【短編】らびっとぱんち!
こままのま!
らびっとぱんち!!
「マイクの感度よし、カメラのトラッキングも問題ないね」
モニターが三つにマイク一つ。自分に向けられたカメラとその動きに合わせて動くキャラクター。手元にはマウス、キーボード、オートチューン。どれも使い込まれていて端々が茶色に変色している。ただこの廃れた感じがたまんないんだ。
暗い部屋の手元を照らすほんのりと光るネオンサインのウサギ。
それが僕のアイデンティティ。
「(初めての配信緊張するなぁ…)」
そう僕、
まず僕はしがない普通の高校生2年生。部活にも入っておらず、友達も少ない。容姿は普通(母親談)。身長はちょっと低めな…俗に言う陰キャっていう立ち位置にいる。食物連鎖のそれこそ兎レベルだと考えて欲しい。泣けてくる。
そんな僕だけど一つだけ自慢できることがある。それはUtubeのチャンネル登録者数である。
そもそもUtubeとは。インターネットの動画配信サービスで動画の投稿はもちろん、配信なども可能。最近はショート動画というものが流行っているらしい。
その中で僕の登録者数は30万人とかなり多い。勿論、それ以上の数を叩き出している人達も多いが上はいくら見てもしかたない。月だって見上げても兎まではみえないでしょ?
活動内容としては時分で作詞作曲して、ボーカロイドという機械合成音声に歌わせる世間で言うところボカロPという活動をしている。
そんな僕だが…今年で5周年となった。だからなんだという話だが、視聴者とある約束をしてしまった。
〜某青い鳥内で〜
「これからボカロPとして活動するRABBITです。5年以内にチャンネル登録者数30万人超えたら生配信します!」
当時これを投稿。絶対に無理だと思っていた。なんならこの約束すら忘れていた。
しかし、呪というものは必ずあとになってやってくるもの。活動が5年たったちょうどその日。僕は思い出した。視聴者という怪物を。
らびっとぱんち!/RABBIT feat.■■■■
1000万回再生 5年前 👍️2万 👎️
コメント:
「生配信まだですか?」
「はいしん!はいしん!」
「約束…しましたよね」
「まってます(^^)」
「に が さ な い」
僕のウォール〇リアが破壊された瞬間だった。勿論逃げても良かった。やっぱ無しって言うこともできた。だけど、長くファンでいてくれた人達を…裏切りたくはなかった。
そこから配信について勉強した。さすがに未成年であるため、顔は出したくない。だから僕はVtuberという選択をし、今に至るというわけだ。
「よし!やるか!」
時刻は21時。約束の時間。赤い丸いマークが早く俺を押せと言わんばかりに輝いている。
呼吸を整えてその赤丸を押しつぶす。押しつぶされたからだろうか。形は四角となり、時間が表示される。
「はじめまして…RABBITです!」
モニターに映るうさ耳の少年が僕の動きに合わせてお辞儀する。
『待ってた!』
『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』
『まってたよぉーー!!!』
『5年待ち続けてよがっだ!!』
『ふーん、可愛い声してんじゃん』
『声可愛い!』
『キャラクターいいですね!!れ!!』
「わ、コメント欄が早くてよめない…」
まるで滝のように流れてゆく文字。しかし、その文字には一つ一つ命があって想いがある。その想いが僕の元まで流れてくる。溺れてしまいそうだよ…。
「えっと、正直何したらいいかわかんないんだよね」
『たし蟹』
『好きなことでいいよ!』
『じゃあパチスロ配信しよう』
『↑帰れパチカス』
『しりとり』
『ゲーム実況とかはどうでしょう!?!?』
色々な意見がでる。その中で赤く目立つコメントが現れる。
¥10000
『歌ってみたやってほしい』
「赤スパ?!」
Utubeには投げ銭機能がある。どうやら、初期状態であればその機能は有効になっているらしい。
投げ銭はスーパーチャットと呼ばれ、値段によって色が変わる。([低]青→緑→黄→赤[高])
『ないすぱ!』
『ないすぱ』
『富豪かな?』
・1000円
『私も歌ってみた聴いてみたい!』
・3000円
『同感』
・500円
『聴きたい!』
『スパチャラッシュだ…!!』
『俺も贈りたい!』
そこから様々な色で埋め尽くされた。ちゃんと全部読まないとな…。ただ一番恐ろしかったのは────
・50000円
『』
・50000円
『』
・50000円
『』
「無言の5万円なに?!こわいよ!」
怖すぎる額とコメントに戦いて、スパチャ機能は一時停止した。ちょっと冷や汗が止まんない。鳥肌鳥肌、まあ兎ですけども。
「じゃあ本人が歌ってみた的なのをやります」
著作権など全くと言ってほど無知であるため、自分の曲なら大丈夫だろうという結論からこういう形となった。また、歌詞や音程を覚えているのもメリットであろう。
「初めは【らびっとぱんち!】僕のデビュー曲です」
イントロが流れ始める。あぁ…懐かしい。自分の手で初めてパソコンで打ちこんだあの日。曲の歌詞が自分の過去を映し出す。情景を浮かべ歌う。喉をカッぴらいて。
君を落とすのに強い力は必要ないわ
後ろから抱きつくだけでKOだもね?
らびっとぱんち! 故意的に
らびっとぱんち! 恋的に
例えそれが
試合に勝っちゃえばこっちのものよ
らびっとぱんち!
くやしいならやり返せば?
でも君じゃできないよね?
逃げてばっかのうさぎさん
脱兎脱兎のらびっとぱんち
周りに回って自分の頭を打っちゃった
ー
ーー
ーーー
ーーーー
「ふぅ…」
結構疲れた。想いを乗せて歌うのってこんな疲れるんだと改めて知る。また、誰かにこの瞬間聞いてもらえてると思うとテンションが上がってしまう。普段使わないビブラートも直感でいれてしまった。もしかして…やらかした?
『…』
『……』
『……うますぎじゃね?』
『プロやん』
『スパチャいますぐ解放して』
『らびっとぱんち!』
『らびぱらびぱ!』
『他のも聴きたい』
『俺RABBITさんの…』
たくさんのリクエストに応えて、夜もだんだんと更けていった。時計を見ると23時頃。明日は学校があるため、一旦ここで切り上げよう。
「みんな今日は来てくれてありがとう。夢みたいだった。いや、夢が叶ったんだ。」
『夢?』
『おめでとう』
『ありがとう』
『違うお前じゃない』
コメント欄のコントに笑みがこぼれてしまう。ああ、これが僕の夢だった。小学校のテストの空白に描いた夢。人前で歌を歌うこと。いつからか他人との間に壁を作っていた。どうせ自分なんかがうまくいかないと思っていたんだ。だから、僕は…ボーカロイドを使ったんだ。僕じゃなきゃ成功できると思って。でも今日でその呪縛が解けた気がする。もしかしたら僕でもできるんじゃないか、また歌えるんじゃないかって思える。あの頃みたいに
「うん、本当にありがとう。」
そうして、この配信を切ったのであった。
「疲れたぁ」
ぽすっと自分の体重で布団から空気が抜けた音がした。生活の匂いが染み込んだ家具達はいつも俺に安心をくれる。その心地よさに包まれて眠ってしまう…。
☆
「は!」
慌てて時計を見る。時計の短針は8時を向いていた。
「ぜったい遅刻するー!!」
急いで歯を磨いて、制服に身を纏う。
かかとの潰れたローファーを更にいじめるようにかかとで潰しながら履く。
「いってきまーす!」
「ちょっと待ちなさいお弁当ー!」
「ああ、わすれてたぁ!」
ドタバタという音がよく似合う。母親からお弁当をもらって走る。この時間ならギリ間に合う!経験は力なり。数々の遅刻を乗り越えた自分の脳がそう語りかける。
走れ走れ走れ─────!!
「ギリセーフ!」
8時20分ぴったし。先生は苦笑いしていたが、関係ない。ていうかそろそろ慣れてくれ。
そんな慌ただしい僕に話しかけてきた美少女がいた。
「貴方の配信みていたわ」
この人は僕の幼馴染。名前をエリー・マリア。
ロシア人と日本人のハーフ。いつ見てもサラサラな銀髪、女だろうと見惚れてしまう顔立ち、スラッとした八頭身。美人という言葉はこの人のためにあると勘違いしてしまう程に美しい。
そして、彼女は家族以外で唯一僕の活動を知っている。
「とてもいい歌声だったわ。特にらびっとぱんち?っていう歌の歌詞は感動したわ。とても貴方らしいくて」
「馬鹿にしてる?」
「もちろん。未練たらたらな兎さん」
「まだ彼のこと根に持っているのかしら?」
こいつは僕の彼氏を奪った。そのショックで僕は声が一時期でなくなってしまった。
「走ってきて制服もぐちゃぐちゃ。きちんと綺麗にしとかないとでしょう?」
「女の子なんだから」
「…僕が女の子だから?今時関係ないからそういうの」
あぁ本当にムカつく。いつかこいつの後頭部に一発入れてやりたい。
何を?決まっている──────
らびっとぱんち!!!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラビットパンチ(rabbit punch)
ボクシングにおいて相手の首の後方を故意に打つ反則のパンチのこと。
ここまで読んでくださりありがとございます。面白ければぜひ☆やコメントの方よろしくお願いします。創作の励みになります!!!
【短編】らびっとぱんち! こままのま! @koma0427
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