春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり (『古今和歌集』・よみ人しらず)
白亜
短編
海を見ていた。ぼくは独りだった。
いつからそうだっただろうかと考えてみるが、よく分からなかった。
もうずっと、そうだったのかもしれない。
海面は世界を映す鏡のように
どんよりと暗く、静かで、美しかった。
ふと隣にいる君をみると、またもや変なカオをしていた。
ぼくには君の表情がよめないのだ。これからも、きっとそうなのだろうと思った。
あぁ、辟易。
君は海に入ってみたいと言った。
入ったことがないの、と。
そりゃあそうだろう、だって君は……。
ぼくは止めなかった。まあ、頷きもしなかったけれど。
それでいいと思ったんだ。君の墓にこれ以上ふさわしい場所は無いと思った。
無理にでもそう信じたかった。
だって。歩きだした君を引き止めてしまえば、それこそ絶望じゃないか。
でも。
それでも、君のアシが水に触れるその瞬間は、
「待って」が食道に詰まって苦しかった。
吐き出しも飲み込みもできないまま、ただ見ていた。
君は振り返ることなく二歩進み、
三歩目として踏み出したアシが着地するより先に、音と光を放って崩れていった。
灯台もない小さな海辺。
新月の今夜、光は君だけだった。
これで、本当にひとりになってしまったと思った。
3月にしては暖かい日だった。 汗で冷えた身体に、新しくべつの汗がつたう。
生ぬるい海風が、ぼくをしつこく撫で、波を高くした。
春はくるか?と頭の中で問いかけ続けている。
波が荒だってきて、
勢いを弱めることなくビリビリと光っていた君の部品をさらっていこうとした。
結論は出た。
この汗を洗い流してしまえるのならば、
塩水でも構わなかったから。
春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり (『古今和歌集』・よみ人しらず) 白亜 @hakua_89
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