第64話 丸薬試験の行方

「はっ!?そうだ!こっちの人たちの身体に合うか試してもらわなきゃ!」


 エイルさんの最速ランクアップ要請にストップがかけられる絶好の理由チャンス


「あぁ、そうですね……それでは、商業ギルドのサブマスのサミュエルに会いに行きましょうか?」


 思い出したように合点がいったエイルさんの言葉に、私は「え?」と呟く。


「正式な登録前に、ちゃんと効くか試さなきゃいけないんですってば〜!ウレシア様もくれぐれもと言ってましたし」

「だからこそですよ。それにしても、鑑定でちゃんと記載成功確認は出来ています。本当は、心配しなくても大丈夫なんですよ?」

「でも……」


 ほのほのと朗らかな表情は、相変わらずなにを考えているか読めないなぁ。


(見習えよ、ミオ)

(うっさい!ジョウも、いい加減勝手に考え読むのやめなさいよ!きっとエイルさんは、社交界とかで必要に駆られて得たスキルなんだよ!多分……私には、縁のない世界だ)


 直に、ミオも必要に駆られるようになる。だがそれを今彼女に言っても、実感を得られない夢物語なんだろうな。辺境伯に会うのは、予行演習として良いのかもしれんな。


「とはいえ……それは、明日にしましょうか」

「へ?」


 エイルの突然の予定変更に、素っ頓狂な声を上げるミオ。 


「今日は朝も早く、これ以上のスケジュールは身体に負担がかかります。サミュエルには、明日の午後に面会が出来るように申し入れておきましょう」

「明日の午後から、サミーさん率いる実務班は忙しくなるみたいなんですが……」


 ミオは大人の感覚のまま行動しているが、子供の体力など知れたもの。船を漕いではいないものの、まなこが少し怪しい。  

 サミュエルのスケジュールを気にしているミオだが、そんなもの。娘の病状に光が差すと分かれば、あいつは全てを投げ出しても優先するはずだ。


(商業ギルドのサブマスといえば……ミオのアイディア登録担当だな)


 確か、実務班のメンバーの引き継ぎがあったはず。本格的に稼働する明日の午後からの面会とは……ミオの性格からして、遠慮一択だな。


(そう。だから明後日以降とかにしたいんだけど、エイルさん折れてくれるかなぁ?)

(よくエイルの言葉を思い出せ、ミオ。お前が薬の臨床実験の事をエイルに言った後、奴はなんと言った?)

(え……「だからこそですよ」?って言った……って!?まさかサブマスの娘さんの病気を、臨床実験にするつもり!?)

(奴の狙いが、それしか思いつかん)

(もしそうだとして、娘さんの詳しい病状も分からないし。今ある丸薬は、高級丸薬x1と低級x3の試薬しかないよ?私は、骨折とかの怪我で試すつもりだったんだけど……)


 困惑した表情を浮かべ、オロオロとするミオ。確かに、事が大きくなっている。だが、ここで吾輩がしっかりせねば存在意義がない。吾輩の仕事は、ミオの護衛世話


(試薬など、どこでも作成可能だろう?それも商業ギルドは、多種多様な物品の売買が行われる場所だ。あそこほど、素材が揃っている場所もあるまい)


 吾輩はミオに諭すが、ミオの心配は抜け切らないようだ。


 フッ…とニヒルに笑うジョウだが、問題はそんな簡単なことじゃない。エイルさんは、なにを考えているの?


(そのように八の字眉毛になら心配せずとも、いざとなれば吾輩がいる。全てではなくとも、手掛かりが得られるぞ)

(いや、ジョウは神見習いだもん。分からないと困るよ!)


 神に分からない病気とか打つ手無しじゃん。要らぬ期待をかけて、ガッカリはさせたくないのだ。


(ジョウ、いざという時は頼むよ!)

(任せろ!)


 グッと握り拳を作り、眼差し強く……どうやら、ミオの決心が着いたようだな。

 全く、エイルも人が悪い。物事には順序があるだろう。いきなり重病人を選ぶなど、それを背負う者の身にもなれ!吾輩は、エイルをジロリと睨んだ。

 

 エイルはミオが困惑するのを見越していた。ジョウ様との念話に精を出し、こちらを気にする素振りはない。だが頭の中は、私のことで一杯だろう。

 観察されているなど露とも思わぬその抜け具合が、愛おしい。信用されている証拠か。それとも、ただの真面目さ故の一辺倒か。

 少しの笑いが込み上げる。そんな私の様子を、ジョウ様が睨めつける。おや、少しやり過ぎたか?


「さぁ、調薬釜を仕舞って下さい。今日は、早めの夕飯を準備するとゼフが言っていたのを思い出しました。遅れないように帰りましょう」

 と、私は若干明るめの雰囲気を出しながら言った。 


「ゼフさんが?それはいけません。早々に帰りましょう!」


 あの屋敷の裏ボスはゼフさんだ。彼を怒らせるのは危険。エイルさんの言葉を疑っていたわけではないが、確かに身体が怠い。今日は朝も早かったし、私が思ったよりも疲れてるかもしれない。

 私は手早く調薬釜と薬やオブラートなどを鞄に仕舞った。


「では、帰りましょう」


 そうして、冒険者ギルドの研究室から私達の姿は消えた。



サミュエル Side


「ん?……なんだ、こんな時間に魔鳥などを送ってくるのは……って、エイル様?」


 珍しい人物が夜更けに手紙を送ってきたものだ。だが、その内容には心当たり満載だ。ギルマスが即席で作り上げたミオさん担当執務実行係への苦情だろう。

 私は内心でギルマスに毒を吐きつつ、魔鳥を受け取った。だが、この時の私は知る由もない。

 この魔鳥を切っ掛けに、仄暗く沈んだ私の世界が、再度色鮮やかになろうとは。


『久しぶりですね、サミュエル。今まではあまり交流がありませんでしたが、ミオのアイディア登録担当者が貴方に変更になったとララに聞きました。その件でお話があります。明日の午後、我が家まで来て頂けないでしょうか?』


 実務実行班についてではない?アイディア登録担当になったのは確かだが。


「ギルドで話すのでは駄目なのか?……今日の紙や印刷技術だけでも先進的だったのに、まさか、それ以上の案件か?」


 とりあえず、今はそれを効くことは愚問だろう。私に出来るのは、快い返事を返すだけである。


『お久しぶりでございます、エイル様。突然の夜更けになに事かと思いましたが、ミオさんの件で、そちらにお伺いすることに否はありません。明日の午後一番で参りますので、よろしくお願い致します』


「……さぁ、寝ようか」

 自身の魔鳥を見送り、私は寝床に入る。時刻は、草木も眠る丑三つ時に近かった。

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【4万PV達成!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜 吉野 ひな @iza40

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