第40話 ロボットはハッピーエンドの夢を見るか?
人為的に植えられた木は完全に枯れてしまって、その細い枝を宙にぶら下げている。柵に沿って植えられている低木に緑は宿っているものの、灰を被ってしまって鮮やかな生命の色は感じられなかった。ここもきっとかつては芝が生えていたのだろう。今ではただの乾いた土になってしまって、その上に薬莢が落ちていた。
「ここですね」
よくあるマップの一部で、大した思入れも無い場所に連れてこられた私は、何をコメントするべきか悩んでいる。
「本当にここ?」
「ええ、ワタシが間違ったことがありますか? ここですよ」
レモネードが何か情報や操作方法で間違えたことはほぼ無い。聞けば必ず答えが返ってくる。そんなレモネードを信じない訳が無い。
だからこそ、私の中に心当たりがないことをとても悔しく思った。また自分のせいで、自分の欠陥のせいで……心に黒い影を落とす。
「すまない。本当に心当たりがない」
「はい。きっとそうでしょうね」
「そもそも何のためにここへ連れてきたんだっけ? 目的地についても、何も……」
レモネードは私のために少しの間を与えてくれた。それでも私の口から続きの言葉が出てくることは無かった。
「本当に人を殺したのなら、その瞬間を覚えているものでしょう。人間というものは」
半開きの口を閉じる。返す言葉が無かった。
「ヨミさん」
きっと返事をするべきだ。わかっている。わかっているのに、心が意図して作り上げた棘に言葉が引っかかってしまって、口をパクパクさせるしかない。
「この三日間、何がありましたか。教えてください」
レモネードは図書館の壁に背をつけてそのままずり落ちるように、地面に座った。レモネードの表情はヘルメットのせいで見えないが、穏やかな微笑みをこちらに向けているような気がする。
凝り固まった悩みが溶けていくのを肌で感じていた。もう答えはずっと前から私の前にある。それでもあえて目を逸らそうとするのは、今までずっと目を逸らしていたからで、それ以外の方法を知らないから。
でももう、いいんじゃないか。散々、散々、エンパスは待ってくれた。エンパスは方法を示してくれた。それでいて「知らない」は失礼だろう。
病的に目を逸らし続けた。目を逸らすことに慣れ過ぎて、その方向にしか目が向けなくなった。
今の私はまるで死体だ。身体も心も硬化してしまって、動くことを忘れたキョンシーと同じ。
――私も、黄泉も、ヨミとして生きなければならない。
過去も未来も現在も、全て私に変わりないのだから。
「気まぐれで、というか、変わりたくてLPTに復帰したんだ。そしたら最初に神成と出会って……トラウマに三日で向き合えって言ってきた。アイツらしいなって思ったのと同時にさ、無理じゃん、って思った」
レモネードはただ静かに頷いた。
「最初は君のためだと言って説得してきたんだよ。そう言いながらも『苦しむ時間が短ければ短いほど良い』なんて、正しい事言ってきてさ。まぁ、やってやるかって」
「ワタシの予想としては、きっと神成さんはその最初以外関わってこなかったでしょう?」
「ほんと、そうだよ。言うだけ言って、それ以上はちゃっかりフェードアウトしていったさ」
「……フフッ。きっとそれだけじゃないでしょう? つづきを満足いくまでお話しくださいな」
ロボットは笑う。笑みを浮かべずして笑う。微笑む。その温かさは人が持つものと同じである。
「雪柳は無邪気で、真っ直ぐな優しさを向けてくれたんだ。今時、あれほど素直な優しさはレアだよ。どこも捻くれ野郎が自我を展開するだけに成り下がってるから」
「その中にワタシが含まれていないことを願いますね」
「あはは、それはどうかな? ……次は、トパースは、楽な生き方を教えてくれた。生きることに不器用な私はすごく助かったし、それに、私の意思に寄り添ったいろんな方法を根気強く、伝えようとしてくれたんだ」
どこかで銃声が響く。しばらくしないうちに止み、言葉を邪魔することなく見知らぬ誰かが死んだのだと察した。
「鍵穴天覗は私が思い出ごと忘れていることに気付かせてくれた。……かなり強引だったけど、向き合う一歩を確実に進めるような厳しい言葉ばっかりぶつけてきた。ある意味、『この問題とは向き合わなければならない』って思える良い機会だったよ」
「天覗さんがそこまで言うのは珍しいですね。余程大切に思われていたか、煩わしかったかの二択でしょう」
「その両方じゃないかな。語気が強かったし」
ジャリ、と音を立ててレモネードは小さな瓦礫をハイカットスニーカーの類の靴で踏み砕く。
「鼠氏は今の状況を整理してくれて、あの事件を思い出させてくれた。なんか、ノンデリでも役に立つってこういう場面を指すんだなぁって。でも、ちょっと変なことを言っていたよ。気遣いかと思ったけど、どうやら……」
話しているうちにどんどんと自信を失って、声が小さくなっていく。
「ヨミさん。あなたの中にあるのは、他人の悪意によって作り出された偽の罪でしょう?」
レモネードと目が合う。ロボットに目は無いはずなのに。
「あなたの中に、誰かを殺したという記憶は無いのです。それがただの思い込みであると気づくまで、よく頑張りました。ヨミさんが聞き分けの良い子で本当に良かったです。あの事件の末、LPT公式から出された情報では『死因は調査中』とだけ書かれていました」
雲が裂ける。日が照る。私の影がレモネードに重なる。
「我々ゲーマーとして、公式が全てであり、公式が絶対でしょう? どれだけ改悪アップデートをしたとしても、ワタシたちはその決定に従うしかないのですから。それと同じでしょう。あの事件は未だ、誰のせいにもできていない」
すぐに雲が空を覆い尽くす。私の影が消える。
「ワタシたちも、誰のせいだとも思っていないのです。だからどうか、我々と、エンパスと共にいてください。それがヨミさんのすべきことです。あなたが寄り添ってもらえたように、仲間に寄り添ってあげてください。きっと皆さんも……望んでいますから」
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