7. 赤金の衣が君色隠す

「司!」


 光に包まれる瞬間、指先に触れていただけの司が、霊力の余波に流されて遠くへ行ってしまいそうになるのが目に映った。

 霊力の大半を司に注いだことで身体の力が抜けていく感覚を覚える中で、夢璃は目を瞑りながらも何とか身体を動かそうとする。すると……。


「ぼくも、夢璃と一緒に生きたい!」


 二度と聞くことが出来ないと思っていた聞き慣れた声が、夢璃のすぐそばから聞こえてきた。


「ぎゃあああ!!」


 幻聴かと思った直後、夢璃を捕らえていた椿の根が切り裂かれる。同時に、日葵の叫び声も響いた。

 恋焦がれていた声が聞こえてきたことと、何が起きているのか分からない不安感に動揺する中で、支えを失った夢璃は倒れそうになる。

 その寸前に光が収まり、夢璃は何者かに優しく身体を抱きしめられた。


「だから、夢璃が憂う悲しみを、ぼくの衣で覆い隠してあげるんだ……!」


 慣れない温もりに夢璃が硬直していると、今度はハッキリと司の声が聞こえてきた。

 夢璃が恐る恐る目を開けると、透き通るような紅の髪の青年が、皮膚の一部に赤金色の鱗を纏い同色の衣を鮮やかに靡かせ、心配そうに彼女を見つめている。

 人間であれば耳となる部分にはひれがついており、手には水かきがあることから、彼が人化したあやかしであることは明らかだ。

 何より、金魚の面影を残す彼は間違いなく……。


「つ、司なの……?」

「そうだよ」

「死んだんじゃ、なかったの?」

「仮死状態になっていたんだ。心配させてごめんね……泣かせるつもりはなかったんだよ」


 初めて遊び終えた後のように……けれどもその時とは違い、切なく恋焦がれるように。司は金色の瞳を潤ませ、泣かせてしまったことを謝る。


「司が生きてくれていて、良かった……!」

「夢璃がぼくと一緒にいることを強く願って霊力をくれたから、前に進もうと思ってくれたから、だからぼくは人化できたんだ」


 夢璃が司を抱きしめ返す。夢璃の瞳からポロポロと零れていく嬉し涙に、司が優しく唇で触れた。


「ずっと、こうしたかった……。ガラス越しじゃなくて、直接夢璃に触れたかったんだよ」

「……やっと、触れ合えたね」


 人型の司から向けられる親愛の込められた慣れない行為に恥ずかしさを覚えるものの、夢璃は不思議と嫌とは感じずにいる。

 むしろ、嬉しさで心が浮き立つ予感を覚え、微笑んだ。


「ああああ!! 夢璃ぃッ!! あんた何をおッ!!」

「日葵……」


 怒りに包まれた日葵の声があたりに響き、夢璃は肩を震わせて振り返った。

 それまで夢璃を拘束していた椿の根に捕らえられた日葵は、顔を真っ青にし、息も絶え絶えに夢璃を睨みつけている。

 そして、池の周囲で夢璃が犠牲になるさまを観賞していた両親を含む親族たちも、地面に伏していた。


「まさか……」

「夢璃やぼくたちにやろうとしたことを、お返ししてやったんだよ。……威力は低いから死んでないけど」

「良かった……」

「これまで夢璃にやってきたことと……ぼくにしたことも思い出すと、仕返しし足りないけど……。あやかしと人間が表立って争うことは、避けた方が良いでしょう?」


 血が繋がりながらも冷血な態度を取られていた相手へと気を配る夢璃に、司は不満そうに呟いた。


「妹は相当霊力を奪われたみたいだから、回復は絶望的だと思うよ。術師としての未来もね」


「自業自得だね」と言って、司は夢璃の瞳に日葵を映さぬように、赤金色の衣で彼女の目を塞ぐ。


「夢璃、あやかしの暮らす国に一緒に行こう。今まで出来なかったことを、めいっぱいやろうよ」

「……うん!」


 夢璃の未来への期待感に満ちた答えに、司が微笑み優しく手を引く。脱力気味の夢璃は意図せず司の胸に飛び込んでしまい、顔を赤くした。

 そんな夢璃に対して、司は少し不安そうに問いかける。


「大好きだよ、夢璃。……夢璃は?」

「私も、司が好き。司が死んだと思ったとき、思い出がなくなるかもしれないって思ったとき……。司のことが好きだって……ずっと一緒にいたいって気付いたの」


 真っ直ぐに愛を伝えようとする司に、夢璃は照れくささを感じながらも真剣に答えた。


「だから、一緒に生きよう」


 池に浮かぶ椿は、夢璃と日葵の霊力によって満たされ、紅一色へと染まっている。

 初めて姉妹の霊力が合わさったと同時に、決別の証となって咲き誇るそれは、金魚のあやかしと虐げられた少女の新たな門出を祝っているようでもあった。


 微笑んだ司が赤金色の衣で優しく守るように夢璃を包み、水中へと誘う。

 底があるはずの池はいつの間にか別の空間と繋がり、彼らは奥深くへと泳いでいく。

 水中で呼吸を堪えようとする夢璃の唇に、司が優しく触れた。


『夢璃、ぼくたちはずっと一緒だよ』


 司の赤金色の衣が、地上から差し込む光に照らされて美しく輝きながら水に靡く様子は、彼が魚の姿をしていた頃と何一つ変わらない。

 ただひとつ、違うのは……ガラスを隔てた先にいた夢璃が、彼の腕の中で抱きしめられていることだけ。


~了~

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【短編】赤金の衣が君色隠す ~一族のために犠牲になれと言われた名家の姉は、金魚のあやかしに溺愛される〜 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin

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