第17話 まるで意味が分かりません

 ロングホームルームの時間、僕は外をぼーっと眺めていた。

 僕の席は窓際なので、窓の外を見やすい。そういう意味で僕はこの席を気に入っていた。

 とはいっても、外に何か特別なものがあるわけでもない。特徴のない山々が並ぶだけで、たまに少し大きめの鳥見えるくらいのものだった。


 クラス内では、体育会で誰が何の競技に出るかの打ち合わせが進んでいた。

 クラスでも意欲的な人は少ない。途中まではすんなり決まったものの、リレーなどの負担の大きい種目はメンバーがなかなか決まらない様子だった。

 僕はと言えば、早々に二人三脚の枠を確保した。

 負担が少なく、かつ種目に出れる人数が多いからだ。枠から希望者があふれたとしても、枠が多い分、他の種目に移る人に選ばれづらいという考えだ。

 実際、希望者は枠より少し多かったが、運よく別の種目に移らずに済んだ。

 僕は人に触れられることは苦手だが、数分肩を組むくらいなら多分大丈夫なはずだ。


 

 僕は残りの時間を、外に飛んでいる鳥の種類を考えたり、雲の形からあれこれ連想したりして過ごしていた。

 もう僕の出る幕はないと考えていたのだが、50m走のタイム順でリレーの補欠メンバーに入れられてしまった。ランニングの習慣がまさかここで仇になるとは思わなかった。




 授業が終わった後、待鳥さんに「パン食い競争なくて残念だね」と言われた。

 あの人の中で、僕はどれだけパンが好きなことになっているのだろうか。

 例えパン食い競争が種目にあったとしても僕は決して立候補しないだろう。なぜならあの競技は意味が分からないからだ。

 そもそも、現実にパン食い競争が実施されている体育会など存在するのだろうか。アニメや漫画の中でしか見たことがない。なんなら、アニメや漫画でも見たことがないかもしれない。実際、どの作品で見たのかは挙げられない。

 現実にパン食い競争をやっている姿を想像すると、それはかなり見ていられない感じになるのではないだろうか。同級生の必死にパンに食らいつく姿など誰も見たくないだろう。











 木曜日の放課後、僕はいつも通り図書室に向かっていた。

 窓の外では、運動部たちが談笑しながら着替えたり、ウォームアップをしたりしている。もうかなり涼しくなってきているのに、彼らはみな半袖の乾きやすい素材のシャツ一枚のようだ。きっと部活が始まればすぐに暑くなってしまうのだろう。

 入学したての頃は運動部に入ろうかと考えたこともあった。ただ、部活はどれもチーム競技ばかりで、僕には向かない気がした。悩んでいるうちに、入学してすぐ受けたテストの結果が返ってきた。それは僕に運動部のことなどすっかり忘れさせた。


 中学生の時は、どうして必死になって皆が部活に取り組むのかよくわからなかった。成果の見えないことに時間をかける皆のことをどこか冷めた目で見てしまっていた。

 勉強を少し頑張って、その成果が出た経験がある今は、もうそんな風には思わない。

 ただ、必死になる気持ちは理解できた今も、僕自身が必死になることは今後あるのだろうかと思う。僕は結局、勉強に対してもすべてをかけるような鬼気迫るものは、僕の中にないように思う。

 これまで以上に努力できれば、もっと理解できるだろうか。それとも、何か他に僕が必死になれることがどこかにあるのだろうか。もしかしたら案外それはパン食い競争だったりするのかもしれない。いや、そんなはずはないか。













 図書室に入ると、今日もやはり秋南さんが先にカウンターに座っていた。僕は慣れた足取りで、ひっそりと後ろからカウンターの右側の席に座った。お互いもう定位置になってきている。

 しばらく、普段と変わらない、つまり、特に会話もなくお互いがお互いのしたいことをしながら、本を借りに来る人を待つ時間が流れていた。

 ただ、僕は何となく異変に気が付いた。

 秋南さんがなにやらそわそわしている気がする。

 はじめは気のせいかと思ったが、明らかに何か様子がおかしい。

 その手には依然として文庫本が添えられているが、一向にそのページがめくられない。眉をしかめたり、息を整えたり、何度かうなずいてみたり、どう見ても本をじっくり読んでいるという様子ではなかった。

 僕には関係のないことだろうし、気にしないでおこうかと思ったが、それにしても挙動不審だ。さすがに何かできることをしたほうがいい気がしてくる。

 とはいえ、何が彼女をそうさせているのか、僕には一切わからない。トイレにでも行きたいのだろうか。そんなことではないとわかりつつも、僕にはそれ以外の可能性が見いだせない。

 僕はひとまず、彼女はトイレに行きたいのだと仮定して、何か行動してみることにした。


「バーコードを読み込むのって楽しいよね」

「は?」


 とんでもなく低い返答が返ってきた。初手を間違えたかもしれない。


「あ、えっと、今日はなんだかバーコードを読み込みたい気分だから、本を借りに来る人がいっぱいいたらいいなって」

 僕は明後日の方向を向きながらそう言った。


 こう言えば秋南さんは席を外しやすくなるはずだ。そうすれば、彼女の抱えている何かしらの問題が解決するかもしれない。

 と、思ったのだが、恐る恐るちらっと見た彼女の顔はますます険しくなっていた。まるで意味が分からない、という表情だ。


「まるで意味が分かりません」

 やはりまるで意味が分からなかったようだ。


「もう、いいです。単刀直入に言わせてもらいます」


 彼女は意を決したように僕の方をまっすぐ向いた。


「今週末、私と一緒に出掛けてくれませんか」


 それは思ってもみない誘いだった。

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ボーイ・ミーツ・ガールじゃ救えない @3furlong

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