第62話 丸薬研究③
「癒し草、純水、レモン、砂糖でしたね?すぐに用意しますね」
ハッと我に返ったエイルさんは、またもや素材棚へパタパタと足を走らせた。 それを横目に見ながら、私は人知れずため息を吐く。
(育毛剤かぁ。エイルさんってば・・・・・・さっき、サラッと国王様の事を口に出したけど気付いてたのかなぁ?)
(さぁな、アレも芸達者だ。端から、ミオに聞かせるつもりで呟いたのやもしれんぞ?)
(え?アレが演技?……まっさかぁ!?アレは正に、日頃の鬱憤を晴らす機会に恵まれた人の暗黒微笑だったよ?)
(だから、芸達者だと言っただろう?)
大根役者のミオには見抜けないものだったかと、自身の眉尻が下がるのをジョウは感じた。
(う〜ん、ジョウの言いたいことも分かるけど。エイルさんのアレがねぇ……)
と、ジョウの心知らずで唸りだすミオ。
それを見たジョウは、口端までもが下がり始め、苦い虫を噛み切るどころか、口から零しかねないい勢いであった。
だから、ミオはお人好しだと言うのだ。掌で転がすというのは、こういうことを言うのだろうな・・・・・・と、納得の顔でジョウはミオを見ていた。それは、悟りの境地に達した虚無の表情だったという。
恐らくエイルは、育毛剤とやらで国王を懐柔するつもりだろう。貴族に、ミオへの手出し禁止の言質でも取るつもりか?
まぁ、よい。エイルのお手並み拝見といこうか。
「まっ、いっか!」
そして件のミオは、ジョウの心配などどこ吹く風であった。
「お待たせしました。こちらでよかったですか?」
素材を抱えて戻ってきたエイルさんに、私はお礼を言った。
「ありがとうございます!素材のお金は後で請求して下さい」
「まさか!ミオの初の研究ですよ!?私は保証人ですからね!見届ける義務があります!私なら資産はたんまりありますから、お気になさらず!」
にっこりと微笑むエイルさんに、否を言う隙が見られない。
「……そういうことなら、お言葉に甘えて」
あまり遠慮しすぎても悪いか・・・・・・と自身を納得させ、甘えることにした私は、調薬釜の蓋を開いた。エイルさんが持っていた素材を窯に入れて、メニューを押す。
「合成で……丸薬があった。ホント日本に近づけてくれてて有り難いわ」
私は『合成』『丸薬』を選択し、迷わずスイッチを押す。後は待つだけ。ほんと、他の薬師に知られたら卒倒ものだよね。ウィンウィンと働く調薬釜を横目に見ながら、ハ・・・んんっ!?育毛剤のことを考える。
(育毛剤はどうしようかなぁ。あんまり私の能力頼みばかりは、私がゆっくり出来ないから、他の方法は無いかなぁ?)
(お前な・・・・・・自ら種子を吐き続けている癖に、何をトンチンカンなことを言っている?)
言っている事とやっていることが伴っていない。
(・・・・・・えへ?あっ、そうだ!ここは神頼みの願掛けで、ディアトリ様へお酒をお供えしようかな?)
(なにを・・・・・・まさか御神酒をソーマになどと考えていないだろうな!?)
丸薬が出来る間、育毛剤について考えていたんだけど、またもやまたもや念話として飛ばしたみたい。
ジョウに突っ込まれて、誤魔化しの愛想笑いをするけれど、彼には通用せず、ますます訝しげな表情が増すばかり。だけど、私もそこまでだ大それた期待はしていない。だって確かソーマって、神酒という神薬でしょ?
私はラノベからの学習で、
(しかし何故、御神酒なんだ?)
別に酒なら他にもあるだろう……と更に突っ込みたい衝動を堪え、なにか考えがあるに違いないと、ミオに質問するジョウ。
(日本ではお供えしてた後に、そのお供えを下げ、私たちで頂く『神人共食』って習わしがあって……いくつか考え方が存在するんだけど、その一つに、神様が召し上がったものには特別な力が宿ると考えられるってあるんだよ。今回は、それを試してみようかなって思って……異世界はファンタジーだから、こっちでやれば、日本以上?の効果があるんじゃないかなぁってさ)
日本では、特に変わった感覚は分かんなかったけどね。今回は、正に神頼みである。
(だから御神酒か?全く……)
ミオの考えに心底呆れたと言わんばかりにボヤくジョウの耳が、横に寝てる。状態を外側にピンッと張ってるけど、なにを警戒していたのかな?
(ディアトリ様って癒しの神様でもあるんでしょ?試してみる価値はあるじゃん!なにもなくても、それだし!)
所詮、試すのはタダである。辺境伯様の髪の状況がどれほどか不明だけど、薄毛だったらまだ望みがあるよ。
なお、毛根死滅は死と同義なので、それこその神薬でなければ無理だ。薄毛なら再生の希望がある。
(それよりも!目は口ほどに物を言うが、お前はしっかり口にも出して!嘘を吐けん質か!?なんて達の悪さだ!?しかも、そこまでの期待とはなんだ!?間違っても、
(わかってるって〜!)
「どうされましたか?」
ぜぃはぁと息を切らすソーマに、エイルさんも目を丸くして驚いていた。
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