中ボスが強すぎて暇すぎる!のでアイドル活動してみた

折井 陣

第1話 ヒマすぎる!

どうして…こうなった…


「アイヴァさん本番1分前です!」


ただ、軽い気持ちで始めたはずだったのに…


「音響、配置完了」

「入場ゲートも閉めましたー」


「よし、準備は整ったようだな」


戦いたい、その一心でボスになった筈だったのに…


「リリィ、お前は今夜星すらも照らす星となる!」


これは、退屈しのぎで始めたアイドル活動の記録。



7月12日 某事務所にて


「そりゃ、もちろんアイドルだよ!」


目の前の男は笑いながらそう言った。


暇すぎてダンジョンを抜け出してきた私は、あてもなくふらふらと歩いていた所

この男に捕まった。名をロム・ヘテンというらしい。


180cmはあろうかという長身にスーツを身にまとう姿は紳士的に見えるけれど、

どこか胡散臭い。


「アイドル…ってなんだ?」

「くっ!やはりジェネレーションギャップが邪魔をするか!君のお母さん世代なら詳しいかもしれないが、聞いたことはないかい?」


「私に親はいないぞ」

「えっ…あぁそう…ごめん」


皆、この言葉を耳にすると一気にしおらしくなるのが面白い。

口角が上がるのを必死に引き留めながら、続く男の話に傾聴する。


「いいかい?リリィちゃんアイドルってのは凄い職業なんだよ」

「今でこそ魔法職に覇権を握られて衰退してしまったけれど、きっとそれは今の子達が良さを知らないだけだと思っている」


確かに男が言うようによく知らない。

普段からあまり情報を仕入れない私でなくとも、詳しく知る人は少ないと思う。


私達の住むエリュシアは魔法社会。

それは、魔法のどんな性質のものにも代わりうるという性質からだった。


工学、医学、化学…etc. どの分野のスペシャリストもそれ相応に魔法への理解が深いというのが世の常であり、特に魔法という学問に特化した魔法職は高給取りというのが世の常だった。


ボスと比べてどれくらい稼げるのか気になった。


「なぁ、アイドルって月にどれくらい稼げるんだ?」

「ちょっ、君!生生しいぞ!まだ17才だろう?」

「知識を得るのに歳なんて関係ないぞ」

「ぐぅ!もっともらしいことを言いやがる!」


少し考えるような素振りの後、男は視線を虚空へと移し呟いた。


「…まん」

「え?」

「月に10万!それがこの業界の平均だ!」

「冗談だろ?どうやって生きていくんだそんなの」

「はっ!流石天下取りのボスは言う事が違うねぇ!ただ椅子に座ってボーっとしてるだけの君の方が稼いでるなんて異常だよ!この世の中」


私だって必死に勉強して努力してボスになったんだ。

この男のように先行きの見えないアイドル業で働いているのがまずおかしい。


「お前に何が分かる!針が全然動かなくて時計の故障を疑う毎日を考えたことあんのか!」

「じゃあ聞くが、お前は口座の残高が毎月0になる光景を目にしたことがあんのかよクソガキ!」


互いに譲らぬ問答。

この男と二人三脚でアイドルをやるというのはどうも難しいように思えてならない。


「とにかくだ!」

このままでは埒があかないと悟ったのか、男は大きく声を張り話を本題へと戻した。


「明日、とあるアイドルグループの定期公演がある。そこに参加してほしい」

「プリマジックのリリン。それが君の仮の名になる」


「具体的に何をするんだ?」

「笑顔でファンと交流だ!はじめましての挨拶を交わし、アイドルとしての自己紹介を行う!」

「ふーん…」

「で?参加してくれるか?」

「明日も暇だし…いいけど」


その言葉を聞いた途端、男の表情がぱっと明るくなる。

「本当か!君で96人目!やっと受け入れてくれる人に出会えたよ!」

「えぇ…不安になってきたぞ…」

「大丈夫大丈夫!しっかりサポートするからさ!」


現状を変えたいなら自分から。

戦いにしか興味がない私でも何か他に好きになれるものがあるのなら…

きっとその方が幸せだろう。


「ほら見てよ!この衣装!可愛いだろ?これを着て歌って踊るのがアイドルなんだよ!」


その衣装を見て愕然とした。

さっきまでの期待や想いが裏切られたようにさえ感じられた。


「帰る。向いてないわ私には」

「ちょっ、ちょっと待て!どうしたんだ急に!」

「急にもクソもあるか!」


ボスの衣装も恥ずかしかったけれど、その比じゃない。

単刀直入に言えば私のイメージとあっていない。それが一番キツかった。


私のボス衣装はクール系。私の見た目との相性はそれほど悪くない。

でもこの衣装は違う。可愛い系だ。


この衣装のどこを見てもフリフリとした何かがついている。

それに明るい色味も相まってかなりふわふわとして見えるような印象だった。


その衣装を身にまとう自分を想像し、顔が熱くなっていく。

「そっ…そんなダサいカッコ出来るか!ふざけるな!」

「なっ…俺が徹夜して考えたデザインを恥ずかしいだと!?今すぐ訂正しろ!」


「ダサいダサいダサい!」

「訂正!訂正!訂正!」


「自分の尊厳を捨ててまで暇つぶしをする気はない!他を当たれ!」

そうして、男に背を向けて歩き出す。


「交渉だ…アイヴァ・リリィ…」

背後から聞こえる男の声色が変わった。

「え?」


振り返るとそこには、先ほどまでとは打って変わり鋭い眼差しを向ける男がいた。

その表情からは真剣さが感じられる。


「君の望みは暇な日々からの脱却だろう?そこに違いはないな?」

「え?うん、まぁ…」

「その望み、私が叶えてやる」

「適当言うな、協会のルールで縛られている限り不可能だ」


「君のいるダンジョンは知名度も人気もない。その上君の楽しみを全部中ボスが持って行ってしまう。そうだろう?」

「なんでそんなこと知ってる…」


「アイドルとして人気になれ。それも覆面アイドルとしてだ」

「一体どういう…?」


「ファンの中で広めるんだよ、君の所属しているダンジョンにアイドルのリリンがお忍びで通っていると。なんなら君がボスをやっていることを一部に伝えてもいい」


「一部…?」

「強者と知り合うんだよアイドル活動を通じて」


「でも…ウチの中ボスを倒せるやつなんてどこにもいないと思うが…」

「何を言う、君のダンジョンはまだ知られていないだけだ」

「うーん…」


予想だにしなかった提案に頭を悩ませる。


私の理想…それはゲストと戦いを繰り広げる日々。

流れる血を拳で拭い、にやりと笑みを浮かべながら刃を交える。そんな日々。


それを夢見てボスを志したが上手く行かなかった。

今度はアイドルだって?信じられない。


(アイヴァさん!史上最年少でボスになるという快挙を成し遂げましたが、今のお気持ちをお聞かせ願えますか?)


過去の取材が頭によぎる。

あの頃の私と今の私、希望と絶望。

その差異に苦しむ毎日からの脱却。その為の努力の方法がずっと分からないでいた。


「期限は1年!君なら十分に可能性はある!」

「うーん…」


「容姿!若さ!キャラクター性!どれをとっても君は高水準だ!過去に96人もこの話をしてきたが君に一番可能性を感じている!」

「う…」


「う…うぅ、分かった…!衣装も変えよう!明日…には間に合わないが今後は君のキャラクターに合った衣装をデザイナーに依頼しよう!」

「うぇ…」


「わ…わかった!君が成功しなければ私は死ぬ!どうせ生きていけない!」

「それはどうでもいい」

「なっ…!私の覚悟を何だと思ってっ…」


「やるよ」

「何?」

「だから!アイドル…だよ」

「本当か!?」

「その代わり約束は絶対に守ってもらうからな。出来なきゃこの事務所ごとお前の全部をぶっ壊してやる」

「リリィさん…そんな脅さなくても当然約束は守りますよぉ…はは」

男は今日一番ひきつった表情を見せた。


「明日は何時にここに来ればいい?」

「10時…いや!11時で大丈夫です!はい」

「本当にその時間でいいのか?」


「全然大丈夫です!一応、連絡先だけ交換してもらえると…」

「ん…」


「これは…?」

「ボス専用の名刺。大抵の事はこのサイトに載ってる」


「へぇ、そんなものが…」

「失くしたらお前がヤバいから気を付けて」

「ちょっ…!そんな大事なもの渡すなよ!」

「覚悟、あるんじゃないのか?」

「それは…」


少し頼りなく見える大人。そんな大人にバカな子供の私は騙されてやろう。

戦いたいという衝動。それに伴った私の悩み。誰に言ったって理解されなかった。


でもコイツはその悩みに対する回答を出した。

きっと、その場しのぎの物で信頼に足るものとはお世辞にも言えないけれど…

それが嬉しかった。


「ふふっ…期待してるぞ、“ロム”」

男の目にも光は宿る。

「ああ!任せろ!」


これはある種の共同戦線。互いが望む未来へ進むためのパートナー。

思ったよりも長居をしてしまった気がした。

時間を見ようと事務所を出てすぐ携帯を見る。


時刻は午後21時、鬼も戦慄するような通知の山。

「今、どこにいますか?」

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