第5話 惑星キョウとウソツキサーベラス
「ジャジャ、発進に必要なエネルギー量と目的地までの最短距離と到達時間、予想される障害と対処法を計算して」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ――――――――
『承りました。目的地点までの最短距離が約一四光年、当機の平均速度であれば十五分ほどで到着します。しかし障害に関しては先日の襲撃者を計算に加えても未知数としか言えません』
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ――――――――
待て、今聞き捨てならない単語が聞こえてきた。
「おい待て襲撃者ってなんだ。初耳なんだけど」
「そりゃこれでも一国のお姫様だもの。城の外に一歩出たら襲撃の一度や二度くらいあるわよ」
「修羅の国かなんかなんです?お姫様の国は」
「オニガシマ王国の貴族共の間では権力争奪ゲームがトレンドなのよ。まぁそれでも直接襲撃してくるようなアホはそういなかったんだけどねー」
…お姫様はまるで世間話くらいの気軽さで命を狙われているとか言い出した。俺のような平民は出来れば関わり合いたくない世間である。
「お巡りさん、自転車止まってるわよ。早く漕がないといつまで経っても出発出来ないわよ?」
「へいへい」
とりあえず俺の自転車を取り返さねばならんので自転車漕いでコンデンサーへの充填を再開した。
しかしまぁ自転車漕いでるだけというのも暇なので気になっていたことをお姫様に尋ねる。
「そういや聞きそびれてたんだが、探し物ってなんなんだ?」
「わかんない」
「わかんないの?」
「わかんないわ!」
なんだかわからんけど自信満々のドヤ顔である。
「二千年くらい前から代々女王継がれてるっていう暗号文をちょっと暇つぶしに解いてみたんだけどね。書いてあったのはある地点に王家の秘密が眠ってるってだけだったのよ。もう少し親切に設計して欲しいわよね」
「それで良く家出してまで探そうと思ったな。襲撃まで受けてんのに」
「どうせ待ってたって襲撃はされるもの。この場所に隠されているモノが王家にとって致命的な物だった場合を考えれば早めに潰しとくに越したことはないわ。逆に王家の正当性の証明に使えるもモノだったら貴族共をしばらく黙らせることも出来るかもだし。どちらにせよわたしが確認しなきゃ始まらないのよ」
可憐な雰囲気に似合わぬ凶悪な笑顔を浮かべる姿はどう見てもお姫様がしていいもんじゃなかった。こっちのが素なのだろうか。
まぁそれはともかくとしてだ。
ただでさえ大国の王女様の逃避行を手伝うとかいう危ない橋を渡っているというのに更に国の政治事情まで絡んでくるとなると本格的に面倒な事態である。暇つぶしくらいで来てしまったが何処か適当なところで逃げた方がいいかもしんない。
ていうかマジで命に関わる。
「というか目的地点って何処なんだ?十四光年ってことはまあこのヤマト星系のどっかか?」
「うん。このココノスの二つ外側回ってるキョウって惑星ね」
「は?!」
思っくそペダル踏み外してサドルに頭打った。
「――お前、そこが今どうなってるのか分かってんのか」
「人が寄り付かない寂れた惑星ってことくらいは」
よし今すぐ逃げよう。適当なとことか言ってる場合じゃない。
「おーいライラさんとっととこのお姫様国に送り返そう」
「なんでよ?!」
「あー?急にどうしたよ?」
「どうしたも何もキョウに行くとか言い出したぞこの世間知らず」
「おう、そうだったか大変だな」
他人事かよこのババァ。
「ライラさんあんた正気か?あの惑星で何があったか忘れたわけじゃねーだろ」
「忘れるわけないじゃろう」
「じゃあなんで…」
パァン!と乾いた音が俺の言葉を遮った。
音のした方に振り向くとシキが両手を合わせていた。どうやら彼女が柏手を打ったようだ。
静まり返ったガレージでシキは笑顔のまま告げた。
「とりあえず私にも解るように説明してくれる?理由もなく反対してくるほど貴方は愚かではないでしょう?お巡りさん?」
*
惑星キョウ
共和国の東宙域にあるヤマト星系五番目の惑星。豊かな自然とそれに住まう生態系を擁し、十二種全ての人類種が長期滞在可能な環境を持つ常春の惑星である。
一説には戌人族発祥の地とも呼ばれる地方惑星として知られていたが、人類歴五〇三五年に突如、惑星キョウに立ち入ろうとする宇宙船が次々と消息を断つ事件が発生。
共和国政府は原因究明のため惑星キョウに残る全ての住民に一時避難させ調査隊を送った。しかしその調査隊の全てが同じように消息不明となった。
以降も何度か調査が計画されるがその度に人的被害が懸念され五〇三七年の調査を最後に共和国は惑星キョウを人類種活動可能惑星のリストから除外。
最初の事件から五年経った今でも行方不明者が絶えない危険惑星に指定されている。
『―――以上が今現在当機が持つ惑星キョウの情報の全てです』
「そんだけ分かってんなら十分だろ。俺も死にたかねーの」
俺の返答に何か不満があったのか王女は質問を投げかける。
「…本当にただ命が惜しいってだけかしら?」
どうにもキョウに行きたくない理由が他にもあると踏んだらしい。
もちろんそんな理由はある。
「……あーそれだけだよ。他に理由なんかない。いや本当にないからね」
「………」
『………』
「………」
「………………?」
さっきまでの張り詰めた空気が急激に萎んでいく。
………え、待って何この微妙な空気。俺今ちゃんと誤魔化せたよね?我ながら会心の嘘だったんだけど?俺なんかやっちゃった?
「サーベラス…なんで今ので誤魔化せると思ったよ?なんでそんな自信満々な表情できんのよ?」
『サーベラス様、残念ですが嘘識別アプリを使うまでもありませんでした』
「お巡りさん…なんでこんな程度のカマ掛けに引っかかっちゃうんですか。単純にもほどがありません?」
毒気が抜かれすぎていっそ憐れみすら感じる視線が三方向から突き刺さった。ジャジャに至っちゃ目付いてないのに。
「うるせー!とにかく俺は何も教えねーしキョウになんか二度と行かねーからな!」
「すごいですねお巡りさん。今の一文だけでまだわたしが知らない情報を握っている事と自分がキョウに行った、もしくは居たことがある事を自白してますよ。莫迦なんですか?」
「……………」
「おーいお嬢ちゃん、そんなに苛めてやってくれるな。泣きそうになってるから」
泣いてねーとは言えなかった。事実泣きそうだった。
田舎惑星で迷子のトラ娘を拾った宇宙警察のイヌの話 D @DDDIO
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