第42話 ヒビ割れたカメラレンズ
驚く時間も与えてくれず、胴体に何発か銃弾を受ける。
レモネードが防御力の高いボディーアーマーを渡してくれなかったら、今頃きっと死んでいた。いくらか痛みは軽減されはいるが、身体に受けた衝撃がいつまでも残って痺れへと変わっていく。
それでも動かなければならない。生きなければならない。
私は咄嗟に隠れようとした。しかしどうにも場所が悪い。遮蔽物と言えるような瓦礫や物はなく、強いて言えば高い柵があるくらい。柵の土台ならまだ弾丸を遮れそうだが、それも賢明とは思えなかった。
「っ……!」
隣で容赦のない銃声が響く。レモネードは本気で彼らと対峙しているようだ。
私も、と銃を構えて敵がいるであろう方へ向ける。私の右側――レモネードとは背中を向け合うような状況になり、まさしく背を預けている。
他人の事、自分の事、それぞれを意識していたら真っ先に死ぬ。それはどこの現実でも同じ。
諦めも肝心だ。もうとっくに効果が薄れた縛りを破り、引き金に指をかける。
そして躊躇いなく引く――、はずだった。
「っ出ない⁉ 何でっ……」
レモネードが私の視界に入りかけた敵を撃ち抜く。銃弾が顔の横を通っていった、あの恐ろしい風を久々に感じた。
「不良品? いや、久しぶり過ぎて使い方が……」
レモネードの顔――ロボット風フルフェイスヘルメットに銃弾の痕があった。少しばかり曇っていて、内側には血がついているようにも見える。
「最初から……ヨミさんに殺させるつもりはありませんでしたよ……」
息を切らし、肩で呼吸をしているレモネードをぼんやりと見つめる。
この一瞬、何が起こったか自分でも整理がつかなかった。
「つまり、八百長ってことか」
「騙したつもりはありません……」
「君が輝く舞台ならいくらでも見てあげるから、次は私は観客で、できれば何の演目かも教えてよ」
「そうですね……っはぁ」
レモネードはドサッ、と音を立てて倒れた。頭に近い位置に攻撃を受けて、出血状態にでもあったのだろう。早急に手当てしなければ彼は助からない、ということは素人目にもわかった。
「あ、ああ……いや、……うん。君が持たせてくれたファーストエイドキットが役に立ちそうだ。早速――」
「待ってください」
「蘇生に待ったがかかること早々無いと思うけどな……聞くよ。死なないでくれるのなら」
「それはどうでしょう、生き死には……誰にもわかりませんから。……この戦いはワタシたちがかけた保険です。アナタが自分を取り戻すための、最後のきっかけになる予定でした」
ぐっと込み上げる何かがあった。それがもはや吐き気なのか言葉なのかを、決めつける前に戻すべき場所へ戻す。今更、自分が正常だの異常だの、騒ぎ立てるつもりもなかった。
「最後のゲームだと思ってください。好きでしょう? そういうの」
「好きだけど、さ」
「タイムリミットがあります。っ……誰から起こしてもらっても構いません。ヨミさんが『エンパス』を生き返らせてください」
そのための、大量のファーストエイドキットであることに気付く。最初の最初から仕組まれていた結果であり、悲劇でないことに少しだけ安心するがそれでも気は休まらない。
「もうかつての『エンパス』はありません。しかし、我々は天使の開拓者です」
その言葉を聞いて、レモネードのやりたいことを察した。
神成も、雪柳も、トパースも、鍵穴天覗も、鼠氏も、レモネードも、そして私も、炎上したという悪い印象を持ってしまった『エンパス』に疲れていたんだろう。
トラウマをいつまでも引きずってしまう弱い人間の集まりにとっては、酷く重い荷物に違いない。
「いつまでも翼が折れたままじゃダメでしょう。全ての価値は空にあるのですから。誰かの生死を思う必要もありません。エンパスはエンパスの生き方を探しましょう」
気付けば私の感情は溢れて頬を伝っていた。なるべく音を立てぬように、腹で息を吸って。
「もう、いいのかなぁ。君たちも、それで」
「はい。良いんですよ。我々は開拓しなければなりません、この戦場を……我々を」
「そっかぁ……そうなのかぁ……」
「さあ、ワタシの体力には余裕があるのでここの方で倒れておきます。他の皆さんを生き返らせてください。彼らの終わりは刻一刻と近づいています。何せ、彼らは手加減してくれましたが、ワタシは手加減してませんので」
どこで倒れているかもわからない仲間の元へ向かって私は歩き出す。
「そう、それでいいのです。それが――エンパスのヨミです。かつても今も変わりませんね」
スローライフの化けの皮 ~元プロゲーマー、FPSで銃捨ててゴミ拾いするってよ~ 星部かふぇ @oruka_O-154
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