肉体と記憶

伊吹

肉体と記憶

生まれた時から心臓が弱かったので一年の半分を病院で過ごしていた。15の春に機械の心臓に取り替えてから私は自由に駆けることを知り、一日中寝たきりでいることもなくなった。私はいたく感激して、3年の兵役に就いた後、医学部に進学してその後軍医になった。軍は軍でも軍医であることに両親は少々ガッカリしたようだった。


妹は兵役後正式に陸軍に入隊した。恐ろしく有能だったためすぐに特殊部隊に抜擢され、自分の背丈ほどもある銃を背負って戦線に赴いた。時は冷戦の最中、北と南が世界地図の中で陣を取り合っていた。治安維持の名目で、取っ手のように大陸にはりつく東の小国に派遣され、1年後に帰ってきた時には両脚がなかった。


冷たい川の中を何時間も歩いたため凍傷になり、切り落とさなければならなかったのだという。除隊するのかと聞くと、いやまだだという。妹は機械の脚が出来るとすぐに軍に戻り、今度は西の小国の内乱を鎮火するために飛び立った。そして同じ部隊にいた岩という名前の大男と結婚した。


それから2年ほど音沙汰がなかったが、爆風に巻き込まれて左腕を失って帰ってきた。除隊するのかと聞くと、いやまだだという。そして空という女が自分と一緒に爆撃を受けて死んだので、その機械の脚を自分のものと交換してほしいという。空の背丈は妹と同じくらいだったので私は了承し、妹の脚と付け替えた。


妹は脚と腕をつけると今度は南に飛び立った。戦争に行く度に妹は肉体を失っていった。妹は失った肉体を、死んでしまった友の機械の身体にどんどんつけかえた。妹は肉体だけでなく精神までどんどん変わっていってしまっているように見えた。そして、付け替えた身体から、友の記憶が見えるようになったと不思議なことを言った。それが本当なら、他人の人生を覗いているようでなんだか怖いなと思ったが、妹には言わなかった。


その内に岩が感染症で死んでしまったので、岩の左腕を自分の腕と付け替えて欲しいという。岩と妹ではまったく体格が違うので、肉体に合わないよと私は止めたが妹はきかなかった。人間は生まれた時から死ぬことが決まっているので辛くはない、けれど愛する人のことを忘れてしまうことは耐え難く辛いのだと懇願した。


仕方がないので私は妹と岩の腕を付け替えた。術後に目が覚めた妹に、調子のほどを聞くと、岩が不貞を行なっていたことが見えたと言う。自分と会えない間に空と会っていたのだと言って泣きながら笑うので、悲しいのか嬉しいのかどちらなのかと聞くと、自分でももう分からないのだ、そんなことはどちらでも同じで、全然大したことではないのだと言った。


その後妹は地球の裏側に飛んで行った。ふっつりと行方が知れなくなり、次に帰ってきたのは何年も後のことだった。何度も負傷し大量の出血を繰り返したせいで、心臓が弱り切って肥大化し、このままではもう兵役についていられない身体になっていた。今度こそ除隊するのかと聞くと、いや、しない、と首を横にり、心臓を機械に取り替えてくれという。


妹は、友も旦那も戦場で死んだので、自分も戦場で死ぬのは当然のことなのだと言う。そして、この機械の心臓だけは、もう死ぬまで誰とも交換しないので、自分が死んだら私につけて欲しいと約束させられた。妹は、人間は生まれた時から死ぬことが決まっているので恐ろしくはない、けれど愛する人に忘れられてしまうことだけは耐え難く恐ろしいのだと言う。


その後すぐに妹の訃報が届いた。敵に包囲され爆弾を飲み込んだという。様々な手続きや葬いなどで慌ただしく過ごした数ヶ月後、私はまだ決断しかねていた。その人生のほとんどを戦場で過ごした妹の心臓を受け入れることを…。

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肉体と記憶 伊吹 @mori_ibuki

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