第6話

次に目が覚めたとき、私は家で寝ていた。


 最後の記憶は、あのお店でストロベリームーンを見ながらカクテルを飲んだところまで。


 酔っぱらって帰ってきてしまったのかと思って、バーテンダーさんに迷惑をかけていないかと慌ててお店まで向かったけれども……。


「あれ? バーが、ない……?」


 昨日バーがあったはずの場所には、時間貸し駐車場があった。


 ううん、違う。

 私の記憶が正しければ、そこは最初から駐車場で……。


 じゃあ昨日のバーでの出来事は、夢だったのかな……。


 駐車場を前に呆然としていると、不意に声をかけられた。


「バーテンダーさん!!」


 振り返ると、私と同年代くらいの見知らぬ男性が、駐車場と私を見比べて目を丸くしていた。


「わ、私はバーテンダーじゃありませんけど……?」

「す、すみません! 昨日のバーテンダーさんと同じ服を着ているので、つい同じ人かと……」

「バーテンダーの服……?」


 彼の言う通り、私は昨夜バーで貸してもらったバーテンダーの衣装を着たままだった。

 ということは……。


「昨日のバーは夢じゃなかったの?」


 混乱していたので、つい考えが口に出てしまったらしい。

 好奇心を抑えきれない様子の男性が、私に問いかけて来た。


「あの、突拍子もないことをお伺いするのですが……。昨日こちらにバーがありませんでしたか?」

「あ、ありました!」

「やっぱり!? ありましたよね!」

「私、そのバーでこの服を借りていたんです……!」

「じゃあ僕たちがここで見ていたのは、何だったんだろう……」


 そう言えば、衣装を借りたときにバーテンダーさんが言っていたことを思い出した。


『服はあげるよ。きっと返してもらう機会はないと思うから』


 それはまるで、翌日のこの場所にバーが存在しなくなることを、あらかじめ知っていたからのようで……。


「あの……。昨日のバーのことで気づいたことがあるので、聞いてもらえますか?」

「あ、えっと……お願いします! 僕も何がなんだか分からなくて……」


 最初は私からの提案にびっくりしていた男性だけれども、昨日のことが気になってしかたがなかったらしい。

 私たちは近くにあったカフェで、昨夜の出来事の情報を交換した。


「昨日は彼女に振られてしまって……。落ち込んでいたところを、バーテンダーさんが励ましてくれたんです」


 彼は、私と同じくらいの時間にバーを訪れたと言う。

 彼を出迎えたのは女性のバーテンダーさんだったらしい。

 きっと、私が今着ている衣装の持ち主なんだろう。


 私たちは同じ時間に、同じ場所にいたはずなのに……。

 どうして店内で出会わなかったんだろう。


 それに、バーがなくなっているのは、どうして……?


「起きたら家にいたので、改めてお礼を言うと思ったんですが……」

「実は私も同じなんです」


 そこまで話して、私はハッとした。

 バーテンダーさんからカクテルをもらったとき、こんなことを言っていた気がする。


『これを飲むお客さんにも新しい恋が訪れるよ』


 まるでバーテンダーさんには、こうなることが分かっていたようで……。


「昨晩のバーについて考えたんですけど、不思議なことを言ってもいいですか?」

「はい。もう十分不思議な出来事に遭遇しているので、不思議体験の共有者としてのご意見を知りたいです」


 そう言って微笑む男性に、私はほっとする。


「もしかしたらあのバーは……」


――新しい恋を実らせる、ストロベリームーンの神様のお店だったのかも。


 なんてことは恥ずかしくて言えないので、少しだけ控え目に伝えることにした。


「神様のお店だったのかもしれないって、思いませんか?」

「そうですね。僕たちくらいはそう思っても、良いと思います」


 そう言って、私と彼は自然と微笑みあった。

 この人となら、気が合いそうな気がする。

 そうだ。次はいい人がいたら積極的に行こうって、昨日決意したんだ。


 グラスの中の氷が解けて響いたカラン……と言う音が、まるで私を勇気づけてくれる合図のように感じられる。


 そうだ。昨夜口にしたストロベリームーンの恋のスパイスの感覚を思い出だそう。


「「あ、あの……」」


 勇気を出そうとしていた私の顔は、きっと真っ赤になっていたのかもしれない。

 目の前の彼も、似たような状態になっているから。

 そんな風にお互い似たような状況だからか、私たちの声は被ってしまったんだろう。


 どうぞどうぞと譲り合っているうちに、またお互いおかしくなって二人で笑い始めた。


「ふふ、私たち気が合いそうですね」

「僕もそう思っていたんです」


 一通り笑いが収まると、私と彼は顔を見合わせて再び微笑んだ。


「あ、あの。こんなこと言うの、急だと思うんですけど……」


 また、彼と私の目が合った。

 ドキドキと心臓が鳴っている気がする。


 この人と話していると楽しくて、もっと一緒に話していたい。

 目の前の彼も、そう思ってくれているのかな。

 そうだと良いな……。


「良かったら僕とお付き合いして頂けませんか?」

「! はい! お願いします!」


 彼も同じことを考えてくれていたことが嬉しくて、とびっきりの笑顔を見せる。

 すると、彼も嬉しそうに微笑んでくれた。


 私たちはカフェを出ると、二人で空を見上げる。


 雲一つない真昼の青空には、昨日バーで見たストロベリームーンは浮かんでいないけれども……。


 私たちを繋いでくれた恋の神様に、そっと、ありがとうを告げた。


~了~

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ストロベリームーンのスパイスを、グラスに浮かべて 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin

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