運命ジャンケン

青いひつじ

第1話


誰しもが一度は、ここで勝ちたい!と思うジャンケンの舞台に立ったことがあるだろう。


ジャンケンとは不思議なもので、「ジャンケンしようぜ」と言い出した人間が勝つ仕組みになっているような気がする。

僕は、その勢いが運をはこんできているのだと考える。つまりは気持ちの問題で、始める前からすでに勝負は決まっているのだ。異論は認める。僕の人生の経験上はそうだったというだけの話なので。


しかし、その理論を今の僕が証明している。

もし、運をも引っ張って連れてくる強い心が僕にあれば、木枯らしの吹くこんな寒い日にひとり残り、教室と焼却炉を往復し、大量のゴミを運ぶことはなかっただろう。僕は今日、掃除の後のジャンケンに負けた。



「てゆうか、なんで他の組のやつまで僕に押し付けてくるんだよ!」



勢いよく投げられたゴミ袋が結び目をするりと解放すると、ぱんぱんに詰まったゴミたちが我先にと溢れ出てきた。


最悪すぎる。そのまま蹴り上げたい気持ちを腹に沈め、散らばったゴミの中からお菓子の箱を手に取った、その時だった。


どこからか「おーい、おーい」と、井戸の底で叫んでいるような声が聞こえた。しかしそれは不思議なことに、井戸ではなく僕の手元から。

まさかと思い箱の中を覗くと、中にいたのは全長3センチほどの小人だった。小人は底の方でジタバタと暴れながら僕に助けを求めてきた。



『おーい!助けてくれ!ここから出してくれー!』


初めて見る小人に困惑する暇もなく、僕は救助にとりかかった。「行きますよー」と囁いて、ゆっくりと箱を斜めにし、手のひらでキャッチした。


『いやー!危ない危ない!君が出してくれなかったら1時間後には灰になっていたよ。ありがとね!』


小人は立ち上がり爽やかに礼を述べると、次はスラスラと文句を垂れ、最後に『そうだ。何か礼をさせてくれ』と言ってきた。律儀な小人だった。


「そんな突然言われても」と、僕は困った。


『なんでもいいよ。お小遣いでも、欲しい洋服でも、ちょっとした能力をプレゼントすることもできる』


「うーん。あ、じゃあ、ジャンケンが強くなりたいんだけど、そんな願いも可能なの?」


『もちろんさ!では君に、ジャンケンを操れる力を授けよう!』


小人は声高らかに言った。


「ジャンケンを操る?どうやって?」


『なーに、簡単さ。ジャンケンをする前に、勝ちたいか、負けたいか、それを願うだけで思いのままにジャンケンを操れるんだ。しかし効果は3回。ここぞという時、運命を動かしたいタイミングで使うんだ』


小人はそう言うと、僕の手の平から飛び降りて、そそくさと茂みの中へ姿を消した。

こうして僕は、ジャンケンを操れる力(3回限定)を手に入れたのだった。



しかし、この力が本物なのか試す必要があった。1回目は学級委員を決めるジャンケンの際、実験的に使ってみた。

何も考えずに出し続け、案の定最後まで残ってしまった僕は、勝ちたいと強く願い、グーを出した。結果、見事勝利を収めた。


2回目は、修学旅行の部屋決めジャンケンだ。

不良たちは嫌な笑みを浮かべながら『勝った奴が俺らの部屋な』と言ってきたので、負ける実験を行うのには都合が良かった。僕は心の中で、負けますようにと何度も唱えた。またまた実験は成功。夜中にコンビニに走らされ毛布に包まり泣くこともない、実に楽しい修学旅行であった。



そんな事に使うなよと思われるかもしれないが、僕にとっては絶好のタイミングだった。貴重な学生時代をこれ以上淡いブルーで染めたくはなかった。この力のおかげで、無事に2年生を終えることができ、僕としては大変満足している。



4月になり、高校生活も残り1年となった。

新しいクラスには、以前から気になっていた女子生徒の姿があった。僕はちょうど、少し離れた斜め後ろの席なので、彼女の横顔がよく見えた。


新しいクラスでは、委員決めが始まった。こだわりのない僕は、特に何も考えず、新聞委員会に手を挙げた。女子ひとり、男子ひとりで運営する委員会なのだが、見ると、斜め前の彼女も手を挙げていた。女子はひとり、男子は僕を含めてふたり手を挙げている。


『じゃあ、男子ふたりはジャンケンなー。勝った方が新聞委員だ』


先生の言葉でゴングの鐘が鳴らされる。

しかし僕は、ここで力を使うか迷っていた。というのも、勝てば彼女と1年間、ふたりでやり取りをする事になる。それは願ってもない幸運のはずなのだ。


だが僕のような人間は、突然とんでもない好機が目の前にやってくると、勇気と自信は逃亡し、へなへなと心が萎んで、腰が引けてしまうのだ。何とも情けない話であるが。


そうこうしている間にも、相手の男子生徒の口は、最後の「ポンッ」を告げようとしている。

結局僕は空っぽの頭でグーを出した。結果、新聞委員にはなれなかった。

特別な力をもってしても運を逃してしまうのかと、その夜はひどく落ち込んだ。




桜はすっかり散って、黄緑色の葉をつけだした。

それは、オレンジ色にピンクが混ざった、ある放課後のことだった。

教室の前を通ると、中でひとり机に向かい、何かを書く彼女の姿があった。


教卓には、段ボールに入ったクラス全員のノートが置かれている。彼女は今日日直だったので、頼まれごとをしているのだと分かった。


そのまま教室を通り過ぎたところで、僕は足を止め、3歩下がった。

それから何を思ったのか、日誌を書く彼女に声をかけた。


「あのさ」


彼女は素早く顔を上げた。僕も正気に戻りハッとした。勢いで出た言葉に何を続けたらいいのか分からず、教卓のダンボールに目を向けた。


「‥‥あっ、これ持ってくよ!今から職員室に行くから」


早口でそう言った僕に、彼女は少し驚いた顔をした。しかしすぐに優しい表情に変わり、


「ありがとう。お願いしてもいい?」


と、日誌を閉じて立ち上がった。


「もちろん」と、僕はダンボールを抱え、鞄を持った彼女は近づいてきて、僕の隣に並んだ。


「え?」


『ん?』


「えっと、これは‥‥」


『職員室、一緒に行こ』



立ち尽くす僕を置いて前を進んだ彼女が振り返った。長い、綺麗な髪を揺らして。



いつもと同じ道、しかし、その様子は少し違う。ふたつ並ぶ影を見て僕は思った。

運命を決めるのは、ジャンケンなんかじゃなかったんだなと。





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運命ジャンケン 青いひつじ @zue23

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