前編

第1話 地球防衛隊(株)

ピーターは今朝の出社一番、課長に呼び出された。

たぶん、昨日の帰り際に、課長が目の下にくまを作りながら仕上げた資料にハッピーターンとココアをぶち撒けてしまったのが原因だろう。


パソコンにデータは残ってるんだから、別にいいじゃないですか。それとも、ぼくが毎日オフィス用パソコンでガンプラの調べ物をしているのがバレてしまったというのか。

検索履歴というのは厄介なものだ。パソコン本体のキーボードと、ブラウザと、Go◯gleの顧客学習AIから全ての痕跡を抹消しなければどこかで足がつく。

たぶん、それのどれかを見逃した。


「ピーターくん、ロボットが好きかね?」

「はい、好きですけど、課長のことはもっと好きです。」

「そうか。」


課長はデスクの上でガッチリと指を組んでいる。

もう助からないかもしれない。


「…キミは『地球防衛隊』を知っているか?」


唐突に話を切り出された。

社内でときどきその名前が上がることはあったが、オフィス内で実際にその仕事をしている人はいないので、あまり詳しくはない。


「えっと…よく知らないです。」

「素晴らしい…いや、残念だ。あれほどキミに最適な仕事を知らないとは。」

「ぼくに…最適…?」


課長は椅子の背もたれに体重を預け、腹の上でまた指を組み直す。


「我が社『コスモワークス』がロケット開発以外に任されている、超重要極秘業務だ。実は先日、そちらに出向していた社員が1人辞めてしまってね。協働事業者との契約で、すぐに代わりを送らねばならない。無知で…いや、フレッシュな!役職の低い…いや、伸びしろのある!若者を!ちょうど探していたのだよ!」


ガッ!と椅子を引いて立ち上がると、課長はピーターの肩に手を置いて、耳元で囁いてきた。


「ロボットの操縦……できちゃうよ〜…?」





そんなわけで、荷物をまとめさせられたピーターは、翌日いつもと違うオフィスにやってきた。


まあ、悪い話じゃない。

もともとピーターはロボやマシンが大好きでコスモワークスに入社したわけだが、ロケット開発といっても細かい部品や資料作成ばかりで、ロケットのの字も拝めない仕事だったのだから、特に未練はない。

それよりも、自分でロボの操縦ができるなんて、今度はおいしい職場じゃないか。

自宅の机に並べてあるピカピカのプラモデルがでっかくなって意気揚々と動き出し、怪獣をパンチやキックでなぎ倒す様を脳裏に思い浮かべたピーターは心躍らせた。


『地球防衛隊(株)』


そう書かれた表札の下にある手動ドアを引いて建物の中に入ると、そこはこぢんまりとしたオフィスに、客人用のソファが置いてあるだけの、簡素な空間だった。


「いらっしゃいませ。」

こちらに気付いた眼鏡の女性が、受付にやってきた。

「一般の方ですね。クレームはこちらの窓口で、損害賠償請求はそちらの用紙にご記入ください。」

「損害賠償…?いえ、ぼくはここに配属されて来ました。新人のピーターです。」

「新人…?」

お姉さんが眉をひそめると、奥で赤いジャケットに身を包んだ白髪のおじさんが立ち上がった。

「あっ、すまない!今日はジョセフの後任が来る予定だった!今朝バタバタしてて、伝え忘れていたよ。」

おじさんは急いでこちらにやってくると、ピーターに挨拶した。

「隊長のハンスだ。キミがピーターくんだね?早速で悪いのだが、今日は『大型』の襲来スケジュールが入っていてね。私とカールはこれから現場に向かうから、見学に着いてくるといい。」

「え、もう今からですか。」

「奥のロッカーにイエローのジャケットがあるから、それを着てきてくれたまえ。」


ピーターは案内された更衣室に入った。

どのロッカーか教えてくれなかったので、手当たり次第にガチャガチャやっていると、2つだけ鍵が閉まってないものを発見する。

最初に開いた方は、中にピンクのジャケットと、「L.O.V.E!レナード!」と書かれたキラキラの団扇うちわ、タオルが祀られていたのですぐ閉めた。触れなければ祟られないはずだ。

イエローが入っていたのは、もう一方のロッカーだ。



ジャジャ〜ン!

言われた通りジャケットを着てオフィスでお披露目すると、ハンスさんにションボリの顔で言われた。

「うん…デカいな…。」

まあそうなのだ。袖も裾もちんちくりんだ。

「前のイエローは身長190cmあったからな…。」

「あー…私の使います?今日は事務だけなので、貸しますよ。イエローは今日中に縫ってサイズ合わせとくので。」

お姉さんはそう言って、自分のロッカーから例のピンクジャケットを出してきた。

「ロッカーの鍵閉めるの忘れてたわ…。はい、ピーターくん、これね。」

ピーターは不本意にも予見済みのジャケットに腕を通す。胸のあたりになぜかネコチャンの刺繍が施されているが、どう見ても素人仕事だ。自分で付けたのだろうか。

「どうかしら?」

「えっと…カワイイです。この無機質なジャケットのデザインに…この…ネコチャンのアクセントが…上手く…ワンポイントで…チャームポイントの…。」

「いえ、サイズの話なのだけれど。」

その隣で、ハンスさんが「うむ」と頷いた。

「ちょうどいいじゃないか。シャロンくん、イエローもキミのと同じサイズにしておいてくれ。それじゃ、ピーターくんはこっちだ。」



ピーターはハンスに案内され、オフィス横のガレージにやってきた。


「隊長〜。起動準備オッケーでーす。」

上方から声がして見上げると、ぽっちゃりした優しそうな男が、キャットウォークの上から手を振っている。


「カール!ありがとう!今日は新人のピーターくんが来てくれたぞ。キミの腕の見せどころだ。」

カールと呼ばれた男は、ハシゴを降りてこちらにやってきた。

「おお~!良かった!コスモにも人手が余ってたんですね。……あれ、ピンク?シャロンちゃんは?」

カールはピーターのジャケットを見て首を傾げた。

「いや、今日は借りているだけなのだ。ピーターくんは『イエロー』。ジョセフの後任だ。」

ああそうか、と言って微笑むカールのジャケットは『グリーン』。ここで働く隊員たちは、それぞれの色が振り当てられているらしい。


「さて、あまり時間がない。細かいことは移動中に説明するから、早速出発だ。」

ハンスが壁に取り付けられたボタンを押すと、ガレージの奥で閉まっていたシャッターがウィィンと音を出しながらゆっくりと開いていく。


ついに…!


ピーターは念願の巨大ロボ登場にトキメキを隠せなかった。ピンクのネコチャンジャケットを着せられても、心までは侵されない。

これは大人になっても変わらない、男の子の夢とロマンと情熱なのだ!


ウイイン!………ウィ。

最後っ屁のような動作音と共に、シャッターが開ききった。


そこに姿を現したのは、身体を半分に折って首だけこちらを向けている、「アッ、どうも」と言いたげなビジュアルの人型ロボだ。

体躯の表面は安っぽい色のスプレーで塗装され、額部分には「M」の形の意匠が施されている。それが目の上に付いているので、繋がった困り眉に見えて仕方がない。


「どうだピーターくん!これが我が社『サンライズグループ』が政府に管理を委託された、防衛軍時代の対宇宙人戦闘兵器、『マキシマン』だ!」

「わァ……ぁ………」

「泣いちゃった……。」

ピーターの背中をさするカールを置いて、ハンスは一人誇らしげに機体へ乗りはじめる。

「さあ、感動しているヒマはないぞ。2人とも、運転席に入りたまえ!」





「この先、右方向です。」

カーナビに言われるがまま、カールは右にウインカーを出した。

どういう状況なのかというと、マキシマンの身体を半分に折ったまま、前屈状態で操縦席から一般車道を走行している。

「これ…なんでこういう感じなんですか?」

「こういう感じ?」

「いや、ビジュアルとかもういいんですか。」

「まあ…歩いて移動すると町とか壊しちゃうし…大きいから仕方ないよね。」

カールは手慣れた腕前でハンドルを回して器用に右折する。

カーブのスレスレまでマキシマンの顔面に近寄られた歩行者は、「うわぁあ!!」という叫び声を上げて走り去った。

後部座席でメールを打っていたハンスは、一段落したのか、助手席にいたピーターの横に顔を出してきた。

「さて、ピーターくん。現場に出るときは、隊員どうしはコードネームで呼び合う。ご存知のように、それぞれに割り当てられたカラーがそれだ。防衛軍時代の名残りでね。キミはこれから『イエロー』となるから、覚えておいてくれ。」

「わかりました。」

「隊員はキミを含めて5名。今日はブルーが出勤日じゃないから来ていないが、彼はキミと同じ、コスモワークスからの出向員だ。他の3人はサンライズグループという、別の会社に所属している。」

「そのへんがよく分かってないんですよね…。」

ピーターはポリポリと頭を掻いた。

「70年前、エリア151で宇宙人と地球防衛軍の戦いがあったのは、学校で習いましたけど。その戦争って、まだやってるんですか?今でもときどき、ニュースで宇宙人の目撃情報とかやってますよね?」

「そう。そのが、現在は民間企業に下りてきているのだ。サンライズとコスモは、それぞれこの指定管理業務の受託を勝ち取るために応募し、政府による同数票を受けたために、業務提携という形をとった。ビルの管理会社であるサンライズがマキシマンの整備点検を担い、宇宙ロケット開発のベンチャーであるコスモが戦闘における”特殊技術”の提供を担う。地球防衛隊は2社の『共同事業体』というわけだ。」

戦闘…。やはり、戦闘が行われるのだ。

ビジュアルは終わっていても、ロボを動かして戦うロマンはやはり大きい。

ピーターの心には、改めてここに異動して良かったという喜びが芽生えはじめた。





「着きましたよ!」

カール、もとい『グリーン』が停車したのは、人気のない畑地帯だ。

「よし、まだ敵は来ていないようだな。ではここで、『バトルモード』にチェンジだ!」

レッドが運転席に身を乗り出して四角いボタンをポチッと押すと、急に運転席が傾いて、浮遊感に包まれる。

「おお〜っ!?」

出庫時のような間の抜けた音ではなく、今度は硬い金属音と何かの回転音が鳴り響く。

すると驚いたことに、狭かった運転席はいくつかの空間と連結され、複数のモニターとデスクの備わったコックピットへと変貌した。

駆動音が止むと、浮遊感は消えて重力が安定する。どうやら、マキシマンは”起立”したらしい。

「…なんですかコレッ!!めちゃくちゃスゴイじゃないですか!」

「いや、我々には内部の技術が分からん。コスモの人に聞いてくれ。ブルーなら知ってるかも…。」

そのとき、グリーンが上空を映すモニターを指差して叫んだ。

「来ました!UFOです!」


ミョンミョンミョン…。

聞いたことのない変な音と共に、円盤型の浮遊体が現れた。……その下に、何か巨大な生物がくっついている。


「これは……!」


UFOは巨大生物を懇切丁寧に畑へ降り立たせると、ミョンミョンと去っていく。


3人は地上に残されたその生き物の姿を見て、すぐに何者であるかを理解した。

両手に付いた鋭い爪。

茶色い胴体。

退化した目…。

グリーンが素っ頓狂な声を上げる。


「モグラだあ。」


仁王立ちしているが、まさしくそれは巨大モグラだった。「チュー!!」と鳴いてこちらを威嚇している。

そしてすぐ、何を思ったか畑の土を掘り返しはじめた。


「あっ、畑荒らしてますよこいつ!」

「悪い…悪いやつだ…!懲らしめねば…。」

グリーンが手前のレバーを操作すると、マキシマンはなぜか足も上げずに並行移動で前進をはじめた。足裏にキャタピラでも付いているのだろうか。


「隊長、どうします?全然こっち向きませんけど…。チョップとかしてみます?」

「チョップはダメだろう。痛いかもしれない。」

「…2人共、何言ってるんですか?」

ピーターには答えず、グリーンはマキシマンの両アームを操作して、ペチペチとモグラの頬を叩いた。

「チイ!?」

モグラは穴掘りを邪魔されて、ようやくこちらに向き直る。

「おお、さすがグリーン。マキシマンの繊細な操作にかけて、右に出る者はいないな。」

「前職で培ったクレーン技術がありますからね。まあ見ててくださいよ。」

モグラとマキシマンはお互いに睨み合ったまま、ジリジリと距離を測り合う。

「…少し前に出過ぎじゃないか?2.5mくらい?」

「いえ、これでいけます。たぶん向こう、半歩下がりますから。」

グリーンの思惑通り、ロボに迫られたモグラはたじろいでほんの半歩だけ退いた。

「今だっ!」

グリーンが操作盤の中央にある「閉腕」と書かれた大きなボタンを叩くと、マキシマンの両アームがガッシン!と音を立てて敵の顔面を挟み込んだ。

「ビンゴ!」

モグラはチーチーと鳴きながら脱出を試みるが、アームの力が相当強いのか、身動きが取れないようだ。


「さて、今日も一仕事終わりましたね。」

「うむ。流れるような作業だったな。」

「………。」

ピーターが一連の流れを1シーンも理解できずに固まっていると、グリーンがコックピットの奥から3人分のコーヒーを淹れて戻ってきた。

「はい、イエローもどうぞ。」

「え、いや、どうするんですかコレ。まだチーチー言ってますよ。」

「うん?ああ、3分経ったら帰りのUFOが迎えに来るから…。」

「帰りのUFO?」

隊長がコーヒーに口を付けながら説明する。

「70年前、人類の科学兵器にドン引きした彼ら…テラワロス星人たちは、『互いに攻撃禁止』のルールを提案してきたのだ。それ以降、軍備を必要としなくなったこの戦争は、こうして民間の手に委ねられている。3分間行動不能状態にすれば勝手に帰ってくれるから、大型の場合はさっきの『ガッシンボタン』で拘束すれば終わりということだな。」

「………。」

グリーンは自分のイスをコーヒーのテーブルまで引いてくると、隊長と共にブレイクタイムを始めた。2人はモニターをぼーっと眺めながら、談話に耽っている。

「グリーン、知っているか?モグラというのは、我々人間が知らないうちに、地下にいくつもの帝国を築いているのだ。それぞれ種類の違うモグラたちが派閥を作って、勢力争いをしているという…。」

「え、ほんとですか?…それなら隊長、これは知ってます?モグラは、オスとメスを見分けるのが難しいんです。オスに金玉がなくて、それぞれに付いてる生殖突起と肛門の距離で判別するしかないんですよ。」

「まさか…信じられん…。」

暫くすると、再びミョンミョンと音が聴こえて、上空のモニターにUFOが現れた。

「嘘じゃないですよ。僕の親戚がモグラを飼育していて、見せてもらったことがあるんです。確かにそこしか違いがなかったですね。」

「あの…2人共、モグラの話はいいんで…。UFO来ましたよ?」

隊長とグリーンが顔を上げると、ちょうど巨大モグラがUFOの光が出るところにスッポリと頭を入れられて、連れていかれるところだった。胴体は相変わらず、機体の下にブラブラと吊り下がっている。その手には、なぜか畑の土が抱えられていた。


「ねえ、なんか、土持っていかれましたよ。」

「そう…なんかね、負けると持って帰るんだよね。土。」

「…甲子園ですか?」


その姿を見たグリーンが、今度はあっとモグラの臀部でんぶを指差して声を上げた。



「アレはメスです!」



……よし、この会社、明日辞めよう。

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