第2話 バレンタインの戯れ
「チョコは甘いのがいいな」
放課後の、上級生の教室。
いきなり何を言い出すかと思えば——いつも寝てばかりいた眠り姫が、机に座って待ち構えていた。
「チョコを渡すなんて言ってません」
「でも俺に会いに来てくれたってことは好きってことじゃないの?」
「な、何を言うんですか。今日は書類を運ぶよう、先生に頼まれて来ただけです!」
確かに私は眠り姫のことが好きで、毎日その寝顔を拝みにくることはあったけど、それは中身を知らなかった頃の話で。
こんな人だと知っていたら、私も毎日通うことはなかっただろう。
そう、この人の外見にすっかり騙されてしまったのである。
しかも私が告白するよりも先に好きだと言われてしまい、どうしていいのかわからないまま今に至る。
「まだ告白の返事も聞いてないけど、好きでいいんだよね?」
「はあ!? だからなんでそうなるんですか?」
「俺のこと好きなんでしょ? さっさと言っちゃいなよ」
「だ、誰があなたみたいな人を……」
「でもキスしようとしたじゃん」
「そそそ、そんなことしてません! 私はただ……」
「ただ?」
「ちょっと顔を見に来ていただけで」
「やっぱり好きってことでしょ?」
「だからどうしてそうなるんですか」
「なかなか素直にならないなぁ。早く降参しなよ」
「誰があなたなんて……」
眠り姫がどんな素敵な人だろうと妄想していたあの頃が懐かしい。
実際はイタズラ好きで意地悪な眠り姫の正体に、困惑しかなかった。
しかも今日はバレンタイン。本当は眠り姫のチョコを用意していた。
けど、渡したら負けな気がして、渡すに渡せなかった。
「本当はチョコ用意してるでしょ?」
「え? 見たんですか?」
「やっぱり。食べてあげるから、出しなよ」
「嫌です。あなたのためのチョコなんてないです」
「ほらほら、素直になりなって」
「だからなんなんですか!」
できればずっとあの〝眠り姫〟で居て欲しかった。
私の夢を壊した眠り姫は、いつもこうやってからかってくるのだ。
「好きだって言ったのに、いつになったらカノジョになってくれるの?」
「そんなの……無理です」
いつも妄想してばかりで、眠り姫に告白されるなんて考えたこともなかった。
「そんなに私をからかうのが好きですか?」
「何?」
「どうせ私のことを変なやつだと思ってるでしょう?」
「うん。変な子だと思ったよ」
「!!」
「けど、そこが可愛いとも思ったよ」
「な、なな」
「俺はこんなに正直なのに、君はいつまで経っても素直にならないんだから」
「眠り姫なら」
「ん?」
「眠り姫の前でなら素直になれる自信があります」
「なにそれ」
「だから、眠ってもらえるなら……チョコを渡せるかもしれません」
「へー、わかった。じゃあ、眠ればいいの?」
私の言葉に従って、椅子で狸寝入りを始めた眠り姫に、私はそっと近づく。
やっぱり、静かな眠り姫であれば、近づくのも簡単だった。
カバンから引っ張りだしたチョコを眠り姫の膝に置いた私は、ついクセで『好きです』を心の中でささやいてしまう。
けど、私が離れようとした瞬間、私は後ろから抱きしめられたのだった。
「え? え?」
「今回は聞こえたよ」
「なにを……」
「好きって聞こえた」
「あ」
声のない囁きのはずが、うっかり声に出していたことに気づいた私は、血の気が引くのを感じた。
「これで両想いだ」
「ち、違います。私が好きなのは眠り姫であって」
「それは俺でしょ?」
「違います……」
「俺の眠ってる姿だけってこと?」
「はい」
「こういう時だけ素直なのやめてよ」
「でもチョコは渡しました。眠り姫に」
「俺のライバルは眠ってる俺なの?」
「あの……離してください」
「俺のことが好きっていうまで離さないよ」
「起きてる眠り姫は無理です。ごめんなさい」
「俺はとんでもないコを好きになったみたいだね」
「だから、離してください」
「嫌だ。好きっていうまで離さない」
「子供ですか?」
「何度でもいうよ。俺は君のことが好きだからね」
放課後の眠り姫 #zen @zendesuyo
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