第9話 脱地獄

 「この施設は孤児院だった。何十年か前にwseoの偉いさんが、ここの孤児院の子どもに目を付けた。当時クズハキの数は少なくて、ダストの駆除が追いついていなかった」


 少年は聞こえてくる声を無視するように、所々削れた石の天井を眺めながら、ベットで寝転ぶ。


 「希望する孤児院の子どもたちには、クズハキとしてのノウハウを叩き込んだ。幼い頃から技術を吸収した子どもは、優秀なクズハキに成長した。中でもギフトを持つ子どもは、より優秀なクズハキになった」


 少年は流れる声を無いものとして扱い、寝返りを打つ。冷んやりとする石の壁に体を向け、片耳を枕で閉鎖する。


 「やがて優秀なギフトを持つ子どものみを、求めるようになった。いつしか身寄りのない子どもを保護する、孤児院としての機能を失い、優秀なギフトを発現する可能性の高い子どもを、攫うようになった。ここで暮らしてる子どもの、7割は外から攫って来てる」


 少年はうつ伏せになり、枕に顔を埋める。もう自分の匂いのする枕で顔を休ませ、声から耳を背ける。


 「その結果、強力なギフトを持つクズハキが増えて、ダストの駆除はスムーズに行われるようになった。だが、当時は別の問題が大きくなっていた。それがギフトを悪用する、犯罪者たちだった。そこで今度は人の正しい殺し方を、幼い頃から教え込んだ。それがこの施設の生い立ちだ」


 「ふーん。で、何?別に僕、そんな話を聞かせてくれなんて、頼んだ覚えないんだけど」


 少年は枕に顔を埋めたまま言う。檻の中から聞こえる声は、枕に阻まれてこもっていても、不貞腐れていることはハッキリと伝わる。


 「退屈だろ?憂鬱な気分になって、自殺でもされたら困るからな。...いや、お前には縁のない話だな」


 檻の前に置かれた、椅子に座る傷の男は言う。

 

 「はぁ?僕はとっくの昔から憂鬱だよ。オッサンに脅されて、人を殺した日からね」


 「自分が死ぬことを全く想定していないバカ共には、死の緊張感を持ってもらわないと困る」


 「意味分かんねぇよ!何で僕がこんな場所に、居なくちゃいけないんだよ!檻に入ってから何週間経った!?」


 少年は勢いよく起き上がり、不満を溜め込んだ声を爆発させ、檻の外で自分に背を向けて座る、傷の男を睨む。


 「うるせえな。まだ3日しか経ってねえよ。お前はリラックスして、寝てればいいんだよ」


 「リラックス出来るわけないだろ!向かいの檻の中に、いつでも僕を殺せそうなデカい銃と、人がいるんだからさ」


 少年が訴えて指を向ける先には、床に設置された銃。銃口は少年に向けられている。

 女はベッドに深く腰掛けて、浮いた足をプラプラと揺らしている。檻の入口は開いていて、出入りが自由な状態だ。


 「あれは、もしもの時にお前を殺すための銃だ。で、アイツは俺の同僚」


 「よろしくね」


 傷の男に紹介された女は、少年に微笑みを送る。


 「何で僕を殺す準備されてんの?」


 「お前の父親が偉いさんと揉めて、wseoを抜けたから。それに相手は、黄道十二星座のアルデバラン。今のwseoの実質的な支配者だ。因みにさっき話した、ここの施設のシステムを作ったのも同じ人だ」


 wseoとは、年々増加していくダストに対抗するために、互いに他の国々と協力することを目的として設立された組織。wseoには、多くのクズハキが所属している。

 ダストを駆除する体制が整っている国は、ダストを駆除する体制が整っていない国の、支援に行くことがある。


 「え?じゃあ、僕の父さんはもうクズハキじゃなくなったの?」


 「そうだな。今はただの元犯罪者だ。いや、犯罪者に戻ったみたいなもんか。俺はお前に話したよな?お前の父親がクズハキになる前、何をしていたか」


 「...うん」


 「お前は人質だ。父親の自由を制限するための。姿を消したお前の父親に、やりたい放題されたら困るからな」


 「え?じゃ、じゃあ、僕はいつになったら、ここから出られるんだよ!?」


 「お前はどのみち出られないよ。今後の人生で、自由はもう二度と手に入らない。お前自身のギフトのせいでな」


 「あっそう」


 ため息を吐くように呟いて、少年は枕に頭を預ける。檻に入れられてから、何度もした質問を、今日で少年はやめた。どれだけ自分のギフトを聞いても、絶対に教えてもらえなかった。少年は眠りにつくように瞼を落とす。


 「お前の父親が、wseoから消えて俺は嬉しいよ。そもそも力があるからって、犯罪者を迎え入れるなんて間違ってたんだよ。マイナスはプラスじゃ補えない。どれだけ命の危機に瀕した人を救っても、過去に人を殺した罪が消える訳じゃない。罪は滅ぼせないし、償えないんだよ」


 傷の男は、少年の耳に言葉を入れ込むように、檻の方へ首を向け憎悪を込めた声で話す。


 「アンタには否定する権利も、理由も十分にあるよ」


 少年の向かいの檻で、くつろぐ女が言う。傷の男は振り返り、背もたれに寄り掛かり足を伸ばす。


 「ああ。しかし、wseoはこのガキを手放す気はないだろうな。コイツがいれば、月見里家やまなしけがデカい顔することも、出来なくなる」


 「代々受け継がれてきた月見里家のギフトの、上位互換みたいなギフトだもんね。...やっぱり、少しでも血が混ざってると、似たようなギフトが発現するんだね」


 「そうだな。コイツの祖母は...」


 傷の男の言葉を遮るように、それは鳴り響いた。サイレンだ。サイレンが施設中に響き渡る。傷の男が勢いよく立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。


 サイレンに驚かされた少年は、飛び起きてベッドの上で立ち上がる。それより早く、正面の檻の中の女が血相を変えて、設置されている銃の引き金に指を掛ける。

 向けられた銃口に従うように、少年の体は動かなくなる。ベッドの上で立ち上がったまま、固まる少年は歯を食いしばって目を閉じる。


 少年の耳に飛び込んで来たのは、二発の軽快な銃声。目を開くと、目の前には二人の男の姿があった。少年が口をポカンと開けていると、1人が目の前から消える。残った男が振り返る。


 「おじさん!」


 少年の目に、見覚えのある盲目の男が映る。 

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