放課後の眠り姫
#zen
第1話 放課後の告白
綺麗でどことなく儚い印象の彼はまるでお姫様みたいで——そんな先輩にずっと憧れている私。
だけど、臆病者な私は、眠っている間しか近づくことができなくて。
毎日毎日、ただ彼の健やかな眠りを妨げないようにそっと近づいて見守っていた。
————いや、見守るというのは少し違うかもしれない。
これはそう、先輩には気づかれないよう、そっと行う儀式。
教室の机で一人眠っている先輩に、息を殺して足音を立てずに忍び寄って、触れるか触れないかの距離で小さく小さく囁く。
『——好きです』
ただし、呟くのは心の中だけ。起こしたりしたらマズイから、絶対に声を出したりはしなかった。
そして今日もまた、いつもと同じようにそっと近づいていると、ふいに目を覚ました彼と触れるか触れないかの距離で目があってしまった。
でも寝ぼけていただけなのか、彼はまた眠ってしまう。
私のことなんて眼中にないみたいに、ストンと眠りに落ちた彼にホッとする反面、恨めしげに見下ろした。
間近で目が合ったから、こっちは心臓がバクバク言ってるのに、平気で眠っている彼が憎らしかった。
それからようやく心臓が落ち着いて、……今日はもう帰ろう。そう決めて教室を出た時だった。
突然、腕を後ろに引っ張られて、私は思わず何かに座り込んだ。
見ると、私は先輩の膝の上に座っていた。
目を丸くする私に、意地悪な笑い声が聞こえた。
そして何がどうなっているのかわからない中、先輩は私をしっかりと抱きとめながら呟いた。
「捕まえた」
「……あ、あの……先輩、ちょっと」
「どうしてそんなに狼狽えてるの? いつもキスするのかって思うくらい近づいてくるくせに。今日こそされるかと思った」
「は!?」
「違うの?」
「そんな! めっそーもございません! キスなんて出来ません」
「じゃあ、毎日毎日ここにきて、どうするつもりだったの?」
「お……おまじないをしていただけです」
「おまじない?」
「おまじないです。――じ、実はそうなんです! 友達が先輩と仲良くなれますようにって」
とても下手なウソをついている自覚はあったけど、なんでわざわざ友達のせいにしているんだろう……。
こんな言い訳しか出てこない自分を情けなく思っていると、先輩がちょっとㇺっとした顔で訊ねてきた。
「じゃあ、その友達って誰?」
「わかりました。言いますから、離してください……」
「ヤダ。離したら逃げるだろ?」
「逃げません」
「嘘が下手って言われない?」
「言われません」
「嘘だね」
「先輩は……どうしてこんなことをするんですか?」
「毎日毎日睡眠を邪魔されて愛を囁かれたら、気にもなるでしょ? どんな子だろうって」
「愛を囁く!? 私、声に出してました?」
「ほらやっぱり、おまじないなんて嘘じゃないか」
指摘されて、とうとう観念した私は口をとがらせる。
「先輩ってもっと繊細で優しい人かと思ってました」
「よく言われる。幻滅した?」
「そんなことはないです」
「あ、今のは嘘じゃないんだね。なんだか君のことがわかってきたかも」
「いい加減、離してください。もう逃げたりしませんから」
「わかったわかった」
再三お願いして、やっと離してもらえた私は、先輩から少しだけ距離をとった。
「なんだか遠いね。そんなに遠いと喋りにくいよ」
「先輩とはこの距離が適切みたいです」
先輩が一歩近づくと、私は一歩下がる……を繰り返す。
そうこうするうち、背中が窓に当たって——先輩が「もう逃げられないね」と言った。
「先輩は何がしたいんですか?」
「そうだね。最初は俺の快眠を邪魔する子の顔を拝んでやろうと思って、寝ないで待っていたんだけど、その後のことは考えてなかったな」
「なんですか、それ」
「てっきり亡霊かと思ったよ。顔をあげたら、いつもいなくなってるし」
「お化けじゃなくてすみません」
「いいや、生身の人間で良かった」
「どういう意味ですか?」
「鈍感だなぁ」
「先輩って意地悪ですね」
「君が意地悪したくなる逸材なんだよ」
「ひどいです」
「わからないかなぁ」
「何がですか」
「好きってことだよ」
そう言って破顔した先輩の顔は綺麗だったけど、この先嫌な予感しかしなかった。
私はなんて人を起こしてしまったのだろう……。
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