手垢のついた戦争の犠牲者についての話

白川津 中々

◾️

除隊してからジョスト大尉と会うのは初めてだった。


先の戦争において終戦まで戦えなかったという不名誉はあるものの、平和になって改めて上官と出会えるのは喜ばしい事だったし、今の仕事の話もしたいと思い上等な酒を土産にやってきたわけだが、扉を叩いて現れたのやつれた老婆だった。



「軍曹さん、すみません」



老婆は大尉の母親で、手紙を出したのは自分だと暗い顔で告白をした。



「戦争から帰ってきて、息子は……」



途端、崩れそうになった老婆を支える。何があったのか聞くも答えはない。覚束ない足で「こちらへ」と促されるままに家へと入って進むと一室の前。老婆は無言で「ドア開けろ」と視線を向けた。おかしな様子に少しばかり腹を立てながらも、俺はノブを捻った。力無く、ぎいと音をたてる扉。その奥には椅子があり、ボロボロの人形のようなものが座っている。俺はそれがなんだろうかと確認しようとしたがすぐにやめて目を背けた。見なくとも、もうそれがなんだか分かってしまっていたからだ。



「戦争で、薬を注射したみたいで……もう、ずっとこうで……声をかけても返事がなくて……戦中、息子の手紙に軍曹さんの名前がよく書いてあったから、もしかしたらって……」



嗚咽しながら老婆が口にする言葉を聞きながら、俺は床と自分の靴を見ていた。正直な話、なぜ呼んだという気持ちしか湧かなかった。映画じゃないんだ。奇跡など起こるはずはないし、皆が皆善人じゃない。俺は、後ろで泣き続ける老婆に、明確な苛立ちを覚えていた。



「帰ります」



何か喚く老婆を振り切り家を出た。持ってきた酒を飲みながら帰る道中、幾度となく言葉を交わした大尉の声が思い出され、同時に、椅子に座っていたものの姿が浮かんだ。骨と皮になり、乾き切ったゾンビのような顔つきとなった上官。戦場にいたら、俺も今頃……


「どうしろというんだ、俺に……!」



酒を飲む。

足取り重く、苦しく、辛く。

どうしようもないんだ、どうしようも……

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