第60話 丸薬研究➀

 あの辺境伯の手紙から一夜明け、今日も天晴れな天候である。日本みたいな湿気は少ないけど、暑さはあるよね。


「さてさて、今日も雲がない快晴だねぇ。こっちに来てから全く雨が降ってないけど、水不足とか大丈夫なのかな?」

「この地は頂の高い山脈がたくさんある。そこからの水源が絶えん限り、水不足はありえんな」

「へぇ。森の上を飛んでいた時に川がたくさんあったけど、そういう理由ね。頂の近くに湖とかあったりするのかな?あれば、見に行ってみたいねぇ」

「それならば、もう少し魔力操作を鍛えろ。この世界では五歳を過ぎれば、魔法の訓練が許可されるそうだ。それまでは魔力操作一択だ!」

「はぁい……」


 湖に行くのは、しばらく先になりそうである。私はショボンとしながら、迎えに来たララさんと一緒に食堂へ向かうのだった。


(今日は丸薬製法の登録に行くつもりだけど、エイルさんも来るかな?まだお祭りの準備もあるから、途中解散になると思うけど)

(どうであろうな?吾輩には、エイルのスケジュールはわからん)


 そりゃそうだけどさ。なんて身も蓋もない言い方をするんだ。



「エイルさん、今日の予定はどうなっていますか?」


 朝食も食べ終わった食後のまったりタイム。私は彼の予定を尋ねた。


「今日は研究の予定でしたが、どうしました?」


 首を傾げ、不思議そうに聞く彼に、私は丸薬のことを口にした。


「今日は午前中に丸薬の試薬を試そ『私も一緒にやりますよ!』……試作がうまく行けば、午後には商業ギルドで製法アイディア登録に行きま『付き合いますよ!』……試薬は午前中だけですからね。午後は、商業ギルドに行くのは変わりありませんから」


 彼には最初に念を押しておかなければ、何時までも部屋にこもりそうだからね。食い気味に返事が来ることには、もはや慣れた。


「それで、なにか案はあるんですか?」

「いくつかありますが、とりあえず調薬釜の合成スキルで片っ端に試しては、鑑定するしかありませんね」

「なるほど。大変興味深い実験になりそうですね。しかしそういうことなら、私の研究室でやりましょうか?あそこには、色々な素材も揃っていますしね」

「エイルさんの研究室といえば、冒険者ギルドの?」

「そうです。昨日、私の返事にジョウの分身を寄越して、ちょっとした騒動になった冒険者ギルドですよ」

「…へ、へぇ」


 凄く棘のある言い方ですね?もしや、ギルマスになにか言われましたか?私はそんな事態になっているなど露と知らず……私の視線がジョウへ向くが、ヤツは素知らぬフリを突き通した。耳がこちらを向いているので、多少は反省しているようだ。



「さて、まずはどの素材を試しますか?」

 

 騒動を起こした身としては、冒険者ギルドに行くのを少しだけ構えていたが、エイルさんの研究室には転移で一発だった。拍子抜けしたのはお察しである。

「力自慢の奴らに、ミオを触れさせる訳にはいきませんからね」とは、エイルさんの談である。


《オリーブオイル じゃがいも 柑橘系の果物》


 メモ用紙に書いた素材を読み上げる私。これは、丸薬を包むオブラートの作成素材の案だ。紙を食べるという忌避感を克服してもらう為、こちらではご馳走である果物、甘味の味を混ぜてみることにする。

「これは、なにを作るのですか?ポーションの薬を混ぜない辺り、別のものを合成で生み出すんですよね?」


 私が言った素材を、あちこちの棚を移動しながら取り出す彼にはお見通しのようだ。


「今から作るのは、丸薬を包む包装紙ですよ。さすがに裸のまま販売は憚られますからね」


 さすがの賢者エイルさんも、まさか食べれる紙作るとは思うまい。私は密かにしたり顔になった。


(また良からぬ考えをして……エイルにやり返されなければよいな)

(フラグになるから、言っちゃ駄目!)


〚只今の素材で導き出される合成物は、味付き澱粉・爽やかな酸味と仄かな甘みのオブラート・香り付き糊・柑橘系入浴剤が出来上がります〛

「おぉう、思ったより見事な副産物の収穫だ」

「なにが出来上がるのですか?」


 調薬釜の表示を覗き込むように、エイルさんが近づいてきた。


「えっとカテゴリーとしては、調味料・糊・化粧品ですかね?まぁ入浴剤は、お風呂がある富裕層向けですね……ん?エイルさん、どうしたんですか?」


 私がふと意識を向けたエイルさんは、こめかみを抑え、痛みに耐える表情をしていた。


「その品々は、一般に作成は可能でしょうか?」

「出来るものと出来ないものがありますね!」

「そうですか。これでまたミオの価値が……」

 とかブツブツ呟いてるけど、商業ギルドには私の実務執行班がいるから、そこに丸な…じゃない!任せれば、万々歳だよ!なにせ商業のプロだ。駄目なら、相談してくるでしょう!


 ふらふらと元気を無くしたエイルさんは、近くにあった椅子に座り、頭を抱えてしまった。


 お〜い、大丈夫ですか〜?

 これから食べれる紙を作るのに、今からそんな様子じゃ、私に着いて来れないぞ!

 

「ポチッとな」


 塞ぎ込むエイルさんは、そっとしておこう。きっとお子様には分からない、なにかを考え込んでいるんだろう。

 私は指一本の簡単なお仕事を遂行するベく、オブラートを選択し、スイッチを押した。


〚出来上がりました〛


ピーッという音の後の音声に、ビクッと身体を揺らすエイルさん。「出来てしまったか…」とか、薬を作りに来たんじゃないの?いい加減、現実逃避(?)から戻ってきて欲しい。まだ丸薬の本番は、始まってもいないのだ。


「さぁ、鑑定してみよう!」


〚爽やかな酸味と仄かな甘みのオブラート:無味のオブラートに比べ、格段と美味しく頂ける包装紙。ポプリのような香り付けにも大活躍!〛

 

「おや…更なる副産物が。ポプリか、手仕事にはいいね!ここは辺境!森には花がいっぱいあったし!花農家さんを作るのも……いかんいかん。これ以上の案件は、私を木っ端微塵にする。メモに書き留めておこう!」

(ようやく自重を覚えたか?)

(覚えるっつ……楽しそうだなぁっておもったけど、さすがの私もこれ以上は首が回らない)

(カッカッカッ!)

 

 ジョウの嫌味に対応しながらも、花畑のある場所の捜索を頭の隅に据え置くのだった。

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