて表現するんだよ」

「げ、芸術的…とか」

「はぁ…話にならない」


「ん…」

ロムを顎で使う。


「え?」

「昨日のフリフリでいいからくれ。着替えてくるから」

「それが…」


ロムは何故だか言い淀む。


「どうした?」

「リリィさんに合うサイズが無くて…めちゃくちゃブカブカなんですよ多分…」

「は?」


ロムを強くにらむ。


「そんなことあるか?サイズは一式そろえておくだろ普通」

「ぐっ…す、すまん…」


「そもそも現地集合て…私は集合場所はおろかお前の連絡先も知らないんだぞ?」


事務所の入り口にテープで留められた封筒1つ。

誰かに盗られたり、風で飛んで行ってしまっていたら私はここに来ることはなかった。


「はぁ…こんなオーナーとで天下なんて取れるのかねえ」

嫌みったらしくロムを毒づく。朝早く起きて気が立っているというのもあった。


「…ビが」

「ん?」


「このチビ!」

「え」

ぎゃ…逆ギレ?


「アンタが想像以上に小さかったんだよこのチビ!」

「なっ!小さくないわ!」

「小せぇわ!アンタ小せぇよぉ!平均よりも絶対小さい!」

「そんなのは知らん!お前が用意してないのが悪いんだろう!」

「すげぇ!器も小せぇわこりゃ!」


「大体、先に行ったのは色々と会場での準備があったからだ!社会を舐めんなよクソガキ!こっちの温情で11時集合にしてやったってのになんて言い草だ!」

「な、なら最初からそうー」

「言える訳ねぇだろ!さんざん脅しかけといてよぉ!」


お、脅し…?た、確かに強気な態度を取ってはいたけどそれほど…


「天才児アイヴァ・リリィ!そんなバケモンと喧嘩したって痛い目見るに決まってる!」


コイツ、私のことを知ってる!?


「才がないと言われながらも、巧みな魔力操作で史上最年少で合格した天才魔術師!一時俺の憧れだった存在がこんなクソガキだとは思わなかった!」


メディア連中をボコボコにして以来、皆私のことを忘れていると思ってた。


「へへ…なんだか照れるな…」

「最近の若い子はこういう時笑うの…?」


ピンポンパンポーン

聞きなじみのある音とともにアナウンスが流れる。

(アイドル及び関係者の皆様方へのお知らせです。後10分で開会式の時間となりマります。交流会に参加される皆様は至急準備を済ませ、5番ホールへお集まりください)


言い争っている時間もないようだ。


「も、もうそれでいい!ブカブカの奴でいいから早く寄越せ!」

「い、行けるのか!?」

「行くしかないだろ!」


互いにわたわたしながら、急いで支度を始める。

5番ホールまではそれなりに遠い。

今から急げばロムは間に合うだろうが、私はどうだ?


「同じ苦難を前にすると、一体感が生まれるというものだな…リリィ」

「言ってる場合か!お前は先に行け!」

「う、うむ…!」


駆け足で楽屋を出るロムを横目に件の衣装を手に取る。

「ま、マジか…」


おおよそそれは私の体躯の2~3倍くらいありそうなほど大きいものだった。

高身長の女、それこそこの服を着こなすことが出来るのは私の知る限りテラくらいしか居ないように思える大きさだった。


これ、私がチビというより前使ってた奴が軒並みデカかったんじゃないのか…?

本来、短く設計されているはずのスカートの丈もそう感じないほど長く見えた。


だが迷っている暇はない。服の下から頭、袖と順番に身体を通していく。


「うーむ…」


スカートの丈は地に付き、袖はまるで腕の折れた人のように大きく垂れさがっている。その上首元はゆるゆる。少なくとも首元は下着が丸見えでよろしくない。


「えーっと…」

袖はまくり上げる…?あー何とかなるかも。ちょっとオッサンぽいけど…

スカートはどうする?これも上にやれるか?


本来腰に来るはずのスカートをおへその上あたりに移動させ取り繕う。


残るは首元…だけど…これはそういうセクシーファッションとして誤魔化す他ないか?


どうやれば解決できる…?

考えに考える。ない頭を絞って考える。

そうだ!服の下に服を着よう!


今日着てきたジャージを下に着る。見事、胸元を隠すことに成功した。


(説明会5分前になりました。準備を済ませー)


「せめて顔面だけでもっ」


軽く目元に化粧をする。最近覚えたばかりでよくわからんが、やってないよりはマシだろう。


「ヘアゴム!どこだ!?ない!」


楽屋には見当たらない。なんでヘアゴムもないんだよ!


「こうなったら…!」


足りない物は魔術で補う…!

ポケットから取り出した石ころを糸のようにこねあげる。


「伸びろー…伸びろー…」


黒いヘアゴムのようになった石ころ。

長い髪は鬱陶しいので後頭部でまとめ上げてしまおう。


ちなみに、巷でこの髪型はユニーテールと呼ばれているらしい。

どうやらユニコーンの尾をイメージしているようで…って言ってる場合じゃない!


「よっしゃ!」


後は会場に行くだけだ。

魔力を靴底に這わせ地面との摩擦を極端に減らす。

そうすれば初速のトップスピードを通常よりも長く維持できる。

後はいかに風を切るか。


昔、胡散臭い専門家が私の魔法について解説してた。

特別強い魔法も、魔力もない。体躯が小さい故、魔力の底も浅い。

そんな私がどうして若くして試験に受かったのか。


曰く、私はべらぼうに器用らしかった。


2,3,4…とホールを過ぎる。

見えないけれど目の前に空気があって…

空気があるなら魔力を宿せる。


魔力を宿せたなら、きっとなんだって思いのままだと私は思う。


視界の奥に5番ホールが映る。それはもう目前だった。


「ん?アイツも今来たのか…?」

ドアの前でなにやら不安そうな表情をしている。もしかして鍵が開かないのか?

裏の非常口、そこから入るべきなのか…?いや、面倒。


「扉なんて…破ってやりゃ…いい!」

「え…?」


音から察するに相応に重い扉だった。

まぁ私の前では定食屋の暖簾とそう変わらなかったが。


天才リリィが盛大にお出ましだ。

携帯を取り出し、時計を確認する。ちょうど開催一分前での到着だった。


「リ…リ!?おま、何してんだ…!」

「どうだ!間に合ったぞ!ロム!」

「ば、馬鹿…」


「ねぇ、何あのカッコ…ヤバくない?」

「プっ…!メイクやば…」

「何?アイツ…」


整然と立ち並ぶアイドル達とその関係者各位。それらの視線が私に注がれている。

その視線に敵意が混じっていようとそうでなかろうとどうだっていい。


久しぶりに感じられた身体の熱。それが何よりも心地いい。

窮地の際に訪れる極限の緊張。そしてそれを乗り越えた先にある弛緩と達成感。


やっぱり楽しいな、こういうの。


「お前、頭イカれてんのか?」


感傷に浸る私を引き戻すように金髪ショートヘアの女が話しかけてきた。

目つきが悪く、おまけに態度も悪い。


本当にアイドルなのだろうか?


「お前、ウチらを舐めてんのか?あ?」

盗賊でも最近はもう少し大人しいと思う。


「まぁまぁピカちゃん。この子も悪気があったわけじゃないと思うし…」


私を庇うようにピンク髪の女が私の肩に手を乗せ身を乗り出す。

さっき扉の前にいたヤツだ。


「は?なんでお前がここにいるんだよ。今日は休みじゃなかったのか?」

「え!?そ、それはー」


「静粛に!」

真っすぐと伸びた声が緩んだ空気を再び張り詰めた物へと引き戻す。


「扉を壊したあなたの処遇。それは交流会が終わった後にでも追ってお伝えいたしますので、早く列に入っていただけますか?なにぶん時間がありませんので」


壇上の女はくいっと眼鏡を上げ、偉そうに視線を私達におろした。


「お二方もそれでよろしいですね?」


「はーい!いいよね?ピカちゃんも」

「い、いや私は…!」


「ほら!いいからいいから!」

「ちょ、おい!押すんじゃねぇ!」


すれ違いざまにニコッと微笑まれる。

コイツなかなかやるな。


端的に言うと金髪女とは気迫がまるで違った。


何か強い意志に支えられているヤツの気迫。それはテラと似た異質さだった。

だけどテラとは違って不快感も圧もない。


綺麗に整えられた長髪。抜群のプロポーションと容姿。

完璧な所作はそれらを余すことなく活かしきる。


彼女の歩き方、姿勢…その美しさと芯の通った体の運びに感動する。

一般人で居るんだ、あんなヤツ。


店に来ないかなぁ…


「ほら!アナタも列に入ってください!」

「ほーい」


手招きをするロムの元へと歩いていく。


「おい…お前…なんだってあんな入り方したんだよ!」

「アイドルってさ…」

「あ?」

「キャラが濃いんだなぁ」

「いや、どの口が…」

「私も参考にしてみようかな?ボスも人気商売だし…」

「何言ってんだお前」


「我々互助会は!」

説明が始まった。ちゃんと聞かないとな…今後の為にも。


「アイドル事業の復権を目的とした組織です!」

「皆さんに支払っていただいている会費もエモ―ショナルソートさん達の成功の甲斐あって、例年よりも少ない金額で組織が維持できております」


「ですが!未だ売上がグループ間で極端に偏ってしまっているのも事実であり、我々は常々言っていることではありますが客の層を広げる!それを今後も徹底していくという姿勢を取り続けていくべきだと考えております」


へぇ…色々考えてるんだなぁ。


「その為にはまだアイドルを知らぬ初見の層を一目で魅了しなければいけない!」

「今回の交流会はファンの方も招いて行いますが、当然アイドル同士での交流も積極的に行っていただきたい。どうすれば固定客がつくようになるのか…どうすればダンスが上手く踊れるのか…等々」


「互いに知見を交わし、切磋琢磨できるような交流会といたしましょう!」

壇上の女が頭を下げる。それと同時に拍手が続く。


なんか…思ってたのと違うな…アイドルってもっとこう…

共感を期待して、隣に立つロムを横目で見る。


「え…!?なんで泣いてんの…」

泣いていた。それもそれなりに壮大に。


「お前にもいずれ分かるさ…年ってやつだよ…」

「にしてもだろ」


次第にホールが騒がしくなり始める。もう今すぐにでも動き出していい雰囲気だ。


「それでは以上で開会式を終わります。皆様は1時間後の交流会に向けて準備の方を進めていただければー」


私を未だ嘲笑する者。準備に急ぐ者。緊張でそれどころではない者。

いろんな奴がいる。


だけど、一貫してヤツらの目には覚悟が伴っているように見えた。

その殺伐とした雰囲気に、一歩間違えれば取って食われてしまいそうな雰囲気に、

私の胸は高まり続ける。


熱はまだ冷めない。私でも驚くくらいやる気に満ちている。

こんな感覚になったのいつぶりだろうか。


「ロム、私は一体何をすればいい?設営か?コネづくりか?なんでもするぞ!」


ロムは涙を拭い、私を見るなり真っ先に言った。

「メイク落とそうか!」


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