スプーン
イカワ ミヒロ
スプーン
ピロリン♪
通知音と共に写真が届いた。エマからだ。大きなグラスに入ったパフェ。
懐かしい。高校の近くにあった喫茶店のパフェだ。定期テストの最終日にはみんなで食べに行ったっけ。
でもちょっと違和感。一人でこのパフェ食べるの? あんたいつも私と分けて食べてたじゃん。それに今日は水曜日。時間は夜の七時半。パフェっていう時間?
「なつかしー!! まだあるんだね、ジャンボパフェ!」
とりあえず返信を送る。
「全然変わってないよ! マスターもちょっと年取ったけど相変わらずのヒゲオヤジw」
「ヒゲなw ダリ髭w パフェもだけど、ダックワーズも美味しかったよねー 😋」
「ダックワーズ好きだったよねー、詩央里。あっ、買ってきて送ってあげようか? もう家帰ってきちゃったけど、まだ開いてるから戻れば買えるよ?」
「えっ、いいよ、いいよ! 今から戻ったら大変だよ! 今度実家帰ったときにでも一緒に行こ? 懐かしい写真サンキュー♪」
エマからハートマークが届いて会話は終了。
しかし何かが引っかかる。
エマが今住んでるのは善福寺。喫茶店があるのは上石神井。エマは車を持っていない。歩いて行けなくはないけれど、会社帰りに行くほどのところではない。エマの職場は三鷹だから、会社帰りに同じ中央線沿いの吉祥寺に寄ることは想像できても、路線の違う西武新宿線に行くことは基本的にない。
『もう家帰ってきちゃったけど、まだ開いてるから戻れば買えるよ?』
いや、車があればね?
……!
フラッシュバックのように、半年前に行ったエマのアパートの記憶が蘇った。
二年もしないで離婚をすると言い出したエマ。「もうあの人とは一緒に居られない」と泣いていた。離婚に同意しない夫に、「もうやり直せない」と顔も合わせようとしなかった。務めていた渋谷の企業を止め、三鷹の小さな会社に転職。目黒の実家にも戻らず、土地勘もなさそうな善福寺にアパートを借りた。
嬉しそうに一人暮らしを始めた彼女のアパート。「絶対泊まっていって!」と言われて過ごした何日か。「消臭アロマ」と書かれた衣料洗剤に「あれ、エマってそんな香りに神経質だったっけ?」と密かに思った。その横に置かれたパイプクリーナーにエマは「なんか下水臭くってさあ」と言っていた。でも、お風呂を借りたときに排水口から臭ったのはタバコだった。そのときは、エマ、離婚のストレスでタバコを吸い始めたのかな……と思ったのだけれど。
離婚調停がうまく行かずにエマはかなりイライラしていた。その様子は痛々しいほどだったけれど、どうしてまず関係を修復する努力をしないのかなと思っていた。そして調停を繰り返し、最後は諦めたように別居を経て離婚することに決めていた。離婚までのカウントダウンのために、アパートを借りたのだ。
……そうか、男か……。
多分、渋谷に務めていた時に相手の男と出会ったのだろう。会社の人かもしれない。好きになっちゃって夢中になって、さっさと離婚したくなっちゃったのかもしれないね。その人は多分西武新宿線沿いに住んでいるんだね。水曜日はデートの日なのかもしれない。車でアパートまで来るんだね。タバコを吸う人なんだ。ジャンボパフェはエマが一人で食べたんじゃない。その男の人と二人で食べたんだね。
正直に話してくれなかったエマに寂しさを感じた。私から情報が漏れて、慰謝料問題になったら大変だと思ったのかも知れない。私のことだから「二人でやり直せるように話し合いなよ」って多分言ったと思うし、そういう私のことを鬱陶しいと思ったのかも知れない。
それでも、私はエマに本当のことを話して欲しかったな。
いろいろな気持ちが入り混じったまま、エマから送られてきたパフェの写真を眺めていた。ふと気付いた写真の隅には、パフェの受け皿に乗ったスプーンとは別に、もう一本のスプーンの柄だけが写っていた。
スプーン イカワ ミヒロ @ikamiro00
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