第2話 桃色♡推し活ライフ

会社に入れたのはいいものの、思っていた業務内容と違う…。

聞いていた給料と異なる…。

そんな事態が発覚し、出社初日から辞めたくなってしまったことはありませんか?


今、たくさんの社会人たちが、そんな悩みを抱えています。夢やお金の問題に苦しみ、「自分には働くことが向いていないのだろうか」と塞ぎ込んでしまう若者も増えているのです。


でも大丈夫!あなたはまだ、自分の輝ける場所を見つけられていないだけなのです!

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「……押すなよ?」

パソコンに集中していたピーターは、背後からずっと画面を監視されていたことに気が付かなかった。

「あ、はじめまして、こんにちは。」

検索履歴を抹消する前にリアルタイムで見られてしまった場合は、もう開き直るしかない。

声をかけてきた男は、左袖だけブルーのジャケットに腕を通しながら、もう一方の手をピーターの肩に置き、耳の近くでボソッと囁いた。

「お前が逃げたら、俺が辞められねえだろ…。」

「………。」

ブルーはそのままジャケットの右袖を通すと、自分のデスクに着席し、腕を組んであくびをした。



「だから!こっちは農作物を半分以上荒らされたんだぞ!あんたたちがしっかり守らないからだろ!」

「いえ、弊社の隊員たちは全力を尽くしております。モグラは穴を掘るのが仕事なので、これはもう仕方ないですね。よって、損害補償は5万円となります。本日はお越し下さり、誠にありがとうございました。」

「すぐ帰らそうとすな!だいたい、なんで土壌ごと持っていかれてるんだ!おかしいだろ!」

「記念に持って帰りたかったのでしょう。」

「甲子園か!」


受付では、朝からやってきたクレーマーをシャロンさんがパワープレイでねじ伏せていた。

唾を飛ばしながらアレコレと金額の交渉をしていた農家は、最後は結局折れたのか、「税金ドロボーが…」と捨て台詞を吐いて帰っていった。


シャロンさんは一悶着が終わると、涼しい顔でデスクに戻ってくる。彼女の席は、ブルーの正面だ。

「5万で済んだか?よく抑えたな。」

は誰かに責任を追及したいだけなのよ。指定管理のシステムも理解してないで、政府が全部補填してくれると思っているから呆れるわ。こちらが貧乏根性で反撃すれば、大抵折れてくれる。」

お互い目も合わせずに淡々と会話をしているが、シャロンさんの口調から察するに、この二人は同年代らしい。


「シャロンさん、何歳なんですか?」

「いきなり女性に年齢聞かないでくれる?」

「こいつは俺と同い年だ。」

「ブルーは何歳なんですか?」

「ウィリアムだ。今年で31歳。」


シャロンさんはゴゴゴ…という気迫を纏わせながら、ウィリアムを睨みつけた。


「じゃあ、ぼくの8つ上ですね。給料たくさんもらえますか?」

「意外に結構もらえるぞ。ちゃんと辞めないで続けてればな。」

「じゃあプラモデルいっぱい買えますね。やっぱり続けようかな。」

「散財して婚期を逃すなよ。アイドルの追っかけなんかにハマると、あっという間に三十路だ。」

「コスモワークスはハラスメント教育が行き届いていないのかしら……?」



ガレージに繋がる扉がバタンと開き、隊長とカールがオフィスに入ってきた。



「さあ諸君!今日も張り切って労働しよう!先日入ってくれた新イエローのピーターくんを迎えて、まずは来月の予算会議だ!」


カールがピーターの正面に、隊長がその横に付けられたお誕生日席に座る。


「さて、今月行われた戦闘とその民間被害についてのまとめだが、昨日の巨大モグラを含めて…」

「隊長。」

シャロンさんが手を挙げた。

「今日、4時に上がっていいですか。私、いつもより1時間早く出社してるので。」

「あ、はい、どうぞ。」

ウィリアムは口元を隠しながらコーヒーに口を付けて「うーん、ウマい」と呟いた。

「え〜…何の話だっけ…。あ、そう、今月の被害だが、政府の補助金でカバーできなかった大きな損害を報告しよう。」

隊長は書類の束を出してきて、1枚ずつペラペラと確認し始めた。


「まず筆頭は、やはり第一木曜の『巨大カニ・スギ花粉事件』だな。攻撃禁止の規約によって自慢のハサミが使えないカニをブルーがマキシマンで挑発し、逆上した敵がスギの木を振り回して街中に花粉を振り撒いてしまった。約500名の市民が花粉症の被害に遭って、アレルギーの処方箋で多額の請求が来た。」

「挑発したわけじゃねえよ。本当に攻撃してこないか実験しただけだ。」

「…続いて、翌週の『キツツキ・電車遅延事件』。お宅に悪質なピンポンダッシュをして飛びまわるキツツキを隊員全員で追いかけたが、グリーンが路上で力尽きて踏切の近くで交通渋滞が発生、鉄道会社からクレームが入ってしまった。」

「生活習慣病なんですよお…。走るのは無理ですって…。」


もうこれ、何の組織だろうか。


「諸君、ここで一度、我々の軍規を確認しておこうじゃないか。テラワロス星人によって直接受けた被害は、ある程度不可抗力として政府からの補助金が下りやすい。しかし、我々で起きてしまった事故は、大部分を会社の金で補填することになる。株式の50%は政府とサンライズグループ、10%はコスモワークスが所持しているが、残りは全て上場されているのだ。我々は現在、それなりに高額な俸給をいただいているものの、隊員の不祥事が続くと、給料に影響が出たり、最悪の場合は指定管理業務を競合他社に奪われてしまう。」

隊長はそう言って立ち上がると、オフィスの壁に大きく貼り付けてあるスローガンを指差した。


「『一に安全、二に無難、三四が飛んで、五に勝利』!』

「負けてもいいんですか。」

「終業時間までに捕まえられないと負けることがあるが、その場合も嬉しそうに帰ってくれるから無問題だ。」


隊長は再び自分の席に腰を下ろすと、今度はパソコンを開いてメールをチェックし始めた。


「そして今日は午後から『小型』の襲来スケジュールが入っている。カールはマキシマンのキャタピラに付いた畑の土落としがあるから、残りの4人が現場組だ。各自、くれぐれも凡ミスには気を付けて戦ってくれ。場所は、『セントラル・アリーナ』。」

「何ィ!?」

シャロンさんがイメージにそぐわない奇声を上げて立ち上がるのを、横のカールが「えっ?」という困惑した顔で見上げた。


「…レナードのライブは…私が守る……!!」





そして午後3時。


午前中はオフィスで来月の予算について話し合われた後、昼休憩が終わって、現場組の4人はアリーナ前へとやってきた。


「はい、ピーターくん。ジャケットのサイズ合わせといたわ。」

ピーターはシャロンが手渡してきたイエローのジャケットに袖を通した。ちゃんと大きさは調整されているのだが、胸にはやはりネコチャンの刺繍が追加されている。やられた。

「フフン、どうかしら?」

「はい、丁度いいです。裾のあたりとかも…こう…ジャンプとか…こう…動いても大丈夫そうです。」

「いえ、刺繍の話なのだけれど。」

「………。」


アリーナの『関係者入口』と書かれた扉から、癖っ毛の男が現れた。


「ああ、防衛隊の皆さん。お集まりいただきありがとうございます。私、EDOの新担当、コリンと申します。」

隊長はコリンと名乗る男の爽やかな握手に応じた。

「ふむ、担当の方が変わりましたか。今日の業務については把握しておられますかな?」

「ええ、もちろん。会場の関係者とは既に話を終えておりますので、中で作戦会議を始めましょう。さあ、こちらへ。」

コリンは再び関係者入口のドアを開けると、4人を中に招き入れた。


「…EDOってなんですか?」

ピーターはダルそうに廊下を歩くブルーに歩幅を合わせる。

「防衛隊と連携してる、政府の窓口だ。あいつはその新しい役人ってことだな。気を付けろよ。」

「なんでですか?味方じゃないんですか?」

「あんなのは、税務官と一緒だ。現場で俺たちの動きを監視して、がなかったかどうか上に報告する。隙あらば補助金のカットに話を持っていかれるから、そういう意味じゃ敵みたいなもんだよ。宇宙人よりよっぽどたちが悪い。」


…真の敵は身内にあり、ということか。

宇宙人に負けても何とかなるが、給料が引かれてしまうのは一番大きな問題だ。

ピーターはスローガンの意味をちょっと理解できた気がした。



一行は『防衛隊さま』と書かれた狭い楽屋にぞろぞろと入室すると、ホワイトボードの脇に立つコリンを正面にして着席する。


「さて本日ですが、このセントラル・アリーナでは、人気アイドルグループに所属するレナード・フォックスのバースデーライブが行われます。現在リハーサル中で、本番は17時からです。」

「うむ、残業確定だな。」

「むこうは業務時間守ってくれないんですか。」

「若干時間にルーズなんだよあいつら。」

「私、4時に上がりますね。チケット買ってるので。」


コリンはシャロンさんの鞄からはみ出るキラキラの団扇うちわを一瞥しながら、コホンと咳払いをした。


「テラワロス星人の襲来はライブ中になると予想されます。公演に何らかの支障が出て中止になると、チケット料金の莫大な払い戻しが発生しますので気を付けてくださいね。政府も全額は補填できないので、被害が出る前に捕らえてください。」

「それもう私退勤後じゃない。」

「意地でも残業しねえつもりだなお前は…。ライブが中止になってもいいのか?」

シャロンさんは「クッ…!」と渋い顔をして拳を固めた。

「瞬殺…!瞬殺よ……!1曲目の間に…狩る!」

「殺したらダメですよ?」

コリンはどこか不敵な笑みを浮かべたように見えた。





防衛隊はアリーナの構造と、それぞれの配置を確認。準備は万端だ。


そしてついに開演数分前…。



ザザ…と無線が入る。

「こちらレッド。ステージ裏のモニタールームで会場の全体をチェック。敵はまだ確認できていない。ブルーはどうだ?」

「こっちは客席を巡回中だ。…クソ!邪魔くせえ…。人が多すぎる!ほとんど身動きが取れないから、俺の方はあんまり期待するな。ピンクとイエロー、ステージはどうだ?」

「…………」

「おい、シャロン。聴こえてんのか?」

「…あ、すいません。イエローです。ピンクはさっき、楽屋前でレナードの出待ちをしていたので、今警備員に怒られています。」

「………。」


ピーターとシャロンは特別に許可された最前列で、ステージ上の監視を任されていた。間近でレナードを見られるというポジションは彼女にうってつけだったが、そのまま舞い上がって先走り、お手つき状態だ。


「これ、ステージ上に敵が現れた場合は、乱入しちゃっていいんですか。」

「…そりゃ本当はマズいが、場合による。敵の妨害で大事おおごとになるぐらいなら、の一時的な乱入の方がマシかもな。よく考えて臨機応変に……うおっ!」

「どうしました?」

「クソでけえ羽音のがいた…。ああ鬱陶しい!血圧上がってきたぜ…。」


そのとき、会場の照明が一斉に落とされ、ステージだけが煌々と照らされた。


バックのバンド隊が華やかなBGMを奏でだすと、長髪オールバックの男が割れんばかりの歓声を浴びて登場する。



「ハロー!セントラル・アリーナ!!みんな、今日はオレ、レナード・フォックスのバースデーライブに駆けつけてくれて、センキューだぜ!!」



舞台上のスクリーンには、『26th anniversary 』の文字とともに、彼のシンボルマークと思われるキツネのロゴが大きく映し出された。


ピーターはそれにぼんやりと既視感を覚え、自分のジャケットに縫い付けられた刺繍を確認する。


……これキツネでしたか……。


「もう!ちょっと遅れたじゃない!あの警備員許さないわ!」

シャロンさんが団扇とタオルを持って現場に駆け込んでくるなり、悪態をついた。

「でも1曲目は間に合いましたね。今からですよ、ほら。」


レナードはトークで会場を沸かしながら、最初の曲の準備を始める。


「…というわけで早速、お待ちかねのライブがスタートだっ!第一曲目は……うおっ!クソデカい蚊がっ…!じゃなくて、『Coolクール Soソー Decayディケイ』だ!」


……クソ嫌な予感がする。


ミュージシャンたちが爽快な音楽を演奏し始めると、レナードはマイクを握りしめて歌い出す。



ハードなポマード塗りつけて〜

鏡の前でプラクティス

オレはいつでも So COOL…うおっ!

…キミの瞳は何色だい?

ピンクの波動を感じるぜ YEAH(合いの手)

禁断の恋〜それは愛…ンいやッ…!(蚊)



「今日のレナード…いつにも増して気合いが入ってるわ…!コブシの入り方が違う…!」

「いや…コブシとかじゃないと思いますけど…。」


ピーターは無線を繋いだ。


「隊長、敵わかりました。ここからだと小さすぎてよく見えないですけど。」

「なにっ!ステージ上か?だ?」

「蚊です。」

「蚊…?」


テラワロス星人の生態系が全くもってわからないが、もう小型とかそういう話じゃなくなっている。

しかし、このサイズとなると一つ問題が…。


「蚊かよ…危ねえ、さっき叩いて殺すところだった…。」


ピーターはウィリアムに同意した。


「隊長。これ、もしレナードが叩き潰しちゃった場合はどうなるんですか?ルール違反になりますか?」

「…うーん…いや、流石に一般人による不慮の事故はEDOにも看過されるだろう。……よし、今回は『放置』だ。ピンクは時間なので退勤してください。お疲れ様でした。」

「そんなことあります?」


無線を聞いていたシャロンさんが、ステージをガン見したまま通信に入ってきた。


「レナードが…蚊に苦しめられているんですね…。分かりました。私に任せてください。」


レナードはダンスの振り付けを上手く利用して要所要所で蚊を叩き潰そうと試みているが、風圧でヒラヒラと躱されて苦戦している。



…輝くオレは一番星〜

キミの手は届かない sadness…クッ…!

それでもずっと待ってるぜ〜

いつかこのステージで

その手がオレに触れるまで…あぁチクショー!



シャロンさんはスックとステージの真正面に立ち塞がると、上目遣いでレナードの頬に止まっている蚊を睨みつけた。


「ちょっと…シャロンさん!どうするつもりですか!隊員がやらかすと、ぼくらの給料が…!」

「私のお金はね…そもそもこのライブのために貯めているのよ…。それを邪魔するやつは、蚊の一匹でも容赦しないわ…。」


ピーターは彼女の最期の言葉を噛みしめる。


「大丈夫。私はもう無敵なの。なぜなら…」


シャロンさんは警備員たちの支えるフェンスを颯爽と飛び越えて言い放った。


「もう、退勤してるから……!!!」



そうさ オレは孤高な男〜

たとえキミに頬を打たれても

このステージからは降りられ……えっなんですか?



「ソイヤッ!!!」



バチコーンという切ない音をマイクが拾った。





〜ジアース・タイムズより号外〜


今月最終金曜日。

レナード・フォックスのバースデーライブにて三十代女性ファンがステージへ乱入、レナード氏の頬をビンタして公演一時ストップ。

クレームとチケットの払い戻しは、以下の電話番号にご連絡ください。


地球防衛隊(株)

◯◯◯-◯◯◯◯

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