中ボスが強すぎて暇すぎる!のでアイドル活動してみた
折井 陣
第2話 ダルすぎる!
「あぁー…もうこんな時間かぁ…」
適当に髪をくしで整え、ボス然とした正装を身にまとう。
ボスの朝は早い。朝は報酬何倍!とか、入場料が朝なら25%オフ!
なんて触れ込みで朝7時から開店しているダンジョンが一般的だ。
それは私達の所属するダンジョン<夢見の祠>も例外ではなかった。
自宅から職場まではそれなりのマナ消費が伴う。それは直接肌に触れた物の形を自在に変えるこの魔法の力によるものだった。
冷蔵庫からマナドリを取り出し、ごくごくと胃に流し込む。
「よし、行くか…」
玄関の扉を開け、裸足になる。
ぬぷぬぷと固い路面に足が沈む。この感覚が妙にくすぐったくて未だに慣れない。
「忘れ物はなし…かな…」
ベルトコンベアの要領で触れた路面を動かして移動する。
これが最も最速かつ確実な移動術だった。
「おや、リリちゃん。今日も速ーーー」
「おはようー」
道行く人達をひょいっと躱すのはお手の物。何せこの生活をもう一年は続けている。
「ボスの姉ちゃーー」
「おっすー…」
それにしても、この町に来てからどんどん牙が抜け落ちていっているような…。
近所のママ達から子供のおもりを頼まれるボスって明らかに舐められてないか?
自分の現状をぼんやりと振り返っていると、突然ポッケの中のマナフォンが
ピロピロと鳴り出した。
「こんな時間に誰だろ…」
周波から見ても新規の着信だ。
「はい、アイヴァ・リリィです」
「あぁ!リリ久しぶり!私だよミラ・ヘインだ」
「先生!」
ミラ・ヘイン先生。彼女は私の受験をサポートしてくれた恩師だ。
当時15歳の私が語ったボスになるという荒唐無稽な夢を真剣に取り合ってくれたのは後にも先にも先生だけだった。
「どうしたの急に!番号も変わってるじゃん、なんかあった?」
「私も色々話したいのはやまやまだが、もうすぐ出社の時間だろう?特段長話をするつもりで電話を掛けたわけではないんだよ」
「じゃあ何の用で?」
「それは…おっと」
ヒュン!ズダダダダダ!
端末越しに荒々しい音が聞こえてくる。
「やっぱ都会は荒れてそうだねー」
「まぁそれなりだな。どちらにせよ住んでいれば自ずと慣れる」
「それより今日の午後そちらへ向かう。それだけ伝えておきたくてな」
「ホント!?」
「取り敢えずダンジョンで待っていてくれ。その足で一緒に飯でも行こう」
「当然、今日は先生の奢りだよね?めっちゃ稼いでるって聞いてるよ?」
「お前の方が高給取りだよバカ野郎。それじゃまた後でな」
「うん!またね」
研究論文を査読もしてもらえず、跳ね除けられてばかりいた落ちこぼれの先生も、今や月間魔術情報誌マジミライで表紙の一面を飾るほどの有名人だ。
「私も負けてられないな…!」
アイドルが駄目ならネットで知名度を。ネットでも駄目なら独力でエイラを倒す。
方法ならいくらでもあるはずだ。
<夢見の祠>を視界の奥に捉える。もう店のすぐ側まで来ていた。
店の陰から店長が姿を現す。
あ、店長だ!今日も朝早くから掃除してたのかな…
店長は何やらこちらをみて口をパクパクさせている。
「あぶなー」
「ぐぼぇあぁあ!」
盛大に頭からずっこけた。
足先が何かに引っかかり躓いたような感覚だった。
「リリィ!?大丈夫か!」
「な、なぜ…」
「あぁ…ここ今作業中なんで、どいてもらってもいいですか?」
なんだこのオッサン!少しは心配するとか、気に掛けるとかもっとこう…!
「すいません!すぐどきますので…リリ、立てるか?」
「う、うん…」
よろよろと立ち上がる私が目に入ったのか、店の奥からエイラが飛び出してくる。
「よくも…リリちゃんのお顔に傷をつけておいてよくも…!私がこんな床ぶっ壊してやりますから!」
「ま、待て待て!気持ちはわかるけども一先ず落ち着いて!」
ホントに事を荒立てる天才だなコイツは…
そもそも、当のお前に一回ボコボコにされてんだけどな。
あれは顔の形が変わっていてもおかしくなかった。
「ママ―あのお姉ちゃんどうしちゃったの―?」
「あのピカピカした床のせいじゃないかなぁ?」
ここは交差点のど真ん中、騒ぎを聞きつけ有象無象が次第に周囲を取り囲む。
「すげぇなリフレクト加工、俺んちもしてもらおうかなぁ」
「あれ何の魔法だろうな?なんか高速移動してたけど」
「しらねぇ、でも弱そうだな」
勝手なことばかり言いやがって…!
「あー!リリ姉ちゃん今パンツ見えたー!!」
「だっせー!」
ええい、鬱陶しい!
地面を隆起させ、オーディエンスを分断するように高い壁を築き上げる。
やっぱり舐められてた!何がパンツ見えてるだ…!
エイラのやつもニヤニヤと嬉しそうにしやがって…
「リリちゃん!」
「なんだよ…」
「今日はいつもより気が立っていて、とても可愛らしいですよ!」
「バカにしてんのか!」
私は玉座へと向かい、いつものように配置につく。
(リリ、さっきはすまなかったな…庇ってやれなくて)
「いや店長は悪くないよ、私の日頃の振る舞いのせいだろうし」
個別にフォローを入れてくるあたり、流石大人の余裕って感じがする。
(店長!お電話です!)
(あぁ!今行く!)
(すまないな、満足のいく活動をさせてやれず…)
「謝らないでよ、私は今の生活も楽しいよ」
(今日は難しいが…今月末の会議でその辺りの話もさせてくれ。それじゃ今日もよろしく頼むよ)
「うん、店長も頑張って!」
隣の芝生は青く見えるという奴だろうか。店長の忙しさは少し羨ましくもある。
玉座から立ち上がり戸棚へと向かう。
暇な時間は十分にあるのだから、その時間を鍛錬に費やせばいい。
私は戸棚に手を伸ばし一冊の書物を手にする。
<バカお断り!超論理魔術読本>という名の一冊の部厚い書物。通称バカ本だ。
誕生日プレゼントに先生から貰ったものの、あまりの難解さとつまらなさから戸棚の奥にしまわれてしまっていた。
だが今の私は違う。悔しさをバネにこの本を読破するだけの気概がある。
意を決して最初の魔術構成のページに手を掛けた。
(魔術とは意思を叶える力。そのためには想像が何よりも不可欠だ。私達は誰でも等しくその力を操るため魔術理論という物を打ち立てた。以下の図が理解できれば君もこちら側に来ることが出来るだろう)
そうして構成のこと細かな説明と論理が8ページに渡って綴られていた。
イメージのレイヤー分け…構築までの橋渡し…イメージから実現…
ベース…拡張のために…紐づけ…
ダメだ眠気が限界だ…
夜はあまり眠れずボス部屋で二度寝。
こんな毎日を続けるうち、ルーティンのように椅子に座るとすぐ眠くなってしまう。
ふかふかの玉座に、生温かな風。マナの不足に眠気を誘う本。
寝落ちするには十分な条件だった。
駄目だ…今寝るわけには…
エイラを倒すんだ。その為にはいっぱい努力しないと…
でも英気を養うのも立派な努力かも…
自分を起こす理由が見つけられず、私は今日も眠りについた。
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