第6話 遠い過去の友人と正直サーベラス
年下の女の子の口撃にノックアウトされ、さらにライラさんから「お前もう口閉じてろ」と追撃を食らいガレージの隅っこで体育座りし始めた俺を放置して話は進み始めた。俺を放置して。
「おい、いつまでいじけてんだお前は。お前が話さねーならわしから勝手に話すぞ」
放置してくれなかった。普通にジャジャの中から出て追いかけてきた。いじめっ子かな。
「……もう煮るなり焼くなり好きにしろよ……」
「じゃあ、ひとまずお願いできるかしら」
「ああ、簡単に言っちまうとな、あいつは惑星キョウの宇宙船行方不明事件の被害者の最初の一人なんだよ」
「………はい?」
まぁそんな反応にもなるよな、矛盾してるもんな。
「えー…ちょっと待って、まず原因不明の行方不明事件なのに被害者がここに居るっていうのはどういうこと?」
「あー一から説明するとな…」
*
五年前、当時共和国警察学校の生徒だった俺は久しぶりの休暇のため、同じ警察学校の友人と共に惑星キョウへ向かっていた。
俺は共和国首都惑星アガルタ出身でそれまで惑星キョウに行ったことはなかったしキョウという名前すらうろ覚えな程度だったが、友人の旅行に誘われて特に予定もなかったので一緒に行くことにしたのだ。
道中、腹減ってお土産のお菓子を食い散らかしたり観光パンフレット片手に興奮気味の友人がいつも以上に喧しかったこと以外はなんてことのない、いつもの二人旅行だった。
変わったことが起きたのは惑星キョウの目前でのことだった。惑星突入シークエンスに入ろうと思った矢先、センサーの反応がおかしいことに気づいた。妙なノイズが入っている。
地方惑星のため宇宙船ターミナルのない惑星キョウにセンサー不調のまま突入すれば衝突事故に繋がりかねない。俺達は宇宙船のシステムに問題が無いことを確認し、センサーアンテナ自体に何か引っ掛かっていると当たりをつけた。
じゃんけんに負けた俺は操縦を友人に任せ、テスト以外で着ることはないと思っていた宇宙服を装着し船外のアンテナを確認した。
予想に反し何の異常もないアンテナを確認し首を捻っていたところで
突然、視界が白と黒の砂嵐に呑まれた。
何が起きたのか分からなかった。
何故目の前がおかしくなったのか。
何故手足に力が入らないのか。
何故急激な吐き気に襲われているのか。
何故意識が飛びそうになっているのか。
宇宙服が緊急用姿勢制御システムを作動させ砂嵐が星空へ戻っていったことで俺はやっと
『自分が何かに弾き飛ばされて、回転しながら宇宙空間に投げ出された』ことを理解した
高速で回転したことで脳を揺さぶられブラックアウト寸前の俺の目に映ったのは
――俺の宇宙船が青緑の粘液状の怪物に呑まれ友人ごと潰されていく悪夢のような光景だった――
*
「―――そして事件から三日後、宇宙空間を瀕死で漂流してたところを惑星キョウから避難中のわしに発見されたってのが事の顛末じゃ」
…………
「………ごめんなさい」
「………いや、謝らんでいい。改めて他人の口から聞いても自分の身に起きたことだって実感が持てねーってのが正直なとこだから」
五年経った今でもあの時失ったものがひょっこり戻って来やしないかと想うくらいには実感がない。
「その後の調査でも青緑の化け物の目撃情報は上がっててな。まぁ十中八九そいつが行方不明事件の犯人で間違いないじゃろうな」
「目撃情報が上がっているということは他にも生存者がいるということ?」
「いや、襲われて生き残ったのは今んとこサーベラスだけじゃ。そのバケモノ、なんでか分からんがキョウに入ろうとする宇宙船しか狙わんらしい。目撃例もキョウから避難中の住民からとか降りる気なくキョウに近づいたとからしいからな」
「……ふーん」
今の話を聞いてもシキは諦める様子は見られない。
「タイム。ちょっとトイレ行ってくる」
「お前空気とか読む気ないのか?」
「ねーよ、んなもん」
二人から離れ、トイレに向かうと見せかけてガラクタの山の裏を迂回しこっそり宇宙船に忍び込む。
そろそろこの辺が潮時だ。自転車を回収して退散しよう。
『サーベラス様、聞きたいことがあるので逃走するのは少し待ってもらってもよろしいでしょうか?』
「っっっとぁぁびっくりしたぁぁ?!違うからね?!逃げようなんてこれっぽっちも考えてないからね?!」
そうだったわ自転車今ジャジャについてんじゃん。自転車回収すんの無理じゃん。いやもういっそ自転車諦めるか?……高かったんだけどなぁ。
『…推測で申し訳ありませんがサーベラス様の牙刀を紛失したのもその時でしょうか』
「ん? ああ、宇宙船の中に置きっぱなしだったからな。今もあのバケモノの腹の中だろ」
『でしたらその化け物を探知できるかもしれません』
「………………は?」
こやつは一体何を言い出すんだ?
『戌人族の牙刀は持ち主の血液から作られた結果、持ち主と同じ生体反応を発し続けるという研究データを発見いたしました』
爆笑した。身構えて損した。
「はっはっはっは、んなオカルトじみたことがこの宇宙飛び回る時代にあるかよ」
『共和国の国家プロジェクトととして研究され実証データも確認できました。しかし戌人族の社会において牙刀を手放す機会が極端に少ないことからこの研究の認知度がかなり低いようです』
おっとマジかよ。少し笑いを堪える。
「はっはっは、そうなんだ。でも生体反応なんてどうやって識別すんだよ」
『生体反応に対応したセンサーなら当機に搭載されています』
「………ホントに?」
『ホントです』
笑えねー話になった。
笑えないので真面目な表情するしかなかった。
「……なぁジャジャ。確かにそれならあの化け物を追うことができるかもしれない」
「でも、追いかけてどうするんだ?」
『……どうする、ですか』
ジャジャの座席に腰掛けてモニターを見据える。そこにはもちろんジャジャの顔など映ることはない。
暗いモニターには俯いた情けない負け戌の顔が写り込んでいるだけだった。
「…別に俺は惑星キョウに思い入れがあるわけじゃないし、行方不明事件が解決しなくても困るわけじゃない。自分の牙刀をどうしても取り戻したいってこともなければ、仇討ちがしたいわけでもないんだよ」
――――そう、理由がない。そんなものはないのだと頭の中で反芻する。
『……サーベラス様、今の言動から嘘が一つ検出されました』
「―――嘘?俺が?」
反芻していた声が止まる。
『はい。当機に搭載された嘘識別センサーが反応いたしました』
さっき自分が言った言葉を思い浮かべる。
――やめろ、と頭の中で声が聞こえる。
このうちのどれかが嘘?
――思い出すな、と叫ぶ声がする。
いや考えるまでもなかった。
――忘れたままが幸せだった、と泣き出すあの日の俺の声がした。
全くもってその通りだ。でも気づいてしまったからにはもう戻れなくなってしまった。
「………本当に、最近の宇宙船はスゲーんだな。俺より頭いいんじゃない?」
『アーティフィシャル・インテリジェンス、人工知能は人類のサポートのために作られた存在です。人類より優れるということはありません。現にどの言葉が嘘であったかまでは判別できていません』
「いや十分すげーぜ。俺くらいの莫迦野郎になるとさ、自分が言ったことが本当か嘘かも分かんなくなっちまうらしい。教えてくれてありがとな」
そうだ。間違いなくあの言葉は嘘だった。
苦しくて悲しくて辛くて解放されて楽になりたくなって全部諦めて投げ捨ててしまうために俺が俺に吐いた最悪の嘘だった。
田舎惑星で迷子のトラ娘を拾った宇宙警察のイヌの話 D @DDDIO
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