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朝陽が反射した看板に、ロイズ保険会社と書かれていた。
その下の入口から、詞が中に入ろうとした時だった。
「ストップ、チャイニーズ」
ガードマンが、制止した。
「いえ、私は、その。アイ・アム・ア」
動揺して、詞はしどろもどろになった。
「シャラップ!」
詞を不審者と思い、ガードマンは警戒した。
「コトバさん」
そこに紳士が現われて、ガードマンに頷いて見せた。
承知したとばかりにガードマンは、詞を中に通した。
奥にある応接室に、二人は待機した。
「ところで、一つ伺いたいのですが。どうして、ダニエル氏がここに来ると分かるのですか」
詞が、聞いた。
「僕が呼んだからです」
と言って、紳士はテーブル上のロンドン・タイムス以下数紙の連絡欄を指差した。
そこには、ダニエル死亡に対して保険金受け取り可能の告知が記載されていた。
「昨夜、各新聞社に無理を言って載せて貰ったのです」
あっさりと、紳士は言った。
「でも、今朝来るとは限らないのでは」
詞は、疑問を呈した。
「警察の捜査結果次第では、事件に発展するかも知れないと焦っている筈です。今すぐにでも保険金を手にして、姿をくらませたいでしょう」
紳士が、答えた。
そこに、ガードマンに案内されて女性が応接室に入って来た。
「通知を受けて来たのです。部外者は出て行きなさい」
ヒステリックに女性は人払いを指示した。
「まあ、落ち着いて下さい。通知とはこの事でしょうか、奥様」
穏やかに言いながら紳士は、新聞を取り上げた。
「そ、そうよ」
女性は、答えた。
「これは、僕が出した物です」
紳士は、言った。
「何を馬鹿な」
女性は、抗議した。
「ダニエル氏はどこですか」
紳士が、詰問した。
「証拠でもあるの」
額に青筋を立てて、女性が言った。
「古美術品として入手したミイラを使って、自分が死んだように見せかけるために、具足を防火服の代わりにしながら朝、皆が起きる頃合いを見計って店に放火する。通行人がドアを破って入って来たが、火を消すには人手がいるので外に応援を呼びに行く。そのドサクサに具足を脱ぎ捨てて逃走する。その後で、自身に掛けた保険金を受取に来る。自殺だと保険金がおりないので、あたかも殺されたように見せかけた保険金詐欺です」
紳士は、真相を究明した。
言葉を失って、女性がうな垂れた。
「後は君達、警察の仕事です」
紳士が、隣室に待機していた警察官に合図を送った。
出て来た警官等によって、女性は確保された。
その後、潜伏していたダニエル氏も逮捕された。
「それにしても、なぜこの事件が偽装殺人だと思ったのですか」
詞は、聞いた。
「それは、あなたのお陰です」
紳士は、言った。
「私の」
詞は、問い返した。
「そうです。事件現場にバラバラにあった物が甲冑と分からなければ、僕の推理の働く余地も無く、この事件は迷宮入りしたかもしれません」
紳士は、言った。
「そんな」
頭を?きながら詞は照れた。
翌日のロンドン・タイムスに、ミイラ殺人事件解決の功労者として、詞の写真入り記事が掲載された。
港。外洋船が就航準備をしていた。
「一躍、有名人になりましたね」
紳士は、言った。
「まるで、私一人で解決したような結果になってしまって…」
済まなそうに、詞は答えた。
「もう少し、ここに留まって僕の仕事を手伝って貰いたかったです」
残念そうに、紳士は言った。
「教わった推理術と英会話を母国、日本で役立てたいと思います。
お名前をまだ聞いてはいませんでした」
詞は、言った。
「名乗るほどの者ではありません。ただ頭の片隅に、少しだけ僕との思い出を残してさえして頂ければそれで良いのです」
紳士は、言った。
〝ボーッ〟
出港の合図が鳴った。
詞が、船に乗り込んだ。
捜査通訳士として活躍するのは五代先の子孫で、それから百年後の事であった。
―END.
通詞侍 不来方久遠 @shoronpou
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