第6話 魔剣開発部、その開発風景

 朝。昨日カーテンも閉めずに寝てしまったせいで、窓から差し込む光に全身を照射される俺。

 い、嫌だ……まだ寝ていたい……っ!そんな俺の切なる願いもむなしく、身体はゆっくりと起きていく。ゴロゴロとベッドで寝がえりを打ちつつ二度寝を待つも一向にやってこない眠気に、俺は諦めて目を開けた。


「あぁ、朝だ……」


 穏やかな春の日差しに起こされ、俺はげんなりとしながら上体を起こす。精神的には連日の徹夜で疲れているはずなのに、肉体は元気いっぱいだ。己の若さが憎い。

 凝り固まった身体を伸びをしてほぐしていると、段々起きる気になった俺はベッドから降りる。


「どうせセシリアのことだから、昨日も寝ないで配合してんだろうな」


 すっかり明るくなった窓の外の景色を眺めながら、俺はそうぽつりと呟いた。魔剣の基礎ベースが出来るまでは、俺はセシリアとユフィーのサポートに回るのがお決まりのパターンだ――といっても、掃除とか料理とかの家事が主な内容だが。


 そして、セシリアは非常に『部屋が汚い』。昨日取った素材も、部屋に運び込んでは配合に失敗したものを部屋のどこかに放り投げているはずだ。


「いつも口酸っぱく言ってる、んだがなぁ……」


 俺は自分の部屋を出て、早速とばかりに廊下に置いていた掃除用のモップ片手にセシリアの扉を開けると、室内の惨状にため息をつく。

 朝食を食べる前にめんどくさいものはさっさと終わらせるかと思ったのだが、部屋はもうぐちゃぐちゃ。


 机の上には道具が所狭ところせましと置かれており、机の周りは素材や削りカスで足の踏み場もない。

 素材に直射日光が当たらないようにカーテンを閉め切っているからか、朝だというのにセシリアの部屋はとても暗かった。


 俺は素材を踏まないようにつま先立ちで窓のそばまで行く。カーテンをザッと広げると、ベッドの毛布がもぞもぞ動き出した。


「おーいセシリアー、朝だぞー」

「うーん……後五日……」

「死ぬぞ」


 寝ぼけたことを言っている膨らんだ毛布をペシンと叩いてやれば、ぴょこっと寝癖の付いた金髪が毛布から生えてくる。

 その間に俺は床に落ちている衣類と素材を仕分けていく。これは靴下、これは上着、これは昨日取ったトレントの木材、これはパン、ツ……。


「ふわぁ……うい、ふぇんぱい~」

「絶対にその毛布から出るんじゃねぇぞセシリア」

「んぅ~」

「毛布を蹴るな! くそっ、やっぱこいつ何も着てねぇ⁉」


 朝日を浴びて暑くなったのか、毛布を蹴って身体を冷やそうとしてくるセシリア。それを必死に俺は止めながら悪態を吐いた。じたばたするセシリアの足は太ももまで露わになり、俺は近くにあった服をセシリアに投げつける。


「ん~!」

「『寝る時に服を脱ぐな』って何度言えばいいんだお前は!」

「うー……」

「あーもうブラも床に落ちてるじゃねぇか。おら、パンツも履け」


 下着もついでに毛布の中に突っ込んでやれば、もぞもぞと毛布の膨らみの形が変わる。しばらくすると、完全に顔を出したセシリアが毛布をはねのけた。


「あー……」

「おはようセシリア」

「はよっすせんぱい……ふわぁ、まだ朝っすよ」

朝だ。俺も昼まで寝ていたかったが起きちまったからな」

「だからっておいらもおこさないでほしいっす……」


 さっき渡した白いブラとパンツだけつけて、ベッドの上であぐらをかいては欠伸をするセシリアに俺はため息を吐く。恥じらいというものをこいつはどこに置いて行ってしまったのだろうか。


 俺は未だベッドの上でうつらうつらと船を漕いでいる彼女を放って、部屋の片づけに戻った。面倒くさいことは早めに終わらせるのが、面倒くさいことを後回しにしないコツだ。

 どうせ靴下や上着は昨日のだから洗濯、素材は種類ごとに一纏め。小さな木片や素材についていた土とかはモップでまとめて掃き捨てる。


「ふぅ、こんなもんか」

「おー。部屋が綺麗になってるっす」

「やっと目が覚めたか。俺が綺麗にしたんだよ、なんで服の上に石ころ乗ってんだ」

「昨日遅くまで配合してたっすからねぇ……眠気に負けて力尽きたっすが、納得できるものは出来たっすよ~」

「力尽きたのになんで服脱いでんだよ」


 さぁ?と首をかしげるセシリアに、俺は彼女の脱ぎ癖が直らないのを察してがっくりと肩を落とした。

 が、そんな気持ちも吹き飛ばすようなことをセシリアは俺に言ってくる。


「あ、そうそう。あとよろしくっす」

「んあ? このあとはユフィーの仕事だろ?」

「いやいや。今回は『剣の形にする必要がない』っすから、ユフィー先輩の出番はないっすよ。中心に穴を開けたトレントの角材に、自分の配合した素材を練り込んだだけのものを『魔剣』と呼称するのも謎っすけど~」

「じゃあさっき部屋の隅に一纏めにした角材が……」

「あれ全部魔剣っすよ」

「まじかよ! 流石だぜセシリア!」


 俺は目の色を変えてさっきの角材に飛びつく。ひーふーみー……五本!五回もチャレンジできる!ひゃっほー!

 早速とばかりに俺はその角材を抱えてセシリアの部屋を飛び出した。なんかその時にゴンッと鈍い音とセシリアの「いった!」って声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。


 いつもはユフィーを挟んで魔剣の基礎を作る関係上、俺は『お預け』を食らっているのだが、今回は違う!最速で俺の手元に魔剣が来たのだ、テンションが上がらないわけがない。


「なに刻もうかな~、『加速』だろ~? 対象指定は……あ、『範囲化』でいけそうな気がする。あと――」

「――待てよレイン、その角材を置いてけ」

「……これはただの角材だぜユフィー」

「あんなにセシリアの部屋でギャーギャー騒いでたら、嫌でも耳に入るわ。おらその魔剣寄越せ」


 くっ、なんで俺の部屋の前はユフィーの部屋なんだ……俺は仕方なくユフィーに角材を二本渡す。

 するとユフィーが渡した角材を小脇に抱えながら、ピンと指を一本立てた。くそっ、強欲な奴め!


「オレを通さずに魔剣作ろうとした罰だ。まぁ硬度を高める加工をして、書ける付与式増やしてやるから」

「ぬ、ぐっ……それなら良いだろう」

「よっしゃー! あ、所長が『朝飯出来てるぞ』だってよ」

「セシリアに言ってやれ、俺は付与式を刻むのに忙しい」

「オレだって加工に忙しんだよ」


 二人で廊下で角材を持ちながら言い合いをした結果、「どうせ腹減ったら部屋から出てくるだろ」という結論に至る。

 お互い角材を持ったまま、早速とばかりに自分たちの作業場に引きこもるのであった。

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