「疑心暗鬼」
―部門長会議のあとで
「オオツカ・ケイにフリーダム関与の疑惑ですか……」
生産管理部門長のデイブが、私の言葉に続けた。
「そうだ。異常対応部門実務課から、そういう主旨の報告を受けている。君は彼のデスクの横だが、何か気づいたことはあるかね」
「彼が窓口応対課に配属されてから2ヶ月ほどしか経っていませんので、そこまでの異変というものを感じたことはありません。ちなみにですが、異常対応部門実務課がそのように報告してきた根拠は何でしょうか」
「ひとつ目にクラリス教授のもとで学んでいたということ。ふたつ目は東亜S区域において、フリーダムの活動が見られなくなっているということだ」
「前者に関しては理解できますが、後者に関しては、オオツカがフリーダムに関与しているとするのは、無理があるように思います。東亜S区域では、昨年ビッグ・マム主導による掃討作戦が行われており、フリーダムの活動が見られないのは、自然なことではないでしょうか」
「だからこそ、だそうだ。フリーダムは再起を図って何かを仕掛けてくる、というのが報告の根拠だ」
部門長デイブの言葉には、報告内容に対する信頼と疑念が感じられた。
私も同じ気持ちだった。
同じオースタニア議会職員として、活動しているからこそ、他の課の報告内容は信頼している。だが、オオツカがフリーダム再起のための行動をしているようには、全く思えなかった。
しかし、我々には守らねばならない生産計画がある。そのためには……。
「どんなに小さな可能性であれ、ゼロでは無いかぎり、議会の活動調整によって定められた生産計画を脅かすものとして、排除する必要がある……」
私がそう言うと、部門長デイブがゆっくりと頷いた。
「そのとおりだ、ナナミ。おまえはオオツカの周囲を当たれ、オオツカ・ケイ本人には、異常対応部門実務課が徹底的に調査する手はずになっている。6月20日。この日までに、一度まとめて、私に報告して欲しい。頼むぞ」
「わかりました」
私は小さな疑念の中、そう言った。
―O議会歴275年6月19日
東亜N区域庁があるリッセン区は賑やかな町だ。オースタニア議会が整備した鉄道のほとんどがこの町を通ることも理由にあるが、他にも区域大学、区域大型商店、公営住宅地などがあるリッセン区は、東亜N区域の中で、もっとも文化的な町といえるだろう。
それに対して、フクキ町は過去には酒造産業で栄えていたが、オースタニア議会が一括して、酒類を製造するようになってからは酒造産業が衰退し、人が離れていった。
残ったのは老人と相互扶助の小さなコミュニティだけだった。
ある人は言う。フクキは終わったと。
しかし、私はそうは思わない。
あるコミュニティに属すること、それは自分の自由意志と責任において、行われることだ。
その時、コミュニティに「何故」属しているかは問われない。
コミュニティに属するということは、コミュニティ内部の役割を担う存在になる。それがコミュニティにおける役割としての理由を提供し続けるかぎり、人々はコミュニティに自由な選択で入り、役割を遂行する「ノーバディ」(理由を喪失した存在)になる。
その意味で、私と同じ存在が、今も、そこで生活をしている。
私もオースタニア議会に「何故」入会したのかは分からない。
ただ、今の仕事が、議会職員としていることが、「何故」の理由を提供してくれるのだから。
フクキ町とオースタニア議会はどこか似ている。だから、「終わった」なんて思えない。
「次はフクキ、次はフクキ。お忘れ物のないように、今一度身の回りをご確認ください」
電車のアナウンスが流れる。
私と同じように電車内のシートから立ち上がり、降車の準備をする人が、素数の散らばり程度にいた。
無人運転化された電車は駅に進入し、完璧な減速を行い、乗客に有人電車特有の停車時の揺れを感じさせなかった。
空気が抜ける音。ガコンッ。
車両の扉が開く。
ぞろぞろと乗客が降りていく。私も流れに従い、フクキ駅に降りる。
灰色。コンクリート。錆びた鉄。
フクキ町は酒造で栄えていた時は、木造の建物が多くあり、オースタニア議会が2年に一度配布する『ご当地グルメリレー 完全版』で、上位50位以内にランクインする町だった。
その当時の面影はもう無い。
議会主導で進められた官営工場が次々と建設され、労働者の寮が急ピッチで建てられた。結果、フクキ町は色を失った。
だが、これも全てはビッグ・マムのご判断である。そこに「何故」は無い。
私はフクキ町にある女性に会いに来た。
当初、オオツカ・ケイの両親を調査したが、オオツカがオースタニア議会に入会してからは、互いに連絡を取っていないことが、通話履歴や移動記録などから判明している。
両親は自由思想派ではあるが、フリーダムに関わった形跡はなく、関係がないことも同様に確認済みである。
残されたのは妹のオオツカ・ナオミ。
彼女は区域N大学予備校に通っている。だが、区域N大学のクラリス教授の講義にのみ、出席していることが分かっている。
予備校の学生が大学の講義に出るのは問題ないが、明らかに兄であるケイを意識した行動であると私は判断した。
そこで統計では記録されない、数値化されていない情報を探るために、単身、フクキ町へとやってきた。
携帯型通信端末「フォンス」に連絡が入る。
〈ナオミはカフェに入店。場所は……〉
異常対応部門実務課の力を借りて、ナオミの行動は逐次、確認している。
「カフェか……」
そう呟いて、表示されている位置情報を目指して、歩きはじめた。
そう言えば、ここ最近は息抜きをしていなかったな……。できれば、シャキッとするエスプレッソでも飲みたいものだ。
灰色の中、何色にも染まらない黒のスーツを身に着けて、私はウンザリしない言葉を思い浮かべていた。
ディストピアの管理者たち カンザキリコ @kanzakiriko
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