俺の苦労を転移者たちは知らない

Seabird(シエドリ)

俺の苦労を転移者たちは知らない

 俺は神になりたかった。

 皆を救い崇拝され、誰からもさげすまれることのない、そんな存在。

 ああ、どうしてこうなったのだろう?

 久しぶりに見た俺が人間だった時の夢。あの時は、毎日同じ日々を繰り返していた。制服を着て、学校へ行き、そして世の中全てに飽きていた気がする。

 人生に絶望し、ふらっと立ち寄った教会で記憶が途切れる。

 そうだ。ハッピーエンドだ。天使として転生した俺には幸せな日々が待っているんだ……


「そんな訳ないだろ!」


 小さな教会の中、簡易的なベットの上で目が覚める。

 あのクソ上司が。さんざん俺に働かせておいて、今度は何だ?

 『君、元日本人でしょ。じゃあこの案件頼むわ』だと?

 期限も目標も設定されていない意味不明な仕事を任せやがって。

 最初は、天界で頑張ればいずれ神にもなれる、そう思っていた。現実はただの雑用係。今回もどうせ、この世界と俺が元居た世界を管理している神々の尻拭いだ。

 そう思うと上司である上級天使のことも悪く思えなくなってきた……でも流石に投げやりが過ぎる。


「聖女様、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。少し待ってください」


 ドアの外から聞こえた教会のシスターの声に体を起こし、魔法で寝癖を整えたら鏡の前で頬を叩く。


「よしっ、今日も可愛い」


 陶器のように白い肌に黄金に輝く髪、長いまつげに大きな瞳。

 天使になって良かったこと。それは美形であることだ。

 毎朝鏡を見て仕事のやる気を出す。

 さて、今日もやりますか。

 いつ来るか分からない同郷の人のため、この世界を耕すとしよう。




「おで、おまえ、まるかじり」


 小さな教室の中で子供が騒いでいる。


「違うよ。『俺はお前を丸かじりする』が正解だね」


 オオカミの顔をした子供の言葉を訂正する。


「はいはーい。席に着いてー。授業を始めるよー」


 歩き回っている子供たちが自分の席に着く。

 彼らの見た目は様々だ。角が生えている者もいれば、尻尾が生えている者もいる。人型という共通点を除けば十人十色、この世界の種族オールスターだ。


 俺は始める。日本語の授業を……


「だーかーらー、主語は最初に、次は動詞だって! あ、でも順番は臨機応変に変えていいからね」

「せんせい、わからない、むずかしい……」


 俺の説明に生徒たちは困惑している。

 確かにそうかもしれない。

 日本語は難しい。とても難しい。


 例えば『はやくおきれたわたしは、きょう、あさごはんを、かぞくと、しっかり、たべた』という文があるとしよう。


 ”わたし”という主語の説明をする”はやくおきれた”という形容詞文。

 これは名刺を修飾しているという点では、理解できる。


 ”たべた”という動詞を補っている、きょう、あさごはんを、かぞくと、しっかりという語。

 誰が何をした、という基本は単純なのだが、この補語の位置が日本語を難しくしている。


 『今日の朝、早く起きれた私は家族とご飯をたべた、しっかりと』という文でも意味は通じる。

 二文に分けて接続詞を加え『今日は早く起きれた。だから、私は家族と朝ごはんをしっかりと食べた』とする方が意図をハッキリと伝えられるだろう。

 

 補うという役割を果たせば補語の位置はある程度自由なのだ。


 口語で言えば主語を省くこともできるし、単語だけでの会話ももちろん可能だ。

 ”了解”を”り”だと略したりもする、非常に自由度の高い言語、それが日本語。

 だからこそこのような流れが生まれる。


「後で遊ぼ」

「おっけー」

「なにする?」

「ままごと」

「り」


 教室の中で生徒同士がしていた会話だ。

 意味は通じているが、いろいろと省略されている。

 そもそも”おっけー”など日本語では無く英語、しかも”all correct"をミススペルした"oll korrect"が語源だ。


 もう訳が分からない。


 海外の言葉すら柔軟に取り入れる。文法は意味さえ通じれば何とかなってしまう。そんな乱雑かつ奇麗な言語を俺はなんとかこの異世界に普及させようとしていた。


 授業が終わり、教会の自室で今後の計画を詰めていく。

 俺が上司から受けた命令は、世界線がどうのこうのでいずれやってくる日本人のためにこの世界をうまく調整しておいてくれ、というものだ。

 最初に考えたのは言語。当たり前だ。言葉が通じなければ地球人は詰む。

 そこで俺は現世での知識を生かし、宗教を作った。知識や思想の伝播には宗教が一番なのだ。

 俺は聖女として神の教えを適当に説き、天使の力を使って奇跡を見せる。

 活動を始めて丸1年がたったところで、教会が立つまでに成長した。

 俺の言葉は力を使っているから皆に通じる。それでも”教える”というのはここまでに難しいものなのか……


「はあ、でも、頑張るしかないよね……」


 いつ来るか分からない迎えを待つ。

 今後は共通言語を日本語にすることはもちろん、技術レベルの向上に道徳心の育成、やることは山のようにある。


「いつになったら神になれるのやら……」


 そう弱音をもらしながらも、明日使う教材の準備に入るのだった。




 それから幾百いくひゃく年がたったある日。

 森の中、木漏れ日がさす空間で。


「師匠! 今日の内容が終わりました!」


 黒い髪をした青年が元気に報告してきた。


「うむ、よろしい。今日はこのぐらいにしようか」


 修行を終え、俺と青年は拠点としている村まで歩き始める。


「俺、最初は不安だったんです。いきなり異世界になんかって……」


 道中、青年が話しかけて来た。


「でも、師匠がいて助かりました。転生特典でこっちの言葉も話せるし、結構楽しいです!」


 特典ではない。俺が頑張ったのだ。

 今ではこの世界の人間全員が日本語をペラペラと話せる。


「そう? 頑張ってね」


 俺がこの元日本人に、師匠としてついている理由。

 それは彼が上司へ報告するためのモデルケースだからだ。


「はい! 魔王だって倒して見せます!」


 ちなみに、魔王は俺だ。

 俺は見た目を変え、様々な役割をこなしてきた。

 聖女は天へと還ったという設定にし、やってくる転移者のために目的を作ることにした。

 それが”魔王”だ。

 勇者と魔王という設定は非常に分かりやすい。そこを利用した。


「ははは……楽しそうでなによりだよ……」


 そう言った話をしている間に、村へとたどり着く。


「でもすごいですね……こんな辺境の村にも電気、この世界では魔気と言ったんですっけ、それが通っているなんて」

「う、うん……」


 村には電柱のような物が立ち、夜だというのに街灯が道を明るく照らす。

 よくある中世ヨーロッパ風の景色ではない。

 俺は見ている現実から逃げるように早足で宿屋を目指す。


 泊っている部屋に入ると、青年がまた感心する。


「いや、本当にすごいです! この宿屋なんてウォシュレット完備なんですよ!」


 ──俺は異世界を耕しすぎたようだ。




 皆は思ったことがあるだろうか?

 『なぜ、異世界の言語は全て日本語なのだろう』と。

 そこには、転生転移をしてくる日本人が異世界生活を謳歌おうかするはるか昔から、彼ら彼女らのために舞台を作っていた者が関わっていたのだ。


 そう、それでも知られれることは無い。


 ”俺”の苦労を。

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