第41話 羽をもがれた天使たちは
私の中には「誹謗中傷のトラウマ」があった。それはただ心を傷つける言葉だけじゃない。罪を思い込ませる言葉もたくさんあった。人殺しだとか、罪人だとか、責任を負えとか。
その言葉が私の自責の念にまで浸み込んだ結果が――自分を人殺しだと思わせる「影」になった。
いつの間にか「影」が現実にまで侵食するようになって、何が正しくて何が間違っているのかわからなくなってしまう。きっとそばに救いはあったはずなのに、「影」のせいで歪んだ認識ばかり生まれてしまったのだ。
「そうか……もう、いいのか」
「誰のせいにもできないということは、負の感情のやり場が無いことでもあります」
きっとこれを病気と捉える人もいれば、私のように抱え込んだまま沈んでしまう人もいる。別にどちらがいいとも決めるつもりはない。ただ、そういう選択をした人もいるというだけで。
「……私はきっと誰も恨めない」
「誰を恨めとも言いませんよ。それができないからこうなっているんでしょう?」
「まぁ、そんなところだよ。……はぁ」
ため息も出る。自分のしょうもなさに呆れているのだ。
最初から正しいことを正しいと思えていれば、こんなことにはならなかった。仲間の手を煩わせるような悲劇のヒロインぶっていた私を、私はどう処理すればいいのかわからずにいる。
ありのままでいることを忘れてしまった。全てを掌握していた狭い狭い自分の世界から放り出されてしまった。今や私の目に映る世界は美しく広がっているが、その全てを知らない不安に襲われている。
「きっと色々、感じることもあるでしょう」
「……ああ、でも、私はまず皆に謝りに行った方がいいね」
「それはお好きにどうぞ。そんな簡単に謝罪させてくれるような人達だと良いですけど」
「あー、うーん。そうだね」
ここに純粋な人間はいても、素直な人間はいない。素直なロボットなら目の前にいる。
「さ、そろそろ潮時ですかね」
レモネードはそっと立ち上がり、銃を構えて私よりも遠く後ろを狙う素振りをする。
「潮時って、何が?」
「……もうすぐです。敵が来ますよ。準備してください」
「へ? そんな聞き分けの良い敵なんているはずが――」
私は振り返る。高い柵の向こう、ヒビだらけの道路の上に五つの人影が見えた。
図書館まで繋ぐ大型道路、先ほどコンビニから移動する際もこの道を使った。爆撃とも地割れとも判断のつかない、ガタガタになってしまったアスファルトの道路。僅かな隙間から雑草が見え隠れし、長らく車は通っていないことが推測される。
敵は姿を隠す気など無く、全員が等間隔に並びこちらへと歩いてきている。道路の真ん中を進んできている。軍隊の行進のような整列はしておらず、歩く早さも歩幅もバラバラだ。背後で爆発さえ起これば、戦隊ヒーローのオープニングのようにも見えるだろう。
「待ってくれ、あの人たちは」
その敵とやらはヒーローなんかじゃないと確信する。
「ええ、敵ですよ。あれが敵です」
レモネードがわざわざ二度も念を押して「敵だ」という理由はすぐにわかった。
皆が皆、重装備を身に纏ってその姿形全てを確かめることはできない。
しかし、一番わかりやすいものをその場にいる全員が身に着けている。
蛍光ピンクの腕章。
距離が距離だ。そのマークまでははっきりと捉えることはできないが、きっとそこにはあれが描かれているに違いない。
人に見立てた上下二つ重ねた三角形。上には天使の輪。両横には天使の羽。
「……本当に敵? だって彼らは――『
「よく見てください。確かに『エンパス』の仲間たちですが、彼らの装備は本気のソレでしょう?」
「そんなこと言われたってこの距離じゃ見えないよ」
「何のための銃ですか?」
「スコープなり何なり覗けってこと? だったら私に言うのは間違いだね」
ロボットは少し間をおいて、その意図を考えたのだろう。しかし私の思考は彼の演算の外にあったようだった。
「それは、どうしてです?」
「周りどころか事実も現実も見えてない奴が、遠くのモノなんて見れやしないからね」
「……そんなことだろうと思いましたよ。開き直りとはまた若干違うような気がしますが、アナタのそういうところは好きです」
「褒めても何も出ないよ」
「それよりもいいんですか? 敵を前にしてベラベラと喋って」
どうせ何もしてこないよ、とは言わなかった。
神成、雪柳、トパース、鍵穴天覗、鼠氏――五人の敵はそれぞれ本気の装備と本気の銃を持ち、こちらに近づいてきている。その表情こそ見えないが、ただの「再会」のようには思えない。
「んっ……? 散った?」
団体でこちらに向かっていたはずなのに、それぞれが別方向へ素早く分かれて行った。
「勝ちましょうね」
「ええっ? まさか本気で戦うの?」
「ここは戦場ですよ。戦わずして何をするんです?」
「いやいやいや、だって、雪柳とか絶対に勝てな――」
レモネードが静かに手を挙げる。しばらくしないうちに、私の右側から一発の銃声が響くと同時に――その戦闘は始まった。
「ええええええっ⁉ マ、マジでやるの⁉」
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