第63話 丸薬研究④

「あぁ、なんでもないですよ!育毛剤の話をしてたんですが、何故か霊薬ソーマの話になったのを、ジョウが過剰に捉えただけです」

「いや……それは過剰反応もするでしょう。駄目ですからね?ミオ」


 彼女は頭ごなしに注意しても、馬耳東風タイプだ。だから私は、やんわりと窘めるだけに留めた。


「エイルさんまで……分かってますよ〜!」


 あっけらかんと答えるミオ。エイルは、彼に同情の視線を送った。エイルが想像した通りのミオの反応に、彼も末恐ろしいものを感じた。実に厄介である。

 ミオはジョウのみならず、エイルにまで暴走性を危惧されているとは思ってもいない。もしそれが露見しても、気にしていないミオにとっては「大丈夫ですよ〜」で終了だろう。


 チーン!

「出来た〜!」

 そして当の本人は、調薬釜の丸薬の出来上がりに気を取られ、既にソーマの事は脳内の遥か彼方に飛んでいる。


 彼女の様子を見つめていたジョウ様は哀しいかな。先ほどまで叱りつけていたであろうジョウ様は、ミオの自由すぎる行動に目を見開き、気が抜けた様子だ。遠くを眺めている。彼はミオの奔放さに愛想を尽かしたのか、背中を向け身体を丸めてふて寝をしてしまった。


「出来たよ、出来た!…鑑定!」

[高級丸薬……癒やし草を原材料とした死の淵の怪我でさえ一発KO。高級ポーション一本分が、この丸薬一錠でOK]

「あれ?特別な癒し草でもない普通の癒しそうなのに、なんで高級!?」


 追加で高級を鑑定!


[調薬釜が神具故の抗えない現象。中級・低級ポーションをお望みの場合、モード選択から運用を選択し、お粗末・微力・普通・ちょい増しなど、作成レベルに合わせた運用モードをお選び下さい]

「この魔道具は、プライドが天空突破か!」


 思わず突っ込まずにはいられない鑑定内容。くぅっ!?なんて面倒くさい!私はヤケ気味に残りの素材を釜にぶち込みら「お粗末」運用を選択した。


「これで……どうだ!?」

 ピーッ!

 お馴染みの出来上がりの音に、素早く蓋を開ける私。


「鑑定!」

[低級丸薬……低級ポーション一本分は丸薬三錠の服用が必要。怪我の程度では、丸薬一個で充分の場合もあり]

「…っ!?よし!次は、丸薬に追加で鑑定!」


 三錠服用が手間だけど、微力で一錠になるだろう。正に微調整が面倒くさい!


[丸薬…練り合わせ、固めに丸めた薬。消費期限は常温保存で三ヶ月で、冷暗所保管は六ヶ月。効果は、練り合わせた材料で変わる。ポーションと違い、製作時期の品質維持があり、品質低下はない]


 まじかっ!?効果の低下がないのは嬉しい!ポーションは、日毎効果が落ちるのだ。

 アイテムボックス持ちかつ時間停止付与の鞄を持つ高位冒険者とかなら、関係ない問題だけど!長期依頼とかの問題解決になりそう。


「エイルさん!丸薬は品質低下がないですよ!」

「えっ!?本当ですか!」


 難しい顔をしていたエイルさんだったが、私の言葉を聞いて驚愕の表情に変わったが、直ぐに気を引き締めた。


(こちらも、研修者の性は止められんか……)

 はぁっ……と諦めきった表情で溜息を吐いたジョウ。彼はエイルの心境に気付いていた。だが、ミオの報告を聞いた彼の変わり身の早さに(奴も同類)だと判断したジョウが呟いた「類は友を呼ぶ……か」は、正解とも言えた。



「これは画期的です!水薬ポーションだと日毎に効果が下がり、価値もそれに倣うのが定石でした」

「消費期限は常温で三ヵ月。冷暗所保管だと半年ちます。消費を考えれば、店頭での販売は一ヶ月で捌くべきですけど。錠剤ですから、小売りも可能かと。個包装オブラートに包むんだから、可能です」

「それは凄いです!小売りは薄利多売ですが、塵も積もれば山となりましょう!ポーションの効果が薄れる問題も一気に解決に近付きます。薬師にもよりますが、品質が二週間も保てば上等品です!それが一ヶ月も店頭に置けて、価格も据え置きであれば、商機は格段に上がります。今までは、仕入れから三日で売らなければ赤字でしたから」

「三日……駆け出しの薬師の方は、足元を見られそうですね」


 低級ポーションは市井にも需要がありそうだけど、逆に入荷の判断も難しそう。冒険者の依頼内容で、中級や高級ポーションの出も変わりそうだし。

 時間停止付与の箱でも薬局にあれば困らないだろうけど、効果と属性を考えれば、絶対高額魔道具になる。個人の薬屋では無理だ。だからこその量り売りか?


「それを防ぐ為に、薬師ギルドが定める買取額の目安表があります。あくまで目安なので、個人店は店主の意向によりますね。あまり傍若無人な買取額は、商業ギルドの目をつけられる悪手制裁対象になってしまうので、微妙な差ですけどね」

「それなら駆け出しF・Eランクは、薬師ギルドへ買取に出せば間違いないですね」

「この目安表は、素材の品薄や様々な理由で、上下さします。また買取対象の品質が良ければ、色が付きますよ。今の買取額目安は、低級一本につき銅貨三枚ですね。この買取額の目安は、冒険者ギルドや商業ギルドも参考にしています。まぁ、駆け出しの薬師ギルド貢献ポイントランクアップを考えれば、薬師ギルドに卸すのが自然の流れですが……」


 低級ポーションの売価は、銀貨1G千円である。銅貨三枚が原価なら、利益は銅貨六枚か。


「あれ?そう考えると、丸薬は少し割高になっちゃうかな?包装紙代もあるし」

「えぇ。瓶代よりは格段に安いですが、丸薬が高めです。ですので、駆け出しとは競争になりません。多少の妬みは買うでしょうが、ミオは秋の収穫祭まで多忙で気にしている余裕はないですからね。客層のメインも、冒険者の中堅以上が狙いになるでしょう」

「中堅はDランクくらいですかねぇ?」

「あっ!小売り販売は、全世代対象ですね」


 ニヤリと笑いながら、図ったように言うエイルさん。分かってやってるな、これは。

 どうやら、駆け出しの方の恨みつらみは避けられないようだ。面倒なことにならなければいいけど。私は突きつけられた現実に、がっくりと項垂れた。


「でもこれで、今年の薬師ギルドへの貢献ポイントの心配は要らないでしょうし。し・か・も・上手く行けば、至上最速ランクアップに殿堂入りですよ!」

「……今の至上最速は、なん日ですか?」


 薬師ギルドには、その日にちを超えてから報告に行こう。そうしよう。


「私の一ヶ月8日ですが、ミオは4日ぐらいですかね?」

「……」


 駄目だ。私には、エイルさんを一ヶ月以上も大人しくお口チャックさせておくことは出来ない。だって、超るんるん♪なんだもん、この方。

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