第3話 点検オールグリーン

〜ファイナルミッション〜

巨大ハリネズミ出現!



ピーターは左手のレバーを操作して、二足立ちするハリネズミとの距離を測る…!


…隙がない。


これまでの敵とは一線を画す強敵だ。

日和って距離が足りないと空振りするし、前に出すぎるとアームが体の針に阻まれてしまい、有効打にならない。


なかなか手が出せないピーターの操縦を見て、ハリネズミはニヤニヤと口角を上げて腕を組みはじめた。


コイツ…腹立つ……!


「マズルを狙えばいいんですよ。」

背後からアドバイスを受けるが、振り向く余裕がない。


「マズルって何でしたっけ?」

「まあ、鼻ですね。イヌとかの鼻って突き出た感じになってるでしょ?それです。」


なるほど。あれ、マズルっていうのか…。


確かに鼻をヒクヒクさせていて、よく見れば弱点に気が付く。そういうになっているらしい。


そうと分かれば、通常より少し距離を取る。


「くらえっ!」


中央のボタンをバシッと叩くと、マキシマンの唯一にして最終奥義、『閉腕』が繰り出された。


「ピィィャ…!!」

「よし!なんか思ってた鳴き声と違うけど、捕まえたぞ!」

「音声は合成なので、本物は分かりません。」


画面には『ミッションクリア!』の文字が表示され、戦闘のスコアが発表される。


テクニック…95点

スピード…80点

優しさ…45点


「ぼくの人間性が否定されましたよ。」

「鼻の先の方に当てすぎましたね。かなり痛がっていました。」


コリンはそう言いながらも、コースの修了証書を手渡してきた。

「では一応合格ですね。今日から現場でもマキシマンを操作できます。最初のうちは、手慣れた隊員の指示を受けながら動かしてくださいね。実践はシミュレーターと違うので、場数を踏んで馴れてください。」

一緒にもらったカードには、「運転免許(AT)」と書かれている。


「これオートマだったんですね…。マニュアルもあるんですか?」

「…一応ありますけど、誰も使わないので、スルーでいいですよ。マニュアルの免許を持っているのは、現隊員だとカールさんだけです。キャタピラとガッシンボタンの操作だけで十分だったでしょ?」


さて、と言いながらくせ毛を撫でつけ、コリンはエレベーターのボタンを押した。


「ピーターくんは午後からオフィスで仕事でしたね。そちらは先日のクレーム対応で大変でしょう。」

「ほんとですよ…。まあ、ぼくにはまだお金の対応ができないので、こうして運転講習に逃げられましたけど…。あんなにシャロンさんが大立ち回りしたのに、結局レナードは蚊に刺されてましたしね。」


そう言うと、コリンは何やら感情の読めない目で見据えてきた。


「……どう思いましたか?」

「…え?」


ピーターは質問の意味が分からず、いつものように適当に答える。


「まあ…地球にムヒがあって良かったなと…。」

「……そうですか。」


普通に返答を間違えたとは思うが、人生とは間違いの連続だ。気にすることはない。


エレベーターが到着すると、コリンは通常の爽やかな対応に戻り、ピーターを中に入れた。


「ではまた次回。隊員の皆様にもよろしくお伝えくださいね。」





「ただいま戻りました。」


ピーターがオフィスに戻ると、入り口の前でウィリアムがタバコを吸っていた。


「おう、今日の講習は終わったか?こっちは暫く忙しいから、お前には丁度いい機会だったな。1週間ぐらいで免許も取れるだろ。」

「え?もうゲットしましたけど…。」


ピーターはもらった免許証を見せた。


「は…?お前もしかして、1日でハリネズミまで倒したのか?」

「倒しましたよ。『ピィィャ!』って言ってました。」

「マズルの判定クソ狭かったろ?」

「そんなの関係ないです。」


ウィリアムはタバコの先についた灰をトントンと落とすと、感心したように顎を搔いた。


「そりゃお前、相当センスあるよ。3つの評定で合計200点出すまでクリアできないんだ。『優しさ』はサービスみたいなもんで60点は絶対もらえるが、残りの2つで70点ずつ取らなきゃならないんだからな。」

「ぼくの性格に文句があるなら、後でじっくり聞かせてもらいますよ?」



そのとき、2人の側に小さい女の子がこちらに走ってやってきた。知らない子だ。



「パパは〜?」


つぶらな瞳でピーターを見上げてくるので、助けを求めてウィリアムの方を見たが、「俺も知らん」というように肩をすくめられた。


「こらっ!ミッちゃん!お弁当持って走っちゃダメでしょ!」


続いて、一回り大きな女の子がやってきた。こちらは小学6年生ぐらいだろうか。

それを見て、ウィリアムが「ああ、思い出した」と言いながらタバコの火を消して捨てた。


「お前ら、カールさんとこのチビどもか。弁当届けに来たんだろ。」

「あれ?カールさんって今日は出勤日でしたっけ?」

「非番の予定だったんだが、シャロンのおかげでクレーム対応に追われてるからな…。人手が足りなくて、来てくれたんだよ。俺はもうオフィスに戻るから、お前はこいつらをガレージに案内しといてくれ。」



ピーターは言われるまま、女の子たちを連れて、外側の出入り口からガレージの中に入った。


奥のシャッターは開いていて、マキシマンが例のポーズで格納されている。

なにやらガシャガシャと機械音が響いているので、カールさんが中をいじっているらしい。


「わあ〜!すご〜い!おっきいロボットだ!」


ちっちゃい方の子は、マキシマンを見てジャンプしながら興奮している。見てくれについてはスルーできる幸福な性分らしい。


「もう、ミッちゃんは女の子なのに、ロボとメカが大好きなんだから…。」


上の子は思春期に入る頃だろうから、マシンのロマンには目もくれないのだろう。しかし、ミッちゃんとやらは見込みがある。仲良くできそうだ。


「すごいだろ〜、ミッちゃん!ちょっと今は事情があって前屈で休憩してるんだけど、立ったらもっとおっきいんだぞ〜!」

「すごいすごい!ビーム出る??」

「ビームはね、出ないよ〜。」

「宇宙人やっつけるんじゃないの?」

「ちょっとマズルを挟むだけだよ〜。」

「マズルってなあに…?」


ミッちゃんは明らかにテンションが下がってしまったようだ。このクソロボが!



機械音が鳴り止んだと思うと、すぐにマキシマンからカールさんが降りてきた。


「おお、ミリー、キティ!お弁当持ってきてくれたの?ありがとう!」


駆け寄ってくると、ピーターにも気が付いたようで、いつものように優しそうに微笑んだ。


「ピーターくんも、講習お疲れ様!どうだったかい?もう免許取れちゃったんじゃない?」

「あ、実はそうなんですよ。オートマですけど。」

「そうかなと思ったよ。うちのミリーもロボットが好きでさ、ラジコンを買ってあげたら、すぐに操作できちゃうんだ。機械に対する勘が鋭いんだろうね。君もきっとそうなんだ。」


カールは娘たちからお弁当を受け取ると、よいしょ、と腰を擦りながらガレージ内のベンチに座った。


「パパ!あのロボ見てきてもいい?」

「うーん…触っちゃダメだよ。見るだけね。」


ミッちゃんが嬉しそうにシャッターの奥へ走っていくと、キティもやれやれとそれに付いていった。



「マキシマンの整備点検って、いつもカールさんがやってるんですか?」

「隊長もできるよ。昨日の土落としの最中に不具合を見つけたから、彼に報告しといたんだけど、今日は忙しいみたいだから僕が来ちゃった。ちょうど今終わって、もうオールグリーンさ。もっとも、僕ができるのは一般的なメンテだけで、細かい特殊技術が使われてる構造部分だったら、今はブルーじゃなきゃできないけどね。そのへんはコスモワークスの企業秘密だから、サンライズの社員は仕組みを知らされていないし、知っちゃいけないんだ。」

「へえ…まあぼくはコスモなのに課長から何も知らされてないですけど…。サンライズグループの方は、ビルの管理会社でしたっけ?正直、全然防衛隊と関係ないですよね?」


カールは今までとは違う、何か含みのある笑みを浮かべた。


「逆もまた然りってことさ。コスモには教えちゃいけない企業秘密を、僕らも持っているんだ。この2社は、ただ政府の気まぐれで指定管理に選ばれたわけじゃないんだよ。コスモは現代でも明らかにおかしいレベルのテクノロジーを隠しているし、サンライズは防衛軍時代に作られた”二大兵器”の保守を、政府のお膝下で長年務めてる。」

「二大兵器…?」


ピーターは、残念な困り眉のロボを見上げた。


「そう、その一つが『機動兵器マキシマン』。この操作権限はサンライズが持っていて、隊員といってもコスモの出向員だけで動かしてはいけないんだ。だから例えば、君とブルーの二人だけで出動するのは禁止ね。」

「了解です。……もう一つの兵器というのは…?」


そのとき、急にマキシマンからウィーン!という起動音が鳴りはじめた。


「え…?あれえ!?」


カールが驚いて立ち上がると、キティがこちらに急いで走ってきた。


「パパ!ゴメンナサイ!たぶん、ミッちゃんが中に入っちゃった…。」



ピカーン!!


とマキシマンの目が光ったかと思うと、ピーターは直後の驚くべき光景に目を剥いた。

マキシマンが、ハイハイでシャッターから顔を出してきたのだ!


えっ、マキシマンお前…そんなことできたの…?

ぼくには棒立ちキャタピラ操作しかやらせてくれなかったくせに…?お前……。


カールはすぐさま、壁に取り付けられた無線機に手を伸ばす。


「もしもし!ミリー!?中入っちゃったの??」


ややあって、ザーッという通信音が返ってきた。コックピットに繋がったらしい。


「あっ、パパ〜?見て見て!わたし、ロボット操縦できるよー!」

「こらっ!危ないよっ!早く降りてきなさい!」

「え〜。でも降り方分かんないや…。」


マキシマンはそのままハイハイでガレージを飛び出して行ってしまう。


「マズいよ!せめて無線が届く距離まで追いかけないと…!」


ピーターは生活習慣病のカールに代わって、無線機をひったくる。


「ぼくが走ります!許せん、あのロボ…!女の子の言うことなら聞くってのかっ…!」

「何が?」

「何でもないです!」


マキシマンは何のためらいもなく、車道に侵入する。ミッちゃんはドシドシと進撃し、路側帯の看板をいくつか踏み倒した。


「ヒィッ!損害賠償!」


ピーターは大慌てで機体に駆け寄ると、無線を繋ぎ直した。


「ミッちゃん!無駄な抵抗はやめて、おとなしく出てくるんだ!」

「やだもん!わたしも宇宙人やっつけたい!」

「マズルも知らない小童こわっぱに、果たして最強クラスのハリネズミが倒せるかな?」

「…何言ってるのお兄ちゃん…。」

「いきなり冷静にならないで!いや、やっぱり冷静になってくれ!話せば分かる!」


破壊神ミリーはつまらぬ民との会話をやめ、無線を切ろうとした。しかし……。



「あっ!宇宙人みっけ!!」



走りながら叫んだめ、息を切らしていたピーターは、無線の向こうから思わぬ言葉が聞こえて立ち止まった。


……え?なんだって?


顔を上げた。

交差点を曲がったすぐのところに、かなり大きめな空き地があることは知っていた。



そしてそこに立っていたのだ。本物の宿敵、巨大ハリネズミが……!


「チィ!!」

「うそぉ!なんでえ?」


今日は襲撃予告が来ていない。

だからこそクレーム対応も運転講習もできたはずなのだ。そんなことはあり得ない。しかし…。


考えているヒマはない。

ピーターはマキシマンが動きを止めた機を狙って、すかさずジャンプして体側のハシゴを掴み、そのままコックピットに乗り込んだ。


「あっ、お兄ちゃん。ハリネズミでたよ。」

「最強なんだコレが!」


モニターを確認すると、ハリネズミはやはり空き地の土を掘り返している。


「くそぉ…コイツも土掘るじゃん…。あれ、ハリネズミって土掘りますっけ?」

「知らないよ。それより、たぶんそこのボタンで立てるよ。」


ミッちゃんが指差した四角いボタンには何も文字が書かれていないが、ピーターもその意見には同感だった。モグラ退治のとき、レッドがバトルモードのときに使ったことを覚えていた。


ポチッとボタンを押すと、思惑通りマキシマンが起立する。

あとは講習通りだ。キャタピラで通常よりやや距離をとり、マズルを狙う。だが、下がりすぎは厳禁だ。鼻先に当たると、優しさを疑われてしまう。手前すぎず、奥すぎず、絶妙なところを…。


そこで、ピーターは前方のモニターに映るハリネズミを見て固まった。


…やつは天を仰いでいた。

天を仰いで、見下した目線でニヤニヤしているのだ…!


「お兄ちゃん、なんか腹立ってきたよ。」

「いや、腹は立つけども…!これは…違う!やつは弱点を…克服しているッ!」


マズルを上に向けられては、掴むところがない。

ゲームオーバーだ。


「あーあ!もうダメだよ!マズルがないもん!終わったよ!」

「お兄ちゃん、元気だして…。」

「…ダメなんだ…マズルがなきゃ…。」


ハリネズミは人を苛つかせる防御体勢のまま、脚で引き続き地面をほじくり返している。


しばらく固まって動かないマキシマンを見下しながら余裕の笑みを浮かべていたが、次の瞬間、その表情は驚きに変わった。


マキシマンが右脚を後ろに下げて腰を落として、左手を地面について体重を支え、もう片方の手でハリネズミのアゴを器用に掴んだのだ。


「チ…チィ…!?」





そのときコックピットでは…。



「……あー疲れた…。やっぱり走るのはしんどいよ…。」

「パパ!カッコイイ!!」


ピーターの絶望の直後、後から追いついたグリーンが操縦席に飛び込んできていた。


「…今のが『マニュアル』なんですね…。」


柄にもなく真剣な顔で尋ねるピーターに、息を整えたカールが返した。


「そうだよ。難しいから危なくて緊急時にしか使わないんだけど…コレはどう見ても緊急時だったからね。君の単独操縦も、僕が同乗してたってことで報告しようか。…まあそれ以前に、今回は完全に僕のミスだ。二人共、危険な目に遭わせてごめんよ…。」


ションボリするカールを見て、やんちゃだったミッちゃんは反省したのか、急にしおらしくなってしまった。


「パパ…ごめんなさい…。看板とか倒しちゃった…。お金かかるの?」


カールは娘の肩を抱き寄せた。


「ミリーが無事ならいいんだよ。パパのお金はね、ミリーとキティとママのために稼いでいるんだ。」


ミョンミョンミョン…。


例のごとく、ハリネズミはUFOに吸い込まれて、ゆっくりと上昇していく。やはりその手には、土が抱えられていた。


今日のは明らかにイレギュラーだ。

襲来スケジュールは予告されて、オフィスのカレンダーに1週間先まで記されている。

そもそも、EDOとテラワロス星人はどのくらい意思の疎通ができているんだろうか。


ピーターは思い立ったようにコックピットから飛び出し、上空のハリネズミに向かって叫んだ。


「おい!来るなら言えよ!」

「ピィィャ!!」

「さっき『チィ!』だっただろ!」





本日、交通標識の損壊10件。またも補助金下りず…。

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俸給戦隊$ガッシンジャー 野志浪 @yashirou

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