第7話 魔剣開発部、そのプロトタイプ

 セシリアからかっぱらい、ユフィーにカツアゲされた魔剣。見た目はただの角材だが、立派な魔剣の基礎である。

 俺はなんとか死守した二本の角材を作業場にある長机に置き、カーテンを開ける。


 壁に掛けてあったたがねと呼ばれる先の尖った細い金属棒と、小さめのつちを持ち、魔剣の前に座った。


「さて、と……」


 俺はポケットから一つの小箱を取り出す。その小箱を開けると、一つのモノクルが入っていた。これが無いと細かいところまで文字を入れられないんだよなぁ……老眼かな?

 眼の心配をしながらも左目に着けたモノクルの具合を確かめた俺は、ずり落ちないのを確認するとたがねを角材に合わせた。


 そして槌で軽く打ち込み、角材の表面に小さなをつける。この作業を繰り返していき、文字を刻み込んでいくというわけだ。

 鏨の細い棒を通して、魔力を流し込みながら一文字一文字丁寧に掘っていく。

 ただ掘るだけではその文字はなんの効力も無い、だが魔力を込めすぎたり魔剣の耐久力を超える文字数を掘ると――。


――バキィ!

「だぁくそっ! 材質が木だからいつもより柔らかいな⁉」


 内側から破裂したように折れた魔剣を前に、俺は思わず悪態を吐く。ただでさえ木目に沿って掘っていかないと割れるというのに、まさか付与式二個目の三節を書いた時点で魔剣自体が耐えられないとは。

 考えていた付与式は四つ、必要な耐久力は十八節を耐えられるもの。八節すら書けない今の魔剣じゃ話にならない。


「つってもユフィーの加工を待つのは、何かユフィーに負けたみたいでしゃくだしな……」


 俺はもう一本の無事な魔剣を長机に置き、頭を悩ませる。考えるのは『節の省略』だ。

 『わたしとあなた』みたいな文章を、『わたしたち』と書くことで短くしていく、そんなイメージ。

 俺はモノクルを外すと、紙に刻むべき十八節を書いてあーでもないこーでもないと付与式を組み直していく。


「ここを省略したら意味が通じなくなるから残して、こっちはこっちと繋げて……」


 ペンを走らせ、新たな付与式を組み上げていく。前回の魔剣作りで得たノウハウもフル動員して、俺は効率化を図った。


「くっ、十二節か……!」


 出来上がった新しい付与式が書かれた紙を前に、俺は思わず歯噛みする。六節は削れたが、あと四節がどうしても省略できない!

 いや、四節ぐらい頑張ったら書き切れるんじゃないか?ちょっと魔力を抑え気味に書いたら四節ぐらい行けそうな気がする。


「別に魔力を抑え気味に書いても、魔剣を起動するための消費魔力が上がるだけだし。どうせ起動するの所長だし」


 俺がそう呟くと、なんだかいきなり出来そうな感じがしてきた。ほら、なんかさっきの角材より硬そうに見えるもん目の前の魔剣。

 モノクルをもう一度装着し、今度は練り込む魔力を抑えながら同じ作業をしていく。


 多少なりとも魔力効率が悪かったって大丈夫、所長ならどんな魔剣でも起動できる魔力量を持っている。『ただし所長の魔力は無限とする』ってやつだ。


――コン、コン……。

「…………」

――コン、コン……。

「……ふぅ、八節。魔剣はまだ壊れてないな」


 前回と同じところまで来たが、今回の角材魔剣はまだ壊れていなかった。俺は額の汗を手の甲でぬぐい、残りの四節を刻み始める。満杯のコップに水を一滴ずつ入れている感覚だ、いつ表面張力が崩れて水が零れるか分からない。


 だが、俺は前の魔剣よりもを覚えていた。いける……ッ!

 俺がそう確信した瞬間、作業場の扉がいきなりバァン!と開いた。


「出来たぜレイン!」

――バキィッ!

「ああああああああああああああああああああぁ⁉」

「うおっ、びっくりした。んだよ、オレの加工を待たずにやってたのかよ」


 集中していた時にいきなり開かれた扉の音に驚いた俺は、つい魔力の調整をミスって魔剣を折ってしまう。加工した木剣を小脇に抱えたユフィーは、叫んだ俺にびっくりして作業場の入口でのけ反っていた。

 あと少しのところで台無しにしてくれた俺は、思わず勢いそのままにユフィーに怒鳴り散らす。


「ノックをしろおおおおおおおおお!」

「あ? てめぇ集中してたらノックしても聞こえねぇじゃねぇか……いや、オレがいなくても出来そうだったのならすまん。悪かった」

「……ふぅ、いやどっちにしろギリギリだった。正直助かる、俺も怒鳴ってすまなかった」

「いいってことよ。で、ギリギリだったのか? オレの加工の出番だな!」


 罰が悪そうな顔をして頭を下げるユフィーに、俺も怒りがスッと冷めて謝罪の言葉を口にする。

 ユフィーは俺の言葉を聞くと「いいってことよ」と手を横に振り、小脇に抱えていた三本の木剣を俺が作業していた長机にゴロンと転がした。


「三本それぞれ別の加工を施してみた。一つは樹脂を塗ってプレスしたもの、もう一つは熱圧縮したもの、最後は薄く切って一枚ずつ組み直したものだ」

「ご丁寧に剣の形にしてやがる……ユフィーのオススメは?」

「加工前の状態でもギリギリだったんだろ? 何使っても出来ると思うぜ、耐用年数のことも考えるなら――まぁ、熱圧縮のこいつだな」

「木材の熱圧縮って、こんな短時間で出来るもんなのか?」

「本来なら長時間熱を与えながらプレスしなきゃいけないが、オレならこの時間で出来る。方法は企業秘密」


 ふふん、と薄い胸を張って自慢げに加工方法を説明してくるユフィー。俺は少し黒ずんだ木剣を目の前に置いて、その剣身に文字を刻んでいく。

 ……流石だな、八節目を超えてもまだ余裕がある感じがする。十二節どころか、魔力を抑えながら書けば省略する前の十八節すらも耐えられそうだ。


 ムカつくが、ユフィーの鍛冶の腕は素直にすごいと思う。だからこそ、同期には負けられないと俺も奮起できるのだが。

 しばらくコンコンとたがねを打ち、やっと想定していた付与式を刻み切る。俺がホッと緊張をほぐすようにため息を吐くと、隣で黙って見ていたユフィーが目を輝かせながら俺に聞いてきた。


「出来たのか⁉」

「あぁ、とりあえずこれで完成だ」

「うおおおおおお、早く試そうぜレイン!」

「所長に使わせて感触を見るか!」


 出来立ての魔剣をひっつかんで俺たちは作業場を出る。理論上では出来ると思うが、実際にプロトタイプが上手く動いているところを見たいと思うのは研究者ならではだろうか?

 リビングに行くと丁度いい所に所長とセシリアがのんびりと本を読んでいたので、早速とばかりに俺たちは笑顔で完成した魔剣を見せつける。


「所長~! 出来ましたー!」

「何が『出来ました』だ! 私の作った飯も食わずに、魔剣作りに没頭してるバカどもが!」

「あ、やべ」

「説教してやりたいが、私も早く魔剣の性能を見たいから不問としてやる! さっさと朝飯を食え、もう昼だぞ!」

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こちらサリバン商会、トラブルだらけの魔剣開発出張所! 夏歌 沙流 @saru0

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