氷河期世代の占い師・富子の謎解き心理
読むことのススメ
第1話
夜七時過ぎ、街中の人がまた一人、また一人、通り過ぎる。小さなテーブルに占いと書いたボードを横に置いて、富子はため息をついた。全く、人が来ない。一つ先の交差点の角のビルの前で別な占い師が構えて座っている。60代の女性で易占いらしい。そちらの女性は1時間に一人か、二人ほど占いを頼む人がいて、占っているようだ。
自分には占いのセンスがないのか、ここに席を置いてから、一ヵ月。訪問者は一日、多くても3人ほど。総合運、恋愛運、仕事運など、まあ、どこの占い師でも扱っているジャンルをこなす。
富子が占い師を職業としたのは、つい最近のことだ。名前は佐藤富子、50歳。それまで、派遣社員、契約社員の事務職を転々としてきた。いわゆる氷河期世代、団塊の世代の親が生んだ子供たちだが、まさに自分はその一人だ。八百屋を営む70代の母親が田舎に一人で住んでいる。父親は自分が最初に就職した中堅企業の職員だったころ、40代半ばに病気で亡くなっている。その企業では、正社員であったが、バブル崩壊に直面し、倒産。あっという間に無職になってしまった。その後は先ほど言った通り、派遣社員、契約社員と氷河期世代をまさに絵に描いたような生活をしていた。富子は質素だった。大手企業に就職できた何人かの大学の友人は、20代で結婚、出産を経験し、主婦業を経て、またパートタイムで働いている。全く世も末だ。
なぜこんなにも違ってしまったのか。恋愛もろくにできず、(余裕がなく)現在に至ってしまった。そんな富子が一念発起したのは、皮肉にも、前職で派遣社員をしていた頃のこと、派遣先の企業が経営不振で、契約を打ち切られることになったのだ。
なんとか、収入がとぎれることなく続けてきた富子だったが、さすがにこの年齢で契約満了とは、ショックを隠せなかった。貯金は地道に貯めた500万。切り詰めて、切り詰めて、貯めた汗と涙の結晶だった。富子は自分の名前は富裕の富で運がありそうなのに、全くもって名前にあやかれていない、つくづく運がないと思っていた。自分の運命って何なのだろう。そんなとき、家の近くの書店でたまたま目に入った占いの本を手に取った。どうせ、残り人生はどれくらいあるかもわからない。何か、やりたいことをやってみよう。それが占いだった。若い頃、自分もよく、占い師に仲の良い友人と飲んだ帰り道に占ってもらったものだ。そのころは、恋愛がどうの、仕事がどうのと話に花を咲かせたものだが。一口に占いと言っても、色々ある。易占い、タロット占い、四柱推命、星占いなどなど。正直、ネットに占いの通信教育が載っていたが、そこに使うお金などない。独り身の自分には、そんな余裕はない。
富子は考えた。独学でやってみようと。書店から占いの本を買いあさって、どの占いにするかを決めかねていた。易占いだとなんとなく、難しそうだし、それは、四柱推命も同じだった。星占いもアセンダントだの語彙がよくわからない。結局、タロット占いに落ち着いた。もちろん、タロットもカードの意味を覚えたりしなければならない。占い方も色々ある。以前、契約社員で勤めていた頃、同僚に佐藤さんは、相談に乗りやすいし、話し方が温厚だからと言われた。占い師はある意味、カウンセラーのようなものだと思う。タロット占いの本を読み漁り、自分なりの方法で占い方法を習得した。
まずは手っ取り早く、大学時代の友人の一人、百合子に占いの実験台になってもらうことにした。専業主婦の彼女は、子供がすでに大学生になっていて、時間にもゆとりがあった。
「占い? 懐かしいね。いいよ、占って」
富子は手際よくタロットカードをシャッフルして、三枚のカードを展開した。過去・現在・未来を占うオーソドックスなものだ。百合子の相談事は夫とのことだった。このまま結婚生活を続けていくべきか。なかなかヘビーな相談だった。それは半分冗談かと思っていた。過去は太陽のカード、意味は幸せな結婚。確かにそうだった。同じ職場の同僚だった夫との恋愛結婚。彼は優秀な営業マンだったし、容姿もよくて、人が羨む結婚だったはずだ。
「あら、当たってるじゃない。すごい、すごい」
百合子はおどけて笑った。
「現在は、えっ? 塔(タワー)のカードが出てる。トラブルがあるの?」
富子は占い師の顔になっていた。いや、なったつもりで……。
「またまた、当たっているね、実は旦那が浮気しててね」
百合子は苦笑いしていた。
「そうなの? それは大変じゃない。ドラマみたいだね」
富子はやはり、人には平等に不運も訪れるのだと思った。自分は確かに彼氏もいないし、結婚もできていない。これからする感じもしないのだが。でも、浮気されて一緒にいるのも、自分だったら、無理かもしれないと感じたのだ。
「最後のカードは、隠者かあ。哲学的な考えを持てとあるわね。分別を持った行動をすべきとあるわ」
「すぐには結論は出せないからね。ありがとう。参考にする」
百合子はまっすぐに富子を見た。
「占い師なんて、いわゆる職業といっても、安定しないから、ギャンブルみたいなものね」
その言葉は富子の心にグサリと刺さった。安易に気まぐれで決めた仕事と思っているのだ。自分は真剣だった。今までやりたいこともせず、我慢して、挙句の果てに首切りなんて。成功してやる! なんて思えないけど、自分の思う通りにやれるのだから。
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