第15話 光の道化師

==光の世界==


 いつからだったろうか、ひたすら歩き続けていた。

 ゴールなんてない、ただ仮面を拾い続けていた。

 そこは白い眩しい光に包まれた世界であった。

 

 かつてそこには光の神々がいたそうだ。

 だがそこには仮面が落ちているだけであった。


 地面すらない、空すらない、というよりかはそう言った概念が理解出来ない。


 生まれてこの方ずっと光の世界を彷徨ってきている。


 名前をピエロト・ダザック。

 今年で13歳になるはずだ。

 まだ少年と青年の狭間なのだが、肉体は骨と皮膚という。


 食べ物を生まれてから食べていない。

 寝る事すらもしていない。

 この光の世界ではそういった生きるという概念とは無縁だ。


 頭の中では、光の道化師である。ピロルム・ダザックがいる。

 かつて13年前に光の道化師として七代将軍として名をはせていたそうだ。


 エルレイム王国には七代将軍がいる。

 13年前、闇の道化師に敗れた父は光の世界にピエロトを送り込んだ。

 彼の頭の中に住み着く事によりなんとか生きながらえる事に成功した。


 七代将軍として残されている母親、彼女の名前をミュン・ダザック。

 13年後の今もきっと七代将軍として生きているのだろうし。

 姉であるメレル・ダザックもどこかで生きていると信じたい。

 だがそう言った情報は父親から送られてくるものでしかなかった。


 ピエロトはその目で、生きている人を見た事もないし、その舌ざわりで美味しい食べ物を食べた事がない。


 ただ彷徨い続けているだけであった。


「これで1499個」


 13年間、この果てしない光の世界を歩き続けている。


【光の神様達は1500体いたそうだ】


「そうなんですか」


 何度聞いた事だろうか。

 ピロルムはピエロトの精神が異常をきたさないように、時おり声をかけてくれる。

 不思議とそこには温かい感情が宿っている事を感じさせてくれる時もあれば。

 とても悲しそうに語る時もある。

 肌が泡立つような感覚。

 よくわからなかった。


【残り1枚で外に出る事が出来るだろう】


「そうか」


 ようやく、外に出る事が出来る。

 光の神々が捨てたこの世界に取り残された光の道化師ピエロト。

 

 最後の1枚を拾いあげた時。

 何かがスパークする音と。

 頭が猛烈に何かを受け止める感触。

 気づくと、どこかの草原に立っていた。

 いや、森の中と説明しても良いだろう。


 まず、足ががくんと折れるように倒れた。

 体が動かない。


【重力だな】


「体が動かない」


 重たい。苦しい。


【筋肉がないから、歩くことが出来ないのだろう、今体は生きている世界に合わせようとしている】


「そうか」


 だからと言って、あまりうれしい状況ではないようだ。

 目の前に犬のような巨大なモンスターが群れを成してやって来た。


 問題はそれが犬の様だと形容できる事だろう。

 ピロルムの記憶がピエロトの記憶を作り出してくれている。

 今まで見た事もないものや生き物を認知させる事が出来る。


 ここが草原だとか、ここが森だとか認知出来たのも、ピロルムの記憶の補佐のおかげでもあるのだろう。


【倒せ、ピエロト】


「どうやって?」


【仮面だ】


 ピエロトは頭の中のストックフォルダーみたいな所から、何かを引き出した。

 それはイメージそのものだった。

 仮面が手の平に出現すると。

 それを顔に張り付けた。


 異変は修羅のように起きた。


 体がメラメラと燃えるように熱い。

 炎の神様の仮面のようだ。


 右手が燃え盛る。

 左手が灼熱の如く溶けるかのようだ。


 痛みは存在しない。

 体の筋肉を仮面の力が代用してくれる。

 立ち上がる事が出来る。


 ただ燃えろと認知する。

 それだけで、右手から炎の塊が射出されている。


 犬のようなモンスター10体近くが、一瞬にして焦げた肉の塊へと変貌する。


「きゃあああああ」


 その時、1人の赤毛の女性が悲鳴を上げた。

 彼女はこちらを見て、恐ろしい形相になっている。


 ピエロトは取り合えず、仮面を外すと。

 がくんと仮面の力が無くなり、倒れてしまう。


「大丈夫?」


 何か甘い香りをさせてくれる。

 柔らかい手の感触が、ピエロトのほっぺたをなぞる。


「お腹減りました」


「そうね、村に案内しましょうか」


 それが、チャニ―、いや神話級のビーストマスターチャニ―との出会いであった。



==ワン村==


 大きな建物が無数にある。

 木材で作られた幾重もの建物。

 そこには無数の人々がどっと暗い顔をしながらとぼとぼと歩いていた。


 ピエロトはチャニ―に背負われながらも初めて見る光景を見つめていた。


「あなたはどこから来たの? 私はチャニ―で15歳よ、何歳?」


「わたくしは13歳だと思う、名前はピエロト・ダザック」


「そう、よろしくね、今日は美味しいシチューが出来るから、食べさせてあげるわ」


「それはありがとう」


「ヴァルガおばさんもきっと喜んでくれるわね」


「おいおい、チャニ―どうしたんだよ、そのガキは」


「イザル! 今日ね、この子が狼のモンスターを炎で焼き殺したのよ凄かったんだから」


「そりゃー凄いな、俺様はイザル。よろしくな、で、お前は?」


「わたくしはピエロト、ピエロト・ダザック」


「ダザックっちゅうと、光の道化師の家系か? ここはな、七代将軍が2人、ピロルムさんとミュンさんの出生地なんだぜ」


「へぇ、そうなんだ」


【なつかしい、なぜこのような場所にやってきたんだろうか】


「父さんと母さんの故郷か」


「それなら、ヴァルガおばさんなら詳しく知ってるでしょうから、行きましょう、イザル、まだ奴隷狩りはここには来てないわよね」


「ああ、大丈夫だ。セドン国の奴らめ、何がビーストマスターを探しているだ。そんな奴はここにはいねーんだっつーの」


【ビーストマスターとはセドン国の神話に出てくる存在、光の獣ラパスを使役出来るとされているからセドン国は探しているのだろうな】


「そ、そうね」


 その時、不思議とチャニ―の言葉が濁った事を、ピエロトの耳は聞き逃す事がなかった。

 

「ヴァルガおばさん、今日ね、ダザック家の人の子を連れてきたの」

 

 輝かしい建物と言って良いかもしれない。

 幾重にも松明が掲げられており。

 幾重にも鎖で囲まれている。


 無数の人々がお酒を酌み交わしている中。

 1人の巨漢の女性がやってくる。

 体の構造がおかしいと言って良いほどの逞しさ。

 右手1つで林檎を潰してしまえそうな腕力。


 彼女はイザルを見るとにへらと笑うと。

 

「そうさね、ダザック家の子かい。そりゃー感激だね、シチューがあるよ、チャニ―その子に食わせてあげな、どうやら貧弱そうだからね」


「うん!」


 チャニーは頷くと、ピエロトをテーブルとイスがある場所まで運んでくれて、隣に座ったチャニ―は木材で出来ているスプーンで、ピエロトの口にミルクのような白いスープを運んでくれた。

 

 パンを浸して、ピエロトの国の中に差し込まれていく食べ物。

 生まれて初めて、食べ物を食べていると。

 口の中に広がる幾重もの味覚の存在が、虹色のようだと認知した。


【美味しいものを食べると、人は生きている気がするんだよ】


 頭の中でピロルムが父親の優しさを表すように囁いてくれる。


【色々と食べてみると良いだろう。ただし、毒物は間違っても食べるなよ、死ぬからな】


 ピロルムの声が心配を表す不安な形に変貌したが、最後の時には優しさに切替わっていた。


「それで、言ってやったのさ、花茨騎士団の奴等にはね、特にクルクセイの長男の奴に言ってやったのさ、何度も言うけど、この村にはビーストマスターっちゅうのはいないってなってな」


「ぎゃはははっはあは」


 多くの大人達が笑っている。

 今のどこが面白いのかピエロトには理解する事が難しく感じた。


 その時だった、外からけたたましい悲鳴が上がった。

 

「大変だ、ヴァルガの姉さん、クルクセイの奴等がチャニ―を引き出せって」


「なんでだいいいい」


「赤毛だからだって、奴等が最近伝記を見つけたみたいでさ、ビーストマスターは赤毛に生まれるって」


「そんな意味不明な理由でええええ」


 ヴァルガおばさんが、壁に掛けられていた巨大な棍棒を引っ張り出す。


 肩に担ぎながら、勇猛と歩く姿はまさにオーガ。

 オーガと言う記憶はピロルムから与えられている。

 そのオーガも伝記に残るくらいでしか存在していない。


 酒場の中に乱入してきた男。

 長身でありながら、顔は四角い。

 角刈りの髪形をしており、鎧には花茨の文様が刻まれている。

 彼はチャニ―を指さすと。


「あの子を捕まえろろおおお」


「どぅからあああ、それをあたしが許す訳ねーだろうがあああ」


 ヴァルガおばさんが、巨大な棍棒で酒場を破壊するかの如く暴れる。

 1人また1人と兵士が吹き飛ばされていく中で。

 その男だけは不適に笑っていた。


「おい、ヴァルガ、これを見てもそれが言えるか?」


「おのれ、クルクセイ!」


 クルクセイと呼ばれた四角い顔の男。

 彼は右手に小さな子供の首に剣を当てていた。


「お前は暴れると手がつけられねーだがな、人質交換なら応じるだろ?」


 クルクセイは笑う。

 チャニ―はピエロトの手を掴んで震えていた。


「なぁ、チャニ―ちゃんよおおお、早くこっちに来てくれないかなー? 子供死んじゃうよー?」


「ヴァルガおばさん、私行きます」


「そんなバカな」


「私はビーストマスターです」


 その場がシンと静まり返った。


「母親に言われた事を守ってきました。それでも、この国に操られる訳にはいかなかったけど、ここでお別れのようです」


 チャニ―の瞳から一筋の涙のような物が流れた。

 その涙がピエロトの手の甲に当たった。

 とても温かい気がした。


「ピエロト、色々と話をしたかったけど、すぐにお別れになっちゃったね」


 ピエロトの体が突如として震える。

 今仮面を出せば何とかなるかもしれない。

 そうすればあの子供は殺されるだろう。

 それはチャニ―もヴァルガおばさんも許さないだろう。


【力とは不浄なり、なぜなら、力とは……】


「なぁ、父さん、俺何が出来るかな」


 チャニ―がクルクセイの手に連れられて行った。

 その光景をただ眺めているしかなかった。

 ヴァルガおばさんは子供を抱きしめていた。

 その分厚い両手に優しく包み込まれていた。


 ピエロトはただ茫然としていた。


【取り戻すのも手だな】


「出来るかな」


【ヴァルガと話そう、昔の知り合いだ】


 ピエロトは仮面を。

 なり替わりの神の仮面に切り替えた。


「やぁ、ヴァルガ、久しぶりだね」


「あ、あんたは」


 そこにはピエロトではなく、ピロルム・ダザックが立ちすくみ、空中に浮遊しながら、ピエロのようにけらけらと笑っていた。


「わたくしの芸、覚えているかな?」


 それがピロルム・ダザック。

 光の道化師でありながら、人々を笑わす事しかしなかった。

 エルレイム王国の大笑い物。

 七代将軍となりて、国を喜びに満ちさせて。


 この世界から闇と言う物を笑顔で光に塗り替える。


 光の道化師ピロルム・ダザックがこの世に再出現した時であった。


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ドラゴン=八角=アーム~無限修羅~ AKISIRO @DrBOMB

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