第61話 丸薬研究②
「さぁ……丸薬なんだけど、まずは海藻から凝固剤の成分を抽出しましょう」
脳内には3分クッキングのキュー◯ーちゃんが流れている。アガーという海藻などから抽出出来る凝固剤で、味も
透明度が高いから、ポーションの区別も付くから大変便利である。常温で固まるし、食感は調節可能で、丸薬だから少し固めの配分にしたい。
オブラートで包むから、水無しでも食べれる!気の抜けない戦闘時には、もってこい!
普通は、プルっとしてやわらかい食感なんだよ。ゼリーとかを作る材料にもなる。
「甘味……懐かしか」
頬に手を当て、味を思い出す……じゅる。おっと涎が!ゴタゴタが片付けば、ゆるりと堪能したいものである。エイルさんの庭にあった東屋で、花々を鑑賞しながら頂く甘味。美味である。
「エイルさん、乾燥させた海藻とかありますか?」
「……ありますよ。少しお待ち下さいね」
机に手を付き、のそっと立ち上がり、素材が置いてある棚に足取り重く向かっていた。
(丸薬を作るのには凄く意欲的だったのに、どうしたんだろう?)
エイルさんがいつまでもしょげているので、私は首を傾げる。
(大方、ミオを取られないような算段でも考えているのだろう。お前が作るものは、下手すれば戦火が巻き起こるだろう。お前が意図していなくても、鼻が効く奴はどこにでも潜り込んでいる。周囲が放っておかない代物があることも、重々理解しろ)
(……うん、わかった)
と返事をしつつも、私は自分の人生を楽しむ為の自重はしたくなかった。
穏やかに暮らしたいけど、日本の時のように誰かに遠慮して生きるのは嫌だった。同調圧力。日本人は
(かといって、『右に倣え』に異論を唱えるつもりはない。でも、個性も大事。要は、やりすぎなければいいのよ!)
それにしても、鼻が効く人……かぁ。私が機嫌を損ねれば、協力しないと思わない……んだろうな。持てる権力を騒動員して、恐喝してくるだろうな。
(やっぱり、なにか自衛の魔道具でも渡すかな?)
(なんだ?)
(エイルさんに、ウルシア様の加護のメンバーについて相談する予定だったけど、関わってきた人数が多くなってきたから、加護の5人だけじゃ絶対に足りないでしょ?なら、命の危機に一度だけ身代わりになる魔道具でも渡そうかな?って)
(盗まれて悪用されたり、売り飛ばされたらどうする?)
(盗難防止で使用者設定するから、本人から離れたら自動で戻って来るし、看破不可の付与をお願いするから、鑑定は出来ないよ)
(彼ら亡き後は、無価値と見なされぞんざいな扱いをされるかもしれんだぞ?)
(使用者設定してるし、彼ら亡き後は設定の消去を組み込んでおくつもり。彼らの安全を目的にして作成した魔道具が争いの元になるのは勘弁だからね!)
(……全くミオはどうしようもないな)
しばらく私を見つめたジョウ。ミオにしてみれば当たり前の処置かもしれんが、こちらでは一生の忠誠を誓うほどの扱いだ。
そもそも人格は、生まれ持った性質と育成環境の価値観で決まると言われている。今更、育ってきた日本の価値観を変えろと言っても、彼女には難しいだろう。いや、それも含めての彼女か。
仕方がない。彼女の行動で起きる不利益は、出来るだけ吾輩がカバーするか。最後には、諦めたように息を吐き薄く笑う。
(なによぉ……)
私はジョウの反応に、不服の声を呟くのだった。
♢
「お待たせしました。こちらの海藻で構いませんか?」
「ありがとうございます。あっ、紅色だ!……でも、よく海藻なんて置いてましたね?」
乾燥した海藻は紅色で、目当ての海藻ドンピシャだ。実際に頼んだ私が言うのもなんだが、異世界じゃ、漁師の邪魔者扱いでゴミとして捨てられる存在だ。
エイルさんは、私の手に海藻を乗せながら、疲れた様に呟きを漏らし、この海藻の経緯を話し出す。
「あぁ……一時期、髪を諦めきれなかった友人に育毛薬の研究をせがまれましてね。その残りですよ。毛髪の過程は遺伝が主な原因ですが、奴にもプライドはあったんでしょう。無駄な抵抗をする友人に嫌と言えず、付き合わなければいけない自分がアホらしくかったのを覚えています」
ふっ…と鼻で笑い、遠い目をしたエイルさんの表情は能面で、その時の心情が察せられた。
なんにしても、今のエイルさんに先ほどの陰りは消えていた。良かった良かった。
(……それにしても、残りということは在庫は少ないか0だね。調薬釜でうまく行けば、素材の依頼を出さなくちゃ!)
(そうだな。だがエイルの手にあるということは、市場などで手に入るんじゃないか?)
(どうだろ?)
「エイルさん、この海藻は市場で手に入れたんですか?」
「いいえ、この領地の深層の森の逆。端に海が少しだけ接岸しているんですよ。そこの漁師に頼んで、分けてもらいましたよ」
まぁ、ゴミ同然で捨てるみたいで、首を傾げていましたが……とエイルさんは零す。
「エイルさんは、鑑定を持っていますよね?何故、鑑定しないのですか?」
「鑑定しましたよ?毛髪に良いことは分かりましたが、〚タンパク質〛というものが分からず、頓挫しましたね。どの書籍にも書いてませんし」
「もしかして、追従して鑑定出来ないんですか?」
「追従で鑑定なんて、出来るんですか?」
「「………」」
マジかぁ。ガイア様、ウルシア様。大事なところが抜かっておりますよ。なんだろう、この世界。世界の発展と人々の能力が噛み合ってないんじゃない?
私は額を手に、天を仰いだ。
「海藻類は様々な種類がありますが、ほんっとうに使い道が多いものなんですよ。タンパク質は、人の身体に大切な栄養成分で、鶏むね肉や魚、豆や牛乳、卵などから摂取できます。つまり、これらの食物と一緒に海藻を摂取すれば、毛髪に効果がある思います。ただエイルさんのいうように、遺伝は強力な敵ですからね。こればかりは、本人の体質と食事療法の是非の関係に寄りますね」
私が色々と説明している中で、彼は顎に手を当て「追従鑑定……」と呟き続けている。恐らく、私の言葉は聞こえていないだろう。
「よし!それでは参りましょう。海藻を抽出!」
私は気持ちを改めて、抽出ボタンを押す。調薬釜は、ウィンウィンや偶にシュルル〜とも機械音を発し、抽出に精を出していた。
ピーッ!
調薬釜の出来上がりの音が響いた。
「出来たよ出来たよ〜!」
「ミオ!」
テンションが上がったままカパッと蓋を開ければ、白い粉(怪しくないよ!)のお出ましだ!なにやらエイルさんの慌てた声が聞こえたが、今は横に置く。
「やった!……鑑定!」
〚名称:万能凝固剤
効能 様々な物を繋ぎ固める働きを持つ。対象は、医薬、ビール、パン・菓子・麺、水産・練り製品、フライ・タレ、製紙など多岐に渡る。甘味の食感改良、食物繊維に似た働きで腸内環境、満腹感の持続性により、食べ過ぎなどのダイエット効果にもなる〛
「ふむふむ。とりあえず、他の材料は《癒し草、純水、レモン、砂糖》だね!エイルさん、先ほど言った材料ってありますか?」
「ありますよ!だから、追従鑑定について教えてくれませんか!?それがあれば、ミオに対する数々の魔の手の盾に、奴がなってくれるはずです!」
「……もしかして、さっきから『奴』と発言している人物って、ご領主様のロレンツォ様ですか?」
「……賢いミオなら、今後、自分の周囲がきな臭くなるのは分かっているでしょう?」
ついっと目を逸らし、『みなまで言うな』とでもいいたげな雰囲気だ。まぁ、どこに耳があるか分からないし、不敬になるから言わないけどさ。
「ガイア様の加護があるエイルさんなら、できると思いますよ?海藻が残っていれば、鑑定時のタンパク質の所を鑑定したいと強く念じてみて下さい」
「分かりました!やってみます!……あぁ、そう言えば……この国の王も、最近薄毛に悩み出しましたねぇ。育毛剤が完成すれば、まずはローリーに報告をすれば、奴め、一も二もなく飛びつくに違いありません。日頃から煮え湯を飲まされている身としては、奴への感謝を捧げなければなりませんからねぇ。是非特別に、初めての使用者となって頂きましょう」
え〜……黒い。笑みが邪悪だよ、エイルさん。煮え湯って、信頼相手に裏切られることや、酷い事をされたことを言うんだけど……『みなまで言うな』が、ここでも発動かな?
とりあえず、実け……んんっ!?治験者の準備は、万端のようですね。
私は早く丸薬研究に戻りたいなぁ。エイルさんよ、素材をおくれ。
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