第2話

 すでに時間は夜9時を回っていた。今日は一人もお客さんが来ないのかと、ぼんやりと雲がかかって、星一つ見えない薄暗い空を富子は見上げていた。

「あの……、占っていただけますか?」

 目の前に20代前半くらいの黒髪で肩すれすれの長さの綺麗なストレートのボブヘアの女性が富子の顔を覗き込むように話しかけてきた。大きな目のはっきりした顔立ちでモテるに違いない。

「あ、どうもすみません。さあ、どうぞお掛けになってください」

 富子は慌てて、タロットカードを白いトートバッグから取り出した。

「何を占えば、よろしいでしょうか」

 まだ真新しい、数度使ったカードをテーブルの上にシャッフルし始めた。

「今後のことを占っていただきたいです」

 その女性は、俯きながらそう答えた。

「総合運ということでよいですか?」

 富子はシャッフルしながら、彼女を見て言った。

「はい、私自身、これからどう生きていけばよいのか、わからなくて」

 かなり深刻な表情をしている。結構、自分の伝えることが彼女に影響してしまうかもしれないと、富子は思った。

「三枚のカードで占いますね。過去・現在・未来といった具合です」

「はい、よろしくお願いします」

 過去のカードをめくると、星のカード、いわゆる希望をしめすものだ。きっと前途洋々の気持ちでいたのだろう。二枚目、現在、審判の逆位置を示していた。今までのやっていたことが上手くいかず再挑戦するのも難しいとある。そのことを伝えると、

「彼氏に振られました。一旦、諦めたのですが、どうしても、もう一度気持ちを確認したくて」

 今にも泣きそうだった。正直、富子にとっては、失恋は人生の中でするのは当然だと思っている。自分も失恋は経験した。生きるか、死ぬかを選択するような境地には思えなかった。でも彼女は今にも、死を選びかねない雰囲気だった。

「復縁したいということですか?」

 彼女の目を恐る恐る見ながら、三枚目をカードを開こうとしていた。

「そうではないんです。一方的に別れたいと言われたので、理由が聞きたいんです。理由は伝えてくれなかったので」

「それなら、聞いてもいいんじゃないでしょうか。理由くらい教えてもらってもバチは当たらないでしょう」

「好きな人ができたとか、自分とは合わないとかでもいいので、言ってもらえれば納得するんですけどね」

 三枚目のカードは、魔術師のカード。富子は率直に言った。

「始まりを意味します。すぐに行動してみてください。結果はわからないけど」

「ありがとうございます。勇気をもって、聞いてみます」

「その他に聞きたいことはありませんか」

「将来のことは今、目の前のことで手いっぱいで、前に進むことだけだと分かりました」

「総合運というより、恋愛運なので、3000円です」

「えっ!! 安すぎじゃありませんか。総合運で8000円払います」

「その金額はいただけません。3000円で結構ですから」

 5000円札と1000円札三枚を手渡そうとしたその女性から1000円札三枚だけ取り出した。

「ありがとうございます。では、またご報告がてら、運勢を占ってください」

 そう言うと、黒髪の彼女はニッコリと微笑んで席を立って、静かにゆっくりと歩いて行った。

 その日占ったのは、結局、彼女だけだった。富子は深くため息をつくばかりだった。

 数日が過ぎ、相変わらず、一日の客はいても、一人、多くても二人を観るくらいだった。

 今日は金曜日、友人と飲んで、占ってもらいたいというような客はいないだろうかと富子はふと思っていた。

 一つ先の交差点の角のビルの前にいる占い師が急ぎ足でこちらに向かってきた。

「あんた、大変なことになったよ」

 60代と思しきその同業者は真っ青な顔をしていた。

「そちらは、かなり繁盛していらっしゃるんでしょうね。すごいです」

「それどころじゃないよ」

「どうしたんですか? わたし何かしたんでしょうか?」

「したわけじゃないだろうけど、今、警察が来てさ。先週、一人女性を占ったろ?」

「ええ、確か黒髪のストレートボブヘアの……」

「人殺しちまったんだよ。元恋人だってさ。おそらく、あんたに話し聞きに来るよ」

 富子は絶句した。なんでそんなことになってしまったのか。自分の言ったことが殺人事件に発展してしまったというのか。

 頭が真っ白な状況で、40代半ばぐらいのグレーのスーツを着た刑事と思われる男性がやって来た。

「すみません、警察の者ですが、お話ちょっとお伺いできますか」

「はい、どういったことでしょうか」

「こちらの女性はご存じですか」

 黒色のスマホで写真のデータを見せてきた。間違いない、彼女だった。

「実は、元恋人を殺害してしまいまして。先日、あなたに占いをしてもらったというものですから」

「まさか、わたしが唆したとでも?」

「そうではありません。アリバイと動機の確認です」

その刑事に事の成り行きを説明し、彼はメモを取っていた。色々質問を受けて、一時間ほど、話していた。刑事はもう一度、話を伺いに来るかもしれないという言葉を残して、足早に去って行った。

占い師になって、こんな顛末が待っていたとは。その後、約二か月ほど、自分のやっていることに不信感を抱かざるを得なかった。富子にとって、衝撃ともいえる事件となってしまったのだった。

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氷河期世代の占い師・富子の謎解き心理 読むことのススメ @dokusyo-860

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