振られて疎遠になっていた幼馴染が近所のコンビニ店員になっていた。
藍坂イツキ
プロローグ
今でもたまに夢に見る景色がある。
高校3年の冬、卒業式の日。
北海道の3月中旬は雪解けの気配もなく、まだまだ肌寒い外気が服の隙間から入り込み、口からは白い吐息が漏れ出る季節。
世間の言う別れの季節、という感じでもなくとも当の本人たちは俺を含めて目元に涙を含ませていた。
馬鹿みたいにつるんだ仲間たちとの別れ。
中学の卒業式とは違って、同じ道に進む友達は皆無で、こうして笑って話していられるのも最後の時間。
帰るのも惜しくて、こうして校門の前でいつものようにくだらない話をしつつ、俺は一人で違う場所へ目を向ける。
目の先にあるのは同じく卒業する一人の女子生徒。
今更女子生徒だなんて少し他人行儀な話だけど、実際は最近はあんまり話していない幼馴染というやつだ。
小学1年生の頃に出会ってから、中学、高校と一緒で個人的には仲はすごくよかったと思う。
こう、気が利くというか、俺のこともしっかり理解してくれていて、なんというか。
おこがましいと思うけど、まるで奥さん? みたいな。
きもいな、付き合ってないのに。
いやでも、あっちの親にもそう言われたし……ちょっとくらいいいよな、うん。
そんな間柄だった。
でも高校に進学してからはクラスも違って、文理も違って、あっちは部活に所属してしまってそんなに話すこともなくなったけど、それでもたまにすれ違う時はよく目を合わせていた。
恥ずかしい話だけど、体育祭だって、部活の試合も見に行ったりしてたんだ。
とにかく、その幼馴染とは最後の日。
大学も違って、おそらく会えることはほぼなくなると思う。
だからこそ、言いたい。
「ハル、いけよ」
そんな友達からの後押しもあり、俺は久々に彼女のもとへ。
一歩一歩踏みしめる雪が重く、手の震えが緊張なのか寒さなのかも分からない。
頭で考えず、とにかく想いを。
そうして、口に出した言葉。
「和奏、好きだよ」
すると彼女は一瞬驚いた顔をして、頬を搔きながら呟く。
「……え、うんと……私も」
「えっ」
「そりゃ、そうだもん、だって
にへらと浮かべる笑み。
これまでかと思うほど可愛らしい笑みに、俺は思った。
親友として、好き。
そうかと、悟って。
「だよ、な」
「うん……どうしたの、
「いや、なんでもない。がんばれよ大学」
「ありがとね、春斗も頑張ってね!」
そうして、俺は彼女から姿を消した。
◇◇◇
11月下旬。
肌寒く、窓の外は一面雪景色の前に広がるのは――腕を組んだ上司の姿。
「本当に申し訳ございませんでした。次回からは気を付けるようにしますので何卒よろしくお願いしますっ」
「すみませんでした! お願いします!!」
――
身長178㎝、体重72㎏、最近の趣味は勤務後の筋トレ。
大学院卒業後に就職したとあるメーカーの企画開発部開発課で働いている絶賛新卒三年目の社畜社員。
ともあれ、だ。
どうしてこんな寒い季節に俺が部下と共に部長の前で頭を下げて謝っているかと言うと、理由がある。
「あの、本当にすみません。私、小山内さんにまで迷惑かかるって思っていなくて……私が不甲斐ないばかりに、本当に」
「いやいや、内田さん。気にしすぎですよ。まだ入社して一年目ですし、怒られて成長していくってもんですから」
新卒一年目、直属の後輩こと
部下のミスは上司のミス。
そんな社会人の常識が染みついてしまった俺はもうまさに社畜と言っていいのだろう。何せ、自分もそういう時代を通ってきたわけで。それに俺にとってもこういう経験は悪いわけでもない。
それにこうして反省できるというのはいい事だ。
「ふぅ。んま、とにかくそこまで気にせずさ」
「は、はい……すみません」
ちょっとばかりへこみ過ぎではあるが。
とはいえ、やっぱり後輩がこのままではその上司のメンツも立たないというもの。こういうものは切り替えが大事でもある。
そうして俺は隣を歩く眼鏡ボブの後輩の肩を叩き、後にした部長室の方へ指を差した。
「ちなみにね」
「……はい」
顔は見上げない。
相当凹みすぎだ、入社当時から変わらないのはいただけないがまぁいいとして。
「部長ね、あんなんだけど実は若いときはあだ名『デストロイヤー』だったらしいよ」
「え、なんでですか?」
「そりゃもう、装置を壊しまくってたらしいからね。destoroyから取ってデストロイヤー、小学生っぽいでしょ?」
「あ、安直なっ……っふ」
「まぁ、俺も昔怒られたときに慰めで教えてもらってさ。みんなこんなもんなんだから元気だしなよ」
「はいっ。ありがとうございます……にしても、っふ、デストロイヤーって……このすばですかっ」
そうして苦笑いを浮かべる後輩と共に部長室から離れ、自分のデスクへ戻っていく。
すると、同時に横切っていく一人の女性社員。
この部署では一人だけ異彩を放つ黒髪ロングの清楚系。
そんな彼女はハッとして立ち止まり、春斗の方へ目を向ける。
「あ、小山内君! 昨日言ってた資料の方ってもうある?」
「はいっ。というか、先に自分の方から企画課の方に掛け合って話付けてますよ」
「うぉっ、さっすが小山内君。んじゃ、それ印刷しちゃって私のデスクに置いておいて!」
「もう印刷してますし、朝から置いてますよ。確認してるんですか?」
「んマ⁉ しごデキ! さすがやね~~」
そんな見た目とは裏腹な陽キャらしいノリをするのが俺の上司でもあり、この部署のエースでもあるプロジェクト主任、
年齢は――ちなみに知ってはいるけど、非公開。理由はちょっとかわいそうだから。俺よりもちょっとだけ年上ではあることは告げておく。
「っておい、しごデキ小山内君。何か変なこと考えなかった?」
「……はい?」
「いや、なんでもない。なんだか年齢に関して言われた気がしてさ。あははは」
「春雨さんはしっかり若く見えるんで、気にする必要ないと思いますけどね」
「—―何、私のこと狙ってるの?」
「馬鹿言わないください、まったく」
まさに脳みそすっぽ抜けたかのような会話しかしないものの、これでも上司。その見た目からはまったく予想はつかない性格でそれこそ春斗も最初の頃は戸惑ったものだ。
何せ、俺の元教育係であり、現在では新規プロジェクトの主任と副主任の関係でもあり、仲は良好だ。
「ってこんな時間だ! とにかく、春斗君! 今日は私、背中鍛えるから頼むね」
「はいはいっ」
◇◇◇
「んっしょ……うぅ、っしょ、っとうらぁ‼」
「危ないのでやめてください、一気に上げるの。まったく、器具壊したら困るんですからね共有なんで」
「えぇ~~、いいじゃんどうせ会社のだし」
「会社のだからこそダメなんでしょうが。ていうか、そういう損失のちりつもで終わっちゃうんですから」
終業後、20時過ぎ。
今日は資料の見直しと後輩への技術指導を終わらせてから、上司の純玲と共に日課の筋トレのために会社に併設しているトレーニングルームへやってきていた。
軽く無駄口を叩きながらも鍛える彼女の体はその言動とは裏腹に腹筋も背筋も、そして大腿四頭筋も立派なものである。
実際、こうして退勤後の筋トレにやってきているのは春雨さんからの声もあったからなのだ。
「私、エース、エース」
「だからこそ、道しるべになるんでしょうが」
「あ、いてっ!」
これでも尊敬している上司、意味としては勿論、人として。
「それじゃあ、次は俺の番です。貸してください」
「んもぉ、痛いし、上司なのに」
「はいはいっ」
チョップを入れた頭を抑えながら器具から離れる春雨さんを横目に、俺は筋トレを始めた。
背筋を鍛えながら、腕を、そして胸をビンと張る。
「っ」
いつも座ってばかりの職種だからなのか、こうして筋肉を鍛えている時は気分が晴れる。
仕事のことも、そして私生活のことも、加えて母からの結婚はまだなのかという時代にそぐわない連絡も含めてすべて。
上司のことは一緒にいるから忘れられないとしても、こうした一つ一つの小さな引っ掛かりは忘れられる。別に筋肉に興味があるわけでもないのに続けているのは多分、こういうところ、何も考えていられるからだろう。
「うぉ~~やっぱり、凄いね、小山内君の体」
なんてことを考えていると、背中の方から声が掛かる。
一旦器具を止めて目を向けると、春雨さんがまじまじと見つめていた。
「なんすか、急に」
「いやいや、凄いなって思って、それだけ」
「まぁ、春雨さんが仕事で凹んだ俺を連れ出して始まりましたからねこれ」
「そりゃ、誇らしいね。私が育てた的な!」
「……実際そうですけど」
筋肉だけではない。
仕事以外、いやもはや高校の卒業式以来何事も身が入らなかった俺にこうしてカツを入れて育ててくれたのは春雨さん。
でも、まだ俺は――。
「ねぇ、筋肉ばっかりだけど……小山内君は恋愛とかしないの?」
そう、俺は――。
「できないっすよ、俺には……だってもう」
「ん? 何?」
こびりついた記憶。
筋トレなんかじゃ消えないようなあの記憶が、彼女が、いるのだから。
「いや、今はできないだけですよ。仕事ありますし」
「……へぇ、そぉっか」
「?」
「ううん、なんでもない。よし、それじゃあ私は走ってくる~」
◇◇◇
そうしてまた小一時間が過ぎ、時刻はあっという間に22時。
社内に併設されたトレーニングジム自体は24時間やってはいるものの。
流石にこれ以上行うと明日の仕事に響くため、俺は一足先に着替えて会社を後にすることにした。
と言うことはつまり。
あのバリバリのキャリアウーマン上司、春雨さんはまだ続けるわけで。
正直なところ、俺も知りたいくらいだ。
あそこまで活発でいられる理由が。
「ふぅ……さむっ」
なんて上司のことを後にして俺は会社の外へ出る。
一歩前に出ると冬の冷気が身を包み、口元から白い吐息が漏れる。
小学生の頃はこの吐息で「れいとうビーム!」なんて言ってたなぁ、なんて考えたり。そんな単純な頃は過ぎ去って、いつの間にか社畜になって27歳。
20歳になってからはあまりにもあっという間だった。
20代前半は大学院での研究で過ぎ去り、その後の3年間は会社で過ぎ去り、いつの間にかもう遊ぶ――なんてできない歳へ。
勿論、こんな典型的な理系男子を好いてくれる人なんかいるわけもなく、俺自身もこのまま独身で居続けるのだろうと諦めも付いている。
でもそんなことは分かりきっているのに、どこかに期待している自分もいて、ちょっとだけ自分のそういところが嫌いだ。
27歳にもなってなんて子供なこと考えてるんだとも感じるけど、案外なってしまえばこんなもので。自分が大人になることの想像すらついていない。
我ながら、どうかしていると思う。
「って、何考えてんだか」
寒さにやられたから、なんていう理由をつけて俺はいつも寄るこのコンビニへ入った。
「いらっしゃいませ~」
入店と同時に女性店員の明るい声が響いて、俺は癖で同時に頭をペコリと下げた。
そして、ちょっと前まで肌を突いていた寒さも嘘かのように、天井から吹き付けるエアコンの風が冷え切っていた体温を温めていく。
そんな寒暖差でぶるっと震えた肩を落ち着かせ、俺はおにぎりの棚を通り過ぎて「あたたか~い」と書かれたホットショーケースの前までやってくる。
パーッと全体を眺めつつ、でもやっぱりこれだとココアの缶へ手を伸ばす。
持つとじんと広がる温かさ、安心してレジへ向かう。
セルフレジ……じゃないのか。
今どき珍しいレジの形態に驚きつつ、俺はココアを明るめの茶髪を肩まで伸ばした綺麗な女性店員へ差し出した。
「……ほんわかココア一点で、お値段128円ですっ」
「はいっ」
昔は100円だったよな~なんて卑しいことを考えながら、財布から小銭を取り出しトレイの上へ。
すると、彼女はトレイを引き――
「――ひゃ、128円ちょうどですね、ありがとうございまっ、あ!」
手に取ろうとした瞬間だった。
彼女が手を滑らせ、さらに体勢を崩してよろめいた。
「て、店員さ――っ!」
同時に、勝手に体が動く。
最近のジムでの運動が役に立ったのか、一瞬で彼女の落としかけたお金をキャッチする。
「す、すみませんっ!」
「いえ、その――はい」
頬を赤くしたその店員さんの手のひらへお金を戻し、苦笑いを浮かべた俺は気まずくなり視線を落とす。
ラブコメ漫画ならここで恋愛が始まるのだろうかと、考えなくてもいいことを考えて背を向けた――――その時だった。
「…………は、
背中の方から聞こえた言葉。
一言一句、聞き逃すことはなかった。
体が止まる。
エアコンの風で暖まったはずの体がまるで凍り付いてしまったかのように固まった。
ありえない。
ありえるはずがない。
こんなこと起きていいはずがない。
その言葉の羅列が頭の中を駆け巡る。
駆け巡って駆け巡って、そしてとどめの一撃に。
その声を、もう一度耳にした。
「はる……くんだよね?」
今度こそ、決定的だった。
なぜなら。
その呼び方で俺を呼ぶのはこの世界で二人しかいない。
女手一人で俺を育ててくれたお袋と、そしてもう一人。
高校の卒業式で告白した相手。
挙句振られて、女々しいことに忘れることができなかった本人。
幼馴染であり、好きだった人。
そう、好きだった……はずの。
「……
あとがき
お久しぶり、藍坂イツキの新作です。
期限内に文字数10万字行くか分かりませんが書いていきます。三日更新目指して頑張ります。
甘そうに見えてほろ苦い恋愛ですかね。
次の更新予定
2024年12月29日 00:03
振られて疎遠になっていた幼馴染が近所のコンビニ店員になっていた。 藍坂イツキ @fanao44131406
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。振られて疎遠になっていた幼馴染が近所のコンビニ店員になっていた。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます